トラウマと青の夢魔

家がトラウマ?

ボッチなトラウマ狩人

 前の夢魔退治では予想以上に疲れてしまって、次のお仕事まで二週間ほど空けてもらった。ちょうど二学期の期末テストも挟まっていて、勉強が忙しかったこともあるし。


 テストは、中間、期末とも一学期よりもいい出来だった。これなら成績も上がるだろう。

 相変わらずさっこちゃんに苦手なところを教えてもらっているから、なんだけどね。


 ちなみにさっこちゃんは全教科五か四は間違いない点数だ。すごいなぁ。


 十二月になって、街に出るとクリスマスムードが高まっている。

 さっこちゃんと買い物に出て、家に戻ってからクリスマスの話になった。


「愛良ちゃんはどうするの? その、ハルトさんだっけ? 遊びに誘ったりする?」


 今年のクリスマスイブは土曜日だから、誘おうと思ったら誘えるんだよね。

 それだけの勇気がわたしにあれば、だけど。


「ううん。そこまで親しいわけじゃないから、いきなりなんだ? って不審に思われちゃう」

「そっか、まずはもうちょっと仲良くなってからか。連絡はどうやって? スマフォのアプリ?」


 まさか夢の中で会って、なんて言えない。


「まぁ、そんな感じ」


 全然そんな感じじゃないけど。


 そういえばわたし、ハルトさんの連絡先どころか、どこの高校に行ってるとか家がどの辺とか、全然知らない。

 遠すぎるよハルトさんの存在。

 でも、夢の中で会えるし、夢見の集会所でも会える。

 ネガティブになってちゃだめだ。


 次に会った時に連絡先を聞いておこう、とひそかに決意したのであった。




 久しぶりに夢魔退治だ。

 今夜は前みたいに強いのじゃないから、ちょっと長めのお休みの後のリハビリみたいなものだ。

 といっても油断しちゃダメなんだけど。


 ハルトさんとの訓練、一人で集会所に通った自主トレを思い出して、戦い方をイメージする。

 贄を守るんだ。助けるんだ。

 強い思いが魔力へと育ってくなら、わたしはもっと強くなれる。




『ふむ、動きも上々だったな』


 低級夢魔をやっつけたわたしを、サロメがほめてくれた。

 よかった。イメージ通り動けて。


 と安心してたら。

 夢の中の空気が震えた。

 あれ? ハルトさんかな? 今頃来てももう終わっちゃったよー。


『ニヤけるでない。アホづらになっておるぞ』


 ひゃっ? それはダメ。


 でも、現れたのはハルトさんじゃなくて、ヘンな男だった。

 黒いスーツを着て、つばのある黒の帽子をかぶってて、サングラスしてて。


 この時点でかなりアヤシイ。


 グラサンで目のあたりが隠れてるからあんまり顔は判らないけど、二十代ぐらい?

 男が、わたしを見てにやっと口をゆがめた。


『マフィアが好みそうなスタイルだな』

 サロメが言う。

 でもなんとなく雰囲気はマフィアになり損ねたお調子者っぽいんだけど。

『言えておるな』

 でしょ、でしょ。


「やぁ、君が牧野愛良だね」


 男がしゃべった。渋みがある声だけど、そこはかとなく軽い。なんだか無理に演出して失敗してるっぽいような。

 黙ってじっと見てると男がまたにやりと口の端を上げた。


「私に見とれているのかな? まぁ無理からぬことだが」


 はい、バカ決定。


「んなわけないでしょ」

「照れなくてもよいのだよ」

「あんた相手に照れるわけないでしょーが」


 強く言い捨ててやると、「ふふ、かわいいものだ」とかほざきやがったからこれ以上何も言わないでおこう。


「で、コメディアンさんが何の用? 今お笑いは間に合ってるんだけど」

「コメディアンだとぉ!?」


 声が裏返った。これが素?

