守りたい気持ち

「なんかさ、心配とか不安とかある時に決まって見る夢ってあるよね」


 友達グループで給食を食べていて、そんな話になった。


「あるある。よく忘れ物する夢見るよ」

「遅刻しそうになってたりとか」

「誰かに追っかけられたりとかもあるね」


 うんうん、まさにあるあるパターンだ。

 みんな何か心配ごととかに関連してるみたいだね。


「わたしさー、緊張してるとトイレに行く夢見る」

「何それー」


 あはは、これは初めて聞くバージョンだ。


「心配事が夢に出るんだよね」


 わたしが言うと。


「それじゃ、わたしいつもトイレの心配してるみたいじゃない。うわー!」


 どっと笑いが起きた。




 そんな話をした夜に、夢魔退治の仕事が来た。


「贄は小学三年生の女の子だ。ここ数日元気がないらしい。今のところ風邪と診断されているけれど、夢魔に間違いないだろうという話が来たから、行ってきてくれ」


 お父さんから贄の情報をもらう。


「どうして間違いないって言えるの?」

「その子が、調子が悪い時に決まった夢を見るらしいんだけれど、最近そんな感じの夢ばかりだって本人が母親に言っていたそうだ」

「どんな夢?」

「乗り物に乗っている夢だって。電車だったり飛行機だったり、エレベーターだったり。具合の悪さに応じて速さ変わるみたいだ。『今日は新幹線だったから気を付けないとね』とかいう会話が母子おやこでいつも話されてるらしい」


 すごい時なんて、ジャンボジェット機が宙返りしたとか。夢の中ではすごい楽しい気分だったけど、起きてからとっても疲れたって。


 なるほど。

 そういう決まった夢を見る人は、ある意味夢魔に目をつけられているかどうか、判りやすくていいかも。


「それじゃ、いってきまーす」


 サロメと木刀を腰にさげて、渦巻きトンネルに飛び込んだ。


 どこかの町の商店街だ。女の子が買い物に来たみたいだ。ショートヘアで赤い淵のメガネをかけてるこの子が贄かな。

 女の子は友達と待ち合わせをして文房具店に入っていった。

 鉛筆や消しゴム、下敷きやノートを見て回って、どれにしようかと考えて、友達に相談もしている。ごく普通の買い物風景だ。


 そういえばお父さんが「最近の文房具はおしゃれになったよなぁ」って言ってたっけ。

 お父さんが子供の頃って、三十センチ定規は竹でできた、イラストなんて何にもないシンプルなやつだった、って。

 機能性重視ってことかな。でも定規に機能性てあんまり関係ないような。


『あまり軽すぎるのよりもある程度重さがあった方が安定するとか、イラストがない方が目盛りを読みやすいとかといった機能性はあるな』


 おおぉっ、なるほどー。さすが年の功。


 んっ? 景色が変わった。と同時にチリチリがやってきた。

 女の子は電車に乗っている。乗客はそれなりにいて、誰が夢魔なのかはまだ判らないな。

 注意深く見渡すけれど、不審な動きをしている人はいない。


 電車が、駅を通過していく。

「これ、各駅停車のはずなのに」

 誰かがつぶやいた。

 女の子の顔が不安そうだ。


 電車の速さとしてはまだゆっくりな方だけど、各駅停車の電車が駅をすっ飛ばすのは異常事態だ。

 景色は普通だけど……、あれ、いつのまにか乗客が減ってる。


 いよいよ夢魔が来るのか? この中にいるの?

 気配を探るけれど、チリチリの元がどこか判らない。なんか、近すぎるんだよね。


 まさかこの子自身が夢魔が投影した姿か? と思ったけどそれは違うっぽい。夢の感情がこの子から流れてきているのはなんとなく感じ取れる。


 夢魔の気配を探っている間に、電車は駅をいくつか通り過ぎる。線路が、上下にうねるようになってきた。こんな頻繁に高さが変わる線路なんてないはずだ。これは確かにじわじわ怖い。


 女の子の怯えが手に取るように判る。今のところ侵食はされていないみたいだけど……。

 それにしても、夢魔が近くにいる気配がするのに、誰が夢魔か判らない。もう人数も絞られているのに。


 あっ!


