シュウトメ・ロック

 お父さんが、また何か渋ってる顔をしてる。

 今から夢魔退治に行くんだけど、多分そのことだろうな。前に「大人の複雑な事情に関わることはちょっと」って難しい顔してたし。

 また政略結婚とか、そういうのかな。それとも三角関係?


「悪夢にも影響するから贄の日常なんかをある程度話さないといけないとは言え……」


 気乗りしないってありありと判る声でお父さんが言う。


「今回の贄は新婚さんの奥さんなんだけど、旦那さんの仕事の都合と、おしゅうとさんの介護の関係で、旦那さんの実家で同居しているらしい」


 おぉ、これは嫁姑問題ってヤツだね。きっと意地悪ばぁさんがイビって心が弱ったんだ。それとも介護してる舅がとんでもないエロじじぃでセクハラとか。


『そうやってぽんぽんと状況が思い浮かぶお主の想像力は大したものだな』


 サロメがイヤミったらしく横やりを入れてきた。


「愛良が何を想像したのかは知らないけど」


 お父さんは苦笑いしてる。

 あはは。サロメを通して周りの人と思考が繋がったりとかがなくて、よかったよ。


「最近、お嫁さんの体調がよくないみたいでね。お友達が病院に行けば? って勧めても、家事と介護で行く時間がないって言ってるらしい。多分『別に発熱してるわけでもないのに病院なんてサボるためだろう』とか言われるんじゃないかなって、お友達は心配してるみたいだね」

「なにそれ。家事とか介護とかしてもらっといて、ばっかじゃないのそこのじじばば」


 やっぱり意地悪ばぁさん系だった。人んの話だけど、話聞くだけでムカつく。


「だからお嫁さんはストレスをためちゃってそこに夢魔がつけこんだということだ。よろしく頼むよ」

「りょーかーい」


 いつものように、お父さんが作ってくれた白い渦巻トンネルにジャンプした。


 えーっと、ここは、どこかの部屋の中だ。女の人がベランダで何かやってるみたい。

 そっと覗きに行くと、小さな鉢植えに水をあげてる。黄色やピンクの小さな花が可愛く咲いてて、それを見てる女の人も朗らかな顔をしてる。


 この人が夢の主かな?

『そのようだな』

 一見、幸せそうだけどね。

『まだ夢魔の現れる前だからな。その時点でも既に悪夢を見ているようなら、相当侵食されていることになるが』

 今はまだそうじゃないってことだね。

『そうだな。お主のようなかけだしに、そこまで強い夢魔と戦わせるわけにもいかんだろうて』

 かけだしって言ってももう三か月近く狩人やってるよ。

『お主の母上が何年狩人をやっておったか、知っておるのか?』

 そう言えば、そこらへんは詳しく聞いたことがないなぁ。

『二十年近くと聞いているぞ。それに比べればひよっこもいいところだ』

 そんなに長かったんだ。


 そのお母さんでも帰って来られなくなる事態って、一体何なんだろう。

 一つはっきりしてるのは、わたしはもっと強くならないといけないってこと。


『その意気だ。……来るぞ』


 うん、感じる。肌をいやらしく刺激する雰囲気を。

 すぐに周りが暗いマーブル模様になる。


 お嫁さんが大切にしていた鉢植えが、……ええぇっとぉ? これは予想外だ。

 鉢植えが全部、音楽にあわせて動く花のおもちゃになってる。ひまわりに似せた顔の部分に大きなサングラスつけて、細い体の部分をくねくね動かす、アレ。


 ちょっと、シリアスな場面になんて形で出てくるかな。

 お嫁さんも、愕然としてる。


「いいでしょおぉぅ? それ。アナタが育てているチンケな花なんかよりも、ずぅぅっと!」


 ぎゃー、なにこのイヤンなばばぁの声!


「ひどい……、大切に育ててきたのに」


 お嫁さんが悲しそうに嘆いてる。そりゃそうだわ。よりによってアレはないわ。


「母さんだって、悪気があったわけじゃないしぃ、ちょっとしたジョークだよ。笑って許してやれよぉ」


 んでもって、なにこの男の無責任な間延びしたイラつく声。ひょっとしなくても旦那?


『今回ばかりはお主の感性に賛同するぞ』

 サロメもイラッとしたみたいだね。


 自分の妻が悪意ある嫌がらせ受けてるってのに、ヘラヘラ笑いながら母親の肩持つって、どうよ。マザコンか? 小耳にはさんだエネ夫ってヤツか?


