やっぱりダサいよね

 青の夢魔は「では」と言って体の前でてのひらを上に向けた。

 表情とか声に変わりはない。ここでニヤっと笑われたら一気にうさんくささアップなんだけど。


 もしかして――。


 そんな思考を中断するみたいに、夢魔のてのひらの上にぼんやりとした球体みたいなのが現れた。ファンタジー作品で見る水晶玉みたいなのが。


 その中に、ぼうっと何かが浮かび上がった。

 よく見ると、人影だ。


「……お母さん……」


 思わずつぶやいた。


 床にぺたんと座るようにして、いなくなった時のままのおかあさんがそこにいる。夢魔退治に出かける時のシャツとパンツを着て、ちょっと疲れた顔をしている。


 もしかして、その中に閉じ込められてるの?

 じゃあ、あれを壊せば出てこれるの?

 一瞬でそんなことを考えたけど、試してみる前にサロメの強い声がした。


『それが証拠か? くだらん。ただこやつの母親の姿に似せた映像を見せているだけやもしれん』


 はっとなった。

 そうだ、そんな可能性もあるんだ。


 サロメは青の夢魔に言っているようで、わたしに動くなって言いたかったのかもしれない。

 ダメだね、すぐにかっとなっちゃうの、何とかしないと。


「あなた方が信じないのであれば仕方がないのですが、しかしどうでしょう? マキノ・アイラ、この母親の姿は、あなたの記憶にある一番新しい母親そのものではないですか?」


 言われる通りだ。けどそれだって、いつも狩人の仕事に出るお母さんの服装を事前に知っていれば映像化できるかもしれないって考えられる。

 ついさっきまで、あそこにお母さんがいるのかもって考えてたわたしが、まさにてのひらくるりな考え方なんだけど。


「あんた達がお母さんを知ってるって証拠にはなるかな。けど今、あんた達のところにいる証拠ではないよね」

「では何を見せればよいのですか?」


 青の夢魔は淡々と言う。それが却って、ちょっと怖い。


「その映像って声は届かないの? 直接話させてくれたら信じる材料にもなるけど」

「残念ながらそのような機能はございません。直接話したいならば私についてきていただくのが一番かと」

「そこにお母さんがいる保証がないから行きたくないんじゃない」


 夢魔は、ふむ、と言って球体を消した。

 なんだかお母さんを見捨てたみたいな気分になって、ちくりと胸が痛くなった。


「ではあなたが納得できる形を整えるよう、彼らには伝えておきます」


 青の夢魔は、ご丁寧に一礼してから、消えた。


『行きおったか。やれやれ、戦闘になるのではと肝を冷やしたぞ』


 サロメが心底ほっとしたように言った。


「ごめんねサロメ。わたし、もっと精神的に強くならないとね」

『母上の命がかかっておるのだ。動揺するのも気が逸るのも判るが、だからこそ慎重にならんとな』


 サロメの声が優しい。


 球体の中のお母さんを思い出した。

 確かにあれは、いなくなった時のままのお母さんだ。

 思っていたよりも近くにいるかもしれないのに、会えない。

 思わず涙があふれてきた。


 いつもなら『こんなことで泣くなど未熟者が』とかお小言が飛んでくるのに、今はそれがない。

 ごめん、ありがと。

 しばらく顔を手で覆って、声を殺して泣いた。


「絶対、助けるから」


 宣言するように言って、顔をぴしゃっとたたいて気合いを入れなおす。

 明日からはいつも通りの元気なわたしになるから、待ってて、お母さん。




 新学期になった。

 青の夢魔に会ったことは、その日のうちにお父さんに報告した。

 予想していた通り「次は会っても話さず逃げなさい」って言われた。ってか怒られた。


 お母さんが暁の夢に捕まっていることは多分本当なんだろうということで、夢見の集会所も今まで以上に力を入れて調べてみてくれることになったから、わたしの行動は全くの無駄じゃなかったんだけど。


 あと何気に、“トラウム・イェーガー”って名乗ってる男が「タナカ」って名前だってこと、サロメが伝えてくれた。


 青の夢魔が口を滑らせて言ってたんだっけ。わたしは聞き流しちゃってた。さすがサロメ、重箱の隅をつつく性格がこんなところで役立ってる。これでお説教がなければ完璧なのに。