 わたしはサロメを抜いて、電車の床に突き刺した。

 悲鳴というよりは獣の叫びみたいな声がして、電車がうねった!!

 やっぱりこの電車自体が夢魔だったんだ!


 今まで大きくても数メートルぐらいだったから、夢魔は周りにいる人のうちの誰かだとばかり思ってたけど、それにしては気配が近すぎたんだよね。


 さぁ、電車が姿を変えて襲ってくる、と思ってたけど変身する要素はない。


 ん? と思う間もなくつり革が何本も伸びてきて絡みつこうとしてくる。

 このまま戦う気か。


 わたし一人なら問題ないけど、贄の子は……。

 軽く視線をさまよわせたら、床にうずくまって震えてる。

 夢魔は容赦なく贄の子にも攻撃を仕掛けようとしている。

 サロメで叩き落したけど、守りながら夢魔の領域の中で戦うのは不利すぎる。


 あの子を抱えて電車の外に出ようか。でもそれを見逃してくれるとは思えない。窓から出ようとしたところで捕まえられたりするかもしれない。

 なら、このままこの夢魔を倒してしまった方がいい。


 わたしは女の子に近寄って、夢魔の攻撃をはじき返し続けた。

 絶え間なく飛んでくるつり革、うねる握り棒、飛んでくる座席!

 サロメで、拳で、蹴りで叩き落す。


 攻撃をクリーンヒットさせられることははいけど、こっちも攻撃できない。

 どうすればいい?


 ねぇサロメ、今のわたしの魔力で、とどめの浄化以外で大きな技は何回使えると思う?


『これだけ大きな敵だ。一度で仕留められぬ可能性を考えて、それ以外の技は一度と見た。何をする気だ?』

「この子を守るの」


 言いながら、女の子に手を伸ばして、周りにバリアを張るのを強くイメージしてみた。

 思い通りのうっすら光る膜のようなものが女の子の周りに出来上がる。


 よし、これでちょっと自由に動けそう。

 夢魔の攻撃をかわしつつ反撃。サロメで斬って斬って斬って斬りまくる。

 効いてるみたい。電車がうにょんうにょんしてる。さすがでかいと体力も半端ないな。これだけやってもまだとどめには早そうだ。

 根気よくやるしかないか。


 と思ってたら。

 夢魔の邪気が膨れ上がった。同時に、目の前が真っ暗になって全身に圧迫感。

 なに?

 息が苦しい。


『夢魔に包み込まれたようだな』


 そんなっ。かろうじて息はできるけれど、まったく動けないのはそういうことか。

 ……じゃあ、あの子は? 肉体そのものじゃないって言っても夢の中の贄って精神の塊だよね。攻撃受けたらやっぱりダメージ受けるよね。


『今のところ無事だ。お主の張った結界に守られておる』


 よかった。

 けどこのままじゃまずいよね。

 わたしも、体がしびれてきた。早く何とかしないと。

 一か八か、サロメに魔力を集めて……。


「きゃあっ!」


 甲高い悲鳴。これは、贄の子の!?

 えぇい、やってやる。


 力を解き放て、サロメ!

 強く念じた。

 浄化の白い光が放たれる。体への圧迫が消えた。

 視界が開けた。夢魔の中からは出られたみたいだ。けど、夢魔は消えていない。


 少し離れたところに贄の女の子が座り込んでる。

 女の子が震えてる。ダメだ。この子が怯えてたら夢魔が活発になる。


「大丈夫だよ」

 駆け寄って、ぎゅっと抱きしめた。


 夢魔は悶えてるみたいだけど、多分もう少ししたらまた攻撃してくる。

 もう一撃加えたいけど、まだ浄化のための魔力はたまってない。

 どうする?