『そんな知識は得んでよい。インターネットの閲覧に制限をかけた方がよいと父上に言わねばならぬな』

「サロメだってネットが出所って知ってんじゃないの。それこそどうやって知ったのさ」


 柄を握って、すらっと引き抜きながらつい口に出した。

 サロメは応えない。ちっ、都合が悪いとだんまりってひきょーな。


 その頃には、花のおもちゃは連結して大きくなってる。それになに? おもちゃっていうより本物の植物っぽくなってきたよ。長い蔓のところどころに、毒々しい色の花がついてる。

 こんなの、あの女性ひとの育ててた花じゃない。根性悪のクソババァの腐った心の化身だ。


 実際はどこまでどうだか判らない。これは夢だってちゃんと知ってる。けど、こんなひどい夢を見るぐらいに参らされてるのは確かなんだろう。

 そしてそこに付け込む夢魔、こいつをぶった斬る!


 蔓がうねうねクネクネ動いてるのが、あのおもちゃの動きそっくり。

 と、思ったら。


「ふぅん、これで掃除したって言うの? まったくうちの嫁は掃除の何たるかも判ってないのねぇ」


 ババァのイヤミな声がして、蔓がビュンビュンうねってこっちに伸びてきた。

 あぶなっ! クネクネに騙されてた。さっとよけたり、サロメで叩き落としたりで捕まらないようにする。


「うちに来てもう一年だっていうのに、まだ跡取りも望めないなんて、欠陥品をもらっちゃったのかしらぁ。ちゃあぁんとご奉公しているんでしょうねぇ?」


 この流れで「ご奉公」って、つまり……。

 うっわ、サイアク! 下品!

 唸る蔓を力いっぱい叩き落とした。

 蔓の動きがピタッと止まった。チャンス!


「力を解き――」

『待て、愛良』


 サロメに止められて、魔力の集中をやめた。なによ、もう、ってサロメを見たら。

 蔓についてる毒々しい花から何か噴き出してきた! とっさに左腕で口と鼻をふさぐ。


『先程溜めた魔力を、この花粉を打ち消す力とせよ』


 サロメのアドバイス。けどそれを使ったら、肝心の夢魔へのとどめは?


『お主の魔力はこの三か月近くで育っておる。ワシが言うのだ。信じよ』


 調子いいな。さっきはひよっこ扱いしておいて。

 思わず、笑っちゃったよ。変な花粉ちょっと吸っちゃったじゃないのさ。吐き気がするよ、きもちわるー。


 けど、行けそうな気がする。

 ――うん、信じるよ、サロメを。


 消えろ! 夢魔を討つ邪魔をするな!

 体から魔力を解放するイメージで、力を込めて念じた。

 何かが体から噴き出す感覚がして、わたしの周りの気持ち悪い色の花粉が消え去った。


 その奥に夢魔の核の本体。元があのおもちゃだけあって、クネクネ踊ってる。

 わたしを見てぎょっとしたふうにびくっとなって、動きが止まった。

 今度こそ。


「力を解き放て、サロメ!」


 思いっきりジャンプして、核の上でサロメをかざした。

 刃が白く光って、夢魔を包む。その一瞬後に、とどめの一撃をたたきこむ。

 ヤツは最後までクネクネしながら、光の呑まれて消えて行った。


 夢魔が消えて、元の夢に戻った。お嫁さんが育てている鉢植えは無事だ。よかった。


「ただいまー。何か甘いもの食べたいなって言ってただろ? ケーキ買ってきたよー」


 旦那さんだ。さっきの間延びした声じゃない、優しそうな感じ。

 ほんわかした雰囲気が夢の中に広がってくる。

 よかったね。


 それじゃ、帰ろっか。

 サロメを鞘にしまって、お父さんのトンネルに走ってった。




「って感じだったよ。夢なんだけどさ、あの姑さんはマジないわ。疲れちゃった」


 お父さんに戦果を報告したら、苦笑いしてる。


「ねぇ、お父さんはもしわたしが結婚して、お姑さんにいびられたら、どうする?」


 何気なく聞いてみたんだけど、お父さん、なんでかキョドっちゃった。


「お、おまえが結婚とか、まだまだ早いから! その上、いびられるなんてっ!」


 声、裏返っちゃってるよ? そんなに変なこと聞いたかなぁ。


『こ奴をいびるような肝の据わったおなごは、そうそうおるまいて』


 なによそのフォローになってるようで、なってないのは。


 お父さんはサロメの声も聞こえてないみたいで、まだなんかアワアワ言ってる。

 もういいや、放っておこう。


 結構精神的にくる戦いだったけど、今回で魔力をとどめの一撃以外に使えることも判ったし、また一歩前進だね。

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