伝えるつもり、なかったのに
思いもよらないことだらけ
クリスマスイブは、さっこちゃんと映画を見に行った。
さっこちゃんは薄いピンクのシャツと同色系のロングスカートの上にコートを着ていて、ポニーテールを結ぶリボンもふわふわでかわいらしい。きりっとした顔の美人さんが可愛いタイプの服を着るとギャップ萌えだ。
わたしは、いつも通りのホワイトのニットとジーパンだけど、うーん、もうちょっとおしゃれした方がよかったのかな。でもハルトさんと会うわけじゃないし、おしゃれしても、ねぇ。
映画館は結構たくさんの人でにぎわってる。主演が人気の俳優さんで、ファンの人とかが押しかけてる感じ。
わたしは俳優さんよりもストーリーの方に興味がある。あと、狩人の動きの勉強としてアクションシーンそのものにもね。CGでないと再現できないような動きでも、夢の中ではできちゃうから、そういうのもどんどん取り入れてってる。
ストーリーは、主人公がピンチに陥って、どうやってそれを脱出するのかって感じの、いかにもヒロイックなお約束だったけど楽しかった。アクションシーンもとっても迫力あったし。
さっこちゃんも緊迫したシーンでは握りこぶしを作って熱心に見てた。ほんと、好きなんだねぇ。
映画が終わって、早めの夕ご飯はハンバーガーショップで食べることになった。
「面白かったよね」
「うん。CGもいいけど、やっぱ生身アクション最高だよ」
「そうそう。ちょっと危険なアクションを軽々こなすからかっこいいんだよね」
なんて盛り上がるわたし達。
ひとしきり映画の話をした後、フライドポテトをぱくっとかじってると、「でもさ」ってさっこちゃんが言うから、何の話になるのかと思ったら。
「好きな人とデートじゃなくて、ちょっとがっかり?」
ぶふわぁっ!
盛大に噴きだしそうになるのを必死でこらえて、飲み込んだ。
げほげほっとむせるわたしに、原因を作ったさっこちゃんは涼しい顔で「大丈夫?」だって。
「さっこちゃんが急にそんな話するからでしょ」
まったく、誰のせいだと思ってんの。
「えー、だって超おくてな愛良ちゃんが恋だよ恋。これを話題にしなくてどうするのって感じだよ。中学の間にこんな日が来るとは思わなかったわぁ」
人を数十年に一度の特別警戒警報クラスの異常気象みたいに言わないでほしいな、もう。
「ハルトさん、今頃何してるんだろうねー?」
「何してるんだろうねぇ」
名前を言われただけでドキドキする。
夢の中で会って、うちに泊まってった日から、ハルトさんには会ってない。
スマフォにお礼の一言が入ってたけど、それから話が発展するなんてこともなくて。
正直言って、何話していいのか、判らない。
普段通りにって思っても意識してしまうかも。
それに、妹のように思われてるってことも、ブレーキかけてくるんだよ。
妹みたいに思われてるみたいだって、さっこちゃんに相談してみようかな。
なんて考えてたら、さっこちゃんに聞かれちゃった。
「どうしたん? なんか気になること?」
「うん、ハルトさんから聞いたわけじゃないんだけど、わたしのことは妹みたいに思ってるんだ、って言われて」
「ハルトさんを知ってる人に?」
「……うん」
あのトラウマ男を知人にするのは、すっごくムカつくけど。
「そんなの気にすることないよ。本人がそう言ったならともかく」
「でも否定しなかったんだよ。『おまえこの子のこと妹みたいに思ってんだよなー』って感じのからかいに、やめろよ、みたいな感じでさ」
さっこちゃんは、ふーん、と一つ息をついて、にっこりした。
「それならそれでいいじゃん。まったく何も思われてないとか、嫌われてるより、すごくいいし」
……おぉ、超ポジティブシンキング。
「愛良ちゃんはうちの兄貴のことを、まぁったく恋愛対象にしてないから、
「あるの?」
「うん、妹みたいに思ってる子のこと、好きになってたっていう人、いるよ」
それなら、ワンチャンありって感じだよね。
「ありがとう、さっこちゃん。もうちょっと様子見てみるよ」
向かい側の大親友様は、うんうんってうなずいて笑った。
やっぱ、さっこちゃんはすごい。ちょっとした一言で元気づけてくれる。
「春から大学生なんだよね。……あ、今そっちに座った人ぐらいかな。なるほどなるほど。大人って感じの雰囲気のある人っていいよね」
さっこちゃんが、わたしの後ろに座ったらしい人を目で追いかけて、ちょっとうっとりしてる。
へぇ、自覚なしブラコン親友が「いいよね」なんて珍しい。
どれどれどんな人だろう。
あからさまに振り向いちゃったらさすがにマズいだろうから、こそっとちらっと、ね。
ん? この後ろ姿……。
ごふぅぁあっ!