『ここは一旦引くのも考えねばならぬな』


 悔しいけど、決定打がない今は、そうするしかないかな。

 話し合ってたら、夢魔が動いた。わたしを、というよりは女の子を狙って黒い触手みたいなのを勢いよく何本も伸ばしてきた。

 慌ててサロメでたたき返す。

 こいつ、この子を攻撃したらわたしがかばうのを知っててやってるんだ!


『愛良、離れろ。お主が離れてもこ奴は贄を殺したりせぬ』


 判ってる。けど攻撃が当たったら痛いよ。こんな小さな子をそんな目に合わせるわけにはいかないよ。

 夢魔の太い腕がしなった。

 女の子を抱えて横っ飛びで離れる。

 すごい衝撃が背中に加わった。

 ごろごろと転がりながら、なんとか女の子は守ったつもり。

 けど、もう動けない。目の前真っ暗。頭の中がぼんやりする。


『愛良! 立て!』


 意識の遠くでサロメの声がする。

 立てって言われて立てるなら、とっくに立ってるよ。


「愛良!」


 あれ? この声は? サロメじゃない?

 ふわっと上半身が持ち上げられた。肩を支えてくれる、温かい感触。

 サロメじゃない。これは……。

 ぱちっと目を開けた。

 ハルトさんの心配そうな顔が、間近にあった。


「はあぁぁあぅあっ!?」


 自分でも「何それ」な情けない悲鳴を上げてしまった。

 ハルトさんに抱き起されて、慌てて離れた。


「もう大丈夫、……みたいだな」


 ハルトさんがちょっと笑って言うのに、こくこくこくこく声も出せずにうなずいた。


 気が付けば夢の中は穏やかな風景に戻ってる。

 贄の子はまたお友達と買い物を楽しんでいるみたいだ。

 よかった。夢魔はいなくなったんだ。ハルトさんがやっつけてくれたんだね。


 ハルトさんに助けられて、夢魔もいなくなって嬉しい。

 嬉しい、んだけど。

 素直に喜べない。


「どうした?」

 ハルトさんが尋ねてくる。

「うん……、わたし、まだまだだなって思って。夢魔をやっつける決定的なものが足りないんだよね。贄の子にも怖い思いさせちゃった」


 きっとなんて応えようか、困ってるんだろうな。ハルトさんは黙ったままわたしをじっと見てる。


『撤退を促したサロメの判断は正しい。じゃが、最後まで贄を守ろうとしたおまえさんの行動も、狩人として正しい姿じゃ。立派じゃぞ』


 この声は、サロモばあちゃんだ。


『うむ。ハルトに助けられて浮かれて喜ぶようでは活を入れるところだが、夢魔を自力で打ち払いたいと願うその気持ちこそが精神力を鍛え、魔力も高まるであろう』


 二人に励まされて、ちょっと気が楽になった。

 いつもケンカばかりだけど、こんな息の合った会話もできるんだね。


『ふん、喧嘩ばかりなのは、ばぁさんが口うるさいからだ』

『おまえさんが偏屈じぃさんだからじゃろうが』

『やかましい。言葉数が多くてほほえましくみられるのは娘御むすめごのみだ。ばぁさんがぺらぺらしゃべってもうるさいだけだ』

『なんじゃと? 偏屈もんのおまえさんは好かれておる頃などなかったくせに』


 ああぁぁぁ、始めちゃったよ。

 ハルトさんと顔を見合わせて、やれやれって笑った。


「愛良、あんまり気に病むなよ。……ゆっくり休め」

「うん、ありがとう」


 最後にハルトさんからも元気をもらって、まだ口ゲンカしてるサロメを持ってさっさとトンネルに向かった。


 強い思いが力になる、か。

 精神世界だけに、結構根性論なんだね。


 よしっ、これからも体も鍛えながら気持ちを強く持っていくぞっ。

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