「愛良ちゃん、どうしたん?」

「うーん、お母さんが……」

「え? おばさん何かあったの?」


 そう、お母さんの居所が……、って。

 はっと気づいたら、さっこちゃんに話しかけられてた。


 そうだ、ここは学校の教室。あんまり夢の世界のことは考えないようにしないと。


「あー、いや、なんか風邪ひいたらしくってさぁ。大丈夫かなぁって」


 あわてて取り繕った。


「そーなんだ。心配だね。おばさん、アメリカ行っちゃってもう一年半近くだっけ? いつ帰ってこられるん?」

「時々こっちにも戻ってきてるんだけどねー。まだ本格的に戻ってくるにはもうちょっとかかるみたい」

「愛良のお母さん、アメリカで仕事してるんだっけ?」

「すごいね、かっこいい」

「いやぁ、そんないいもんじゃないんだよ」


 あははと笑ってごまかした。

 ほんとに、そろそろ嘘が苦しくなってきた。


 ふと、葛城さんと目が合った。


「きっと大丈夫だよ」


 葛城さんは微笑して、そっと言った。

 励ましてくれたんだ。

 なんかちょっとだけ、ほっとした。




 放課後、みんなが部活に行ったり、帰ったりする中、葛城さんに呼び止められた。

 ちょっと話があるんだけど、と連れていかれた図書室で冴羽くんと合流した。

 この二人が揃ってるってことは、夢の世界のお話かな。


 周りに人がいないことを確認して、それでもこっそりと顔を突き合わせた。


「僕も夢見として戦い始めたんだ」


 まずは、冴羽くんが夢見デビューしたという報告だった。

 冴羽くんの家族には夢の世界のことはナイショだから、夢見の集会所へのトンネルを作って、狩人さんと合流して活動しているらしい。


「夢見の集会所につなげることができるんだ?」

「集会所の部屋に直接じゃなくて、あの部屋から行ける訓練スペースに行って西脇さんに部屋に出してもらうんだ」


 西脇さん……?

 あ、マダムさんのことか。


「そっか、夢の世界がつながってることを利用してるんだね」

「そんな感じ」

「それで、初陣の感想は?」

「すごく緊張したよ。僕が直接戦うわけじゃないけど、パートナーの感情は伝わってくるし、状況もぼんやりと判るから」

「へぁ、夢見ってそうなんだ」

「僕みたいな駆け出しでもそうなんだから、ベテランさんだともっとしっかり把握してるんじゃないかな」


 そういえばお父さんはお母さんの気配は感じるって言ってるなぁ。あんまりそういう話は詳しく聞いたことがないから、帰ったら聞いてみよう。

 今まで夢見のことは考えてなかったけど、仕事の相棒なんだから、こっちが戦ってる間に夢見がどんなことをしてくれてるのかとか、しっかり判っておいた方がいいよね。


「わたしも近々、実戦に出ることになったのよ」

 葛城さんが言う。

「そうなんだ。早いね」

「うん。最近魔力が強くなってきたってほめてもらえたの。……牧野さんのおかげよ、ありがとう」

「へっ? わたし何もしてないけど?」

「そんなことないよ」


 葛城さんが言うには、魔力を高めるには精神的な安定も大事だと言われたとか。葛城さんが最近穏やかに生活できてるのはわたしがグループに入れてくれたおかげだ、ってことらしい。


「それは葛城さんが打ち解けようとした結果だよ。よかったよね」


 グループに入るきっかけはわたしだったかもしれないけど、そこからみんなになじんだのは葛城さんの努力だもんね。


 わたしが言うと、二人は顔を見合わせてにっこりした。


「牧野さんはそう言うと思ってた」


 ハモってるし。

 なんか二人、自然に仲がいい感じで、いいんじゃない?

 ちょっとニヤけてしまった。


「そう言えば聞いたよ、お母さんのこと。なんか変なとこに捕まってるとかって。暁の夢だっけ」

「聞いたんだ?」


 まさか葛城さん達にまで協力要請?


「もしも見かけても絶対に相手しないように、って」

「あぁ、そっちか。よかった」


 トラウマ狩人はふざけた格好してるしふざけたことばっかり言うけど、すごく強そうな魔力は放ってたからなぁ。青の夢魔はもっとヤバそうだし。活動して一年近いわたしでもかまうなって言われてるぐらいだからまさかと思ったけど逃げろって指示でよかった。


「そんなに強いの?」

「戦ったわけじゃないけど、ヤバそうなのは一目見て判ったよ。特に青の夢魔は」

「青の夢魔?」

「人型の夢魔で、んー、なんだっけ、いと高き青き我らの友の夢魔、だっけ? ちょっと違った気もするけど五七調的なネーミング」

「なにそれ、だっさ!」


 だよねー。

 葛城さんのツッコミに三人で声を殺して笑った。


「夢魔が名乗ってたの?」

「うん、暁の夢のメンバーにそう呼ばれてるんだって」

「じゃあダサいのは組織の方か。夢魔もよくそんな名前受け入れたね」

「あんまり名前とか呼ばれ方に頓着してないみたい」


 それが夢魔全体なのか、あの夢魔の個性なのかは判らないけど。


「とにかく、ヘンなのが来たら即逃げてね。葛城さんは特に直接夢の中で会うかもしれないし」

「りょーかい」


 それじゃ、って解散になったけど、あの二人、一緒に帰ってった。

 冴羽くん、葛城さんのこと受け入れたんだね。まだ恋人みたいなのじゃないと思うけど。

 よかったね葛城さん。


 ……わたしもハルトさんとあんなふうになれたらなぁ。

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