今度はハンバーガーを噴きだしそうになったよ。
「何、なんでもないとこでむせてんのよ」
呆れてるさっこちゃんに、思わずしーっ、しーっと指を口にあてる。
「ハ、ハルトさん……、だよ」
超小声でささやいた。
そう、後ろに座ってるのはハルトさん。ちょうど背中合わせになっててわたしには気づいてないみたいで、よかった。だってこんな格好なんだもん。夢の中は動きやすい格好だからっていいわけもできるけど普段からこれだとバレたら、女子力ない子だって確定になっちゃう。
女の子らしくないのは認めるけど、せめて好きな人にぐらい、ちょっとは女っぽいところがあるって思われたいじゃない。
顔が熱くなるのが自分でも判る。だって思いもよらないところで会うんだもん。
……これからは、いつでもハルトさんに会うかもぐらいの心づもりで服を選ぼう。
「ふぅん。その人がねー。後ろ向きで顔があんまり見えないのが残念。席に着く前にもっとよく見とくんだった」
さっこちゃんは意地わるそうに笑った。おもわず、アハハ、って力のない笑いが漏れた。
「なんか大人しそうだよね。意外」
「うん。自分でも意外」
さっこちゃんと顔を見合わせて、くすくすっと二人で笑った。
後ろ、一メートルも離れてないところにはハルトさん。こんな間近でウワサされてるのに気づいてないんだろうなって思ったら、なんだかニヤニヤが止まらない。
って思ってたんだけど。
「ハルトくん。お疲れ様」
女の人の声に、どきっとした。
ちらっと様子を見てみると、さっきまで空席だったハルトさんの前に女の人が座ってる。ハルトさんよりももうちょっと年上っぽいような感じだけど……。
さっこちゃんも当然気づいてて、ちらちらとわたしの後ろに視線を送っては、わたしの顔を心配そうに見てる。
「急に付き合ってもらっちゃって悪かったわね」
「いえ、勉強になりました」
「そう言ってもらえると、ほっとするわ」
ハルトさんの声は穏やかだ。
その向かいに座ってる女の人は、知的な感じの大人の女の人って感じ。
そういう感じの人がいいのかなハルトさん。
「で、今夜なんだけど、いい?」
女の人が少し声を潜めたけど、聞こえてきた。
「いいですよ」
ハルトさんが短く応えた。
「そう。悪いわね休みの日まで」
「こう頻繁だと、あんまり平日とか休みとか関係ない気もしますが」
「確かにね。カノジョなんていたら、疑われちゃうわね」
「いませんよ」
笑いながら話すオバサン、いやいや、オバサンに片足つっこんだお姉さん、通称オバ姉さんと、淡々と答えるハルトさんの声が、イヤに大きく聞こえてくる。
「あら、いないの? 意外ね。モテるでしょう」
「そんなことないです」
「どんな女の子が好きなの?」
「何の尋問ですか、これ」
「決まってるじゃない。ハルトくんの好みを知るための尋問よ。カノジョいないなら、わたしが立候補しちゃおうかな。ハルトくんかっこいいし。夜のお付き合いから始まる恋、なんてのも面白いわよね」
夜の、おつきあい……!
目の前が真っ暗になった。さっこちゃんも目を丸くしてる。
「それ誤解されるから外で言わないでください」
「なにが誤解よ。夜遅くに二人で会って、人に言えないコトしてるんだから夜のお付き合いであってるじゃない。それともやっぱり誤解されたくないコがいるの?」
「……いませんけど」
固まってるわたし達の後ろで衝撃の会話が続く。
あぁ、ダメ、めまいがしてきた。
「出よう」
さっこちゃんの声がなんだか遠くに聞こえた。
引っ張られるようにしてハンバーガーショップを出てからのことは、あんまりはっきり覚えてない。
家に帰るまでの間、さっこちゃんがハルトさんに対してやたらと怒ってたのは、ぼんやりと聞こえてたけど、それよりもショックが強くて。
ハルトさんが、あのオバ姉さんと、夜のお付き合い。
それってつまり、その、そういうこと、なんだよね。
真剣に夢魔を狩ってる硬派なイメージが、音を立てて崩れてく。
彼女でもない人とそういうコトしちゃうなんて。
イヤだよハルトさん。……そんなの、嫌だよ……。
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