 男が一つ咳払いをした。


「私は“トラウム・イェーガー”。君を迎えに来たのだよ」


 また無理やり渋くしたような中途半端な声で言った。

 それにしてもひどい自己紹介だね。


「かわいそう……」

「何がです?」

「家がトラウマなの? 家に帰ったら家族に虐げられてるとか?」

「……はっ?」


 また裏返った叫び声をあげる男。


『愛良、それは違うだろう』

 サロメが異議を唱えた。

「その通りだ、家がトラウマなどと――」

『かような奴には家族などおらぬが筋。おおよそ家に帰ると誰もいないから帰りたくないといったところか』


 あぁ、なるほどー。


「そっか、ごめんね誤解してて」


 素直に謝ったのに、トラウマさんはわなわなしちゃってる。


「貴様ら……」

「あれ? 違った? ラブラブ家族がいるの?」

「……そんなものはいないが」


 ほら、やっぱりいなかったんだ。よかった間違ってなくて。


「それで、トラウマさん何の用?」

「誰がトラウマさんだっ」


 また声が裏返った。もうそっちの声でいいのに。


『お主を迎えに来たと言うておったな』

「うわっ、いくら家族もカノジョもいなくて寂しいからって、ないわ。あんたロリコン?」

「いつの間にカノジョもいないことになっている!?」

「いるの?」

「……そんなものはいない」


 ほらやっぱり。


『あまり追い詰めてやるでない。中学生に図星を指されたから自殺したとなるとお主も寝覚めが悪かろう』

「そうだねー」


 サロメのありがたい忠告にうなずく。

 トラウマさんは、がっくりとうなだれた。


「それじゃそういうことで、さようならー」


 帰ろうとしたけど。


「待て。私の要件がまだ済んでいない。というか話が始まってもいない」


 ちっ、気づかれたか。


「舌打ちしたな!? 性格の悪い子供め」

「だって明らかにアヤシイし。それでどこに連れて行く気? ついていくつもりなんてないけど聞いてあげる」


 人の話を聞かないで、とか騒がれてもウザいし、一応聞いて即答で断ってやる。

 さぞ愉快な答えだろうと思ってたら。


「貴様の母親の元へ」


 ……はいっ?

 思わず言葉に詰まって口だけ開けてしまった。


「どうだ、いい話だろう?」

 得意満面なトラウマさん。


「ばっかじゃないの? ってかバカ。今どき幼児でも母親が病院に運ばれたって言われてもついていくなって注意されてるんだよ。そんな手にひっかかるわけないじゃん」


 帰ろ帰ろ、と足を進めかけたけど。


『お主がこ奴の母上を捕らえておるおるのか?』


 ちょっと、サロメ、相手にすることないよ。


「私ではない」

『が、居所は知っておる、と。お主は何者ぞ』


 ……あ、お母さんの居場所を聞き出そうとしてくれてるんだね。


 口では「相手することないよ」とか言いながら、トラウマさんの返事を待つ。


「私は“トラウム・イェーガー”。暁の夢の幹部だ」


 びしっと音がしそうなほどに姿勢を正して、トラウマ男が答えた。


 暁の夢。

 夢魔と組んで悪いことしてる組織だ。

 そいつらが、お母さんを……!


『ドイツ語で“夢狩人”といったところか。安直だな』

「安直とはなんだっ。……ふん、所詮庶民にはこの崇高さが判らないのであろう」


 庶民って、自分はなにさ。


「トラウムだかトラウマだか知らないけど、そのご立派な方は、お母さんを捕まえてるって証拠は当然持ってるんでしょうね? 証拠もないのについてくほどわたし馬鹿でも不用心でもないよ」


 冷ややかに言ってやると、“トラウマ狩人”――こいつのあだなはこれに決定――はたじろいだ。


 ……ちょっとだけ、期待したのに。


「証拠がないなら、はい、終了」

 さっさと後ろ向いて、すたすた歩いて帰った。




 夢の世界から現実へ戻って、お父さんに報告。

 本当は期待だけ変に膨らむような話なんてしたくないんだけど、“トラウマ狩人”のことは話しておかないと。


「絵梨が暁の夢に? ……あまり鵜呑みにはできないけれど、最初から嘘だと決めつけないでしっかり裏付けをしないといけないね」


 難しい顔をしてるけど、お父さん、そうだったらいいなって思ってるよねきっと。居所が全然判らないより、判った方が断然いい。


「愛良は、またその男に会っても相手にしないようにな。すぐに戻ってくるんだよ」

「判ってる。あんなアヤシイやつに引っかかったりしないって」

「それもあるけど、曲がりなりにも一つの組織の幹部だって名乗ってるんだ。戦闘能力は高いかもしれない。力づくで、となるとおまえでは勝てないかもしれないんだから」


 そうか、考えたくないけど、お母さんがあの“トラウマ狩人”にやられたかもしれないんだ。あのバカっぽいのが強そうとはあまり思えないけど、夢魔退治の後で余力がない状態で戦ったら、いくらお母さんが強くても勝てなかったのかも。


「うん。次からはスルーってことで」

「それがいい。おまえまでいなくなったりしないように、な」


 お父さん、悲しそう。

 わたしまで捕まることのないよう、全力で逃げるよ。

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