わたしらでやるしかないじゃない

 メッセージは、きらちゃんのスマフォから冴羽くんが出してきたものだった。


 さっこちゃんの夢に夢魔退治に行ったきらちゃんは、夢魔を倒して帰ろうとしたところ暁の夢の“トラウム・イェーガー”にさらわれたっぽい。

 冴羽くんが作ったトンネルから、きらちゃんの魔器とスマフォと、手紙が戻ってきたんだって。


 手紙の写真を送ってもらった。「一時間以内に牧野愛良がサロメのみを持って一人で来なければ、人質の命はない」って、まぁ使い古されて今どきこんな脅迫状あるの? って思うような脅迫状だ。


『どうしよう。どうしたらいい?』


 文字だけなのに、冴羽くんの焦りが伝わってくる。


『そこって夢見の集会所? まだ誰にも話してない?』

『うん』

『夢の世界を経由してわたしの部屋につなげられる?』

『やってみる』


 通信アプリは終了させて、わたしは冴羽くんが来る前に、サロメを取ってこないと。

 やってやるよ。わたしらできらちゃんを助ける。


 こっそりと、お父さんの部屋に入る。

 ぐっすり眠ってるお父さんをちらっと見て、ほっと安心だ。

 サロメを保管している棚を、そっと開けた。


“サロメ、声出さないで、お願い!”


 強く念じながらサロメを手に取った。

 サロメからは反応はない。けど、きっとわたしがやってることには気づいてると思う。

 心の中のため息が外に漏れないように、ゆっくりとサロメを出してきて、お父さんの部屋を出た。


 部屋に戻ると、冴羽くんが来ていた。

 早速、きらちゃんをさらった犯人がよこした手紙を見せてもらう。

 さっきの写真のままだ。


 一時間以内か。あと五十分ってとこだ。


「冴羽くん、いけるよ。きらちゃん助け出そう」

「みんなには話さないで、ぼくらだけで?」


 すっごい不安そうな顔。

 思わず背中をパシッと平手で軽くたたいた。


「しっかりしなよ。冴羽くんの大切なきらちゃん、取り戻すんだよっ」


 言って、にやっとしてやると冴羽くんはかぁっと赤くなった。

 ちょ、なにその超素直な反応! かわいいんですけどっ。あんた乙女かっ。

 これは後でたーっぷり話を聞かせてもらおうじゃないか。


「さて、ふざけてないで実行あるのみだよ」


 わたしが拳を出すと、冴羽くんもうなずいて、拳をこつんとあわせた。




 冴羽くんが作ったトンネルから、さっこちゃんの夢の中へ行く。

 今は夢魔が退治された後だから、なんてことない夢の風景だ。

 まずそれに安心する。

 でも嫌な気配は感じる。


「やぁ、来たな。さすがに友人は見捨てられなかったということか」


 トラウマ狩人こと“トラウム・イエーガー”だ。今日もつばつき帽をかぶってサングラスをかけて黒いスーツ姿だ。勝ち誇った顔でこっちをにやにやしながら見てる。

 ヤツにつれられて、きらちゃんがいる。腕を後ろに回されてて多分縛られてるっぽいけど、目だった怪我はないし、長袖シャツとジーンズに乱れはない。よかった、ヘンなことはされてないだろう、多分。


「さっこちゃんの夢に弱い夢魔を送って、その子をおびき出したってこと?」

「そうだ。この子が来ればよし、別の狩人でも捕らえられるなら作戦を実行しただろう」


 ふふん、と笑ってトラウマ狩人は小首をかしげてサングラスのブリッジをちょいっとあげる。格好をつけてるつもりなんだろう。


「で、人質までとって、何の用?」

「決まっているだろう? おまえを連れ帰ることだよ。当然おまえはついてくる――」

「んなの、行かないに決まってるでしょ。何度言わせんのさ」

「ちょっ、おまっ?」


 わたしの返事にトラウマ狩人はびっくりしてる。変人を見る目で見られてる。ガチ変なあんたにそんな顔されるのはムカつく。


「こいつの命が惜しくないのか? 友人だろう?」

「は? ばっかじゃない? その子が友達? 調査不足もいいとこだよね。ねぇ、? 冴羽くんを取り合ってる仲だもんね。仲良しは仲良しでも、男の子の趣味が、ってだけで、ライバルだもんね」


 きらちゃんが「えっ?」って驚いてる。

 それを見てトラウマ狩人が気を取り直したみたいだ。


「見ろ、この子も嘘だという顔をしているぞ。下手な演技はやめるのだな」

「そりゃ驚くよね。それだけわたしが本心うまく隠してたってことだもん。でも、今が絶好のチャンスだね。あんたがいなくなったら、冴羽くんはわたしのものだよ」


 サロメを抜いて、構えた。


「そんな……」


 きらちゃんが大きく目を見開いた。

 同時に、サロメが軽く震える。


 よしっ。今だっ。


「葛城さん、ここで消えて!」


 わたしはサロメを力いっぱい投げつけた。

 切っ先が、きらちゃんと、彼女を捕まえてるトラウマ狩人に迫る。


 トラウマ狩人は、きらちゃんを突き放してサロメから逃げた。


 チャンス!


 サロメに強く念じかけて、方向転換させて、きらちゃんを縛ってる手首の縄を切った。

 きらちゃんがこっちに走ってくる。

 サロメも手元に戻ってきた。


 作戦成功!


 わたしがトラウマ狩人と話している間にサロメがきらちゃんに作戦の説明をテレパシーで伝えてくれてたんだよね。判ってたけど、ちょっと怖かった。伝わらないかもって心配はしてなかったけど、もしかして、トラウマ狩人に漏れ聞こえたりしないか、って。


『ワシを信用しておらんのか』


 そうじゃなくて、トラウマ狩人にそういうの聞き取るような特殊能力とかがあったら、ってことだよ。


『ふむ。これからは強い敵も出てくる。いろいろな想定をせねばならぬな』


 うん。頼りにしてるよサロメ。


 テレパシーは返ってこなかったけど、サロメの機嫌がいいのはなんとなく伝わってくる。


「き、貴様、だましたな!?」


 あっけに取られてたトラウマ狩人が、状況を把握したっぽくて、顔を赤くして歯をむき出してる。

 もう完全にザコっぽくなってるよ。


「あんた、悪者ぶってるけど本当の悪者になり切れないよね。――それじゃね、トラウマさん」


 きらちゃんを連れて、帰ろうとした。


「ちょっとぉ、ダサいわね。そんな子に手玉に取られるなんて」


 後ろから聞こえた、聞き覚えのある女の人の声。


「連れて帰るとか、まどろっこしいことやってるからナメられんのよ。いうこと聞かないなら殺せばいいじゃない、そんなガキ」


 そいつは、あざけるように、笑い声まじりで、ものすごい悪意を吐き出した。

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