偏屈相棒、鬼師匠

わたしに合う魔器はどれ?

 部屋は、ふつーの部屋だった。ううん、むしろ何もなさすぎるぐらいの殺風景な部屋だ。六畳ぐらいの広さのフローリングの部屋に、クリーム色のカーペットが敷いてあって、壁もクリーム色だ。家具は、端っこの方に小さめのテーブルが置いてあるだけ。カーテンが淡いピンク色で、そこだけ色があるって感じ。


 マダムさんは部屋の真ん中に立って、にっこりとこっちを見ている。


「さ、愛良ちゃん、いらっしゃい」


 招かれて、マダムさんのそばに歩いてった。後ろからアロマさんもついてくる。


「今から、わたし達が保管してある魔器のお部屋を開くから、彼と一緒に行って、自分に合いそうな武器を見つけてらっしゃい」


 お部屋を開くって? と思ってたら、マダムさんは小さな赤い板のようなものを手に持っている。

 あれ? 今どこから出したの? ポケットじゃないし、鞄とかも持ってない。もしかして、マダムさん手品師?


「あれが魔具まぐのひとつだよ」


 きっとわたしすごく不思議そうな顔をしてたんだろうね、横に並んで立っているアロマさんがこそっと教えてくれた。

 ってことは、今さらだけど、マダムさんは夢見なんだ。


 マダムさんはかがんで、魔具を床に置いた。その上に手をかざして目を閉じる。何かを念じているみたい。

 すると、床が白くぼんやりと光り出した。最初は板の周りだけだったのがゆっくりと広がって、板を中心に渦を巻いて行く。


 うわぁ、すごい、何これ。ほんとにファンタジーだっ。わっ、つま先の近くまで広がって来たっ。なんだか落っこちそうで思わず足をひっこめちゃった。


 わたしのリアクションを見て、マダムさん達が小さな笑い声をあげた。二人にしてみたら当たり前の光景にわたしがビビってるのが面白いのかな。

 わたしにとっても、こんなのがこれから当たり前になっていくんだ。


「さ、この中に入って」


 マダムさんが言う。やっぱ入るのか。


「最初は怖いかもしれないけど、この中は夢見の集会所の管理する場所だから安全だよ」


 言って、アロマさんがお手本とばかりに渦の中にぴょんと飛び込んだ。

 床があるはずの所にアロマさんが落っこちてく。


 あんなに簡単に飛び込むんだから安全なんだろうけど、高さとかどうなんだろう。すっごく高かったら着地の時痛くないかなぁ。

 ちょっと、ううん、結構怖い。でもここでためらってちゃ狩人になんかなれない。


 ……えぇい! 行っちゃえ!


 わたしは目をつぶって、渦の中心と思われる所にジャンプした。

 床があるあたりを通過する時、ぶわっ、と、なんて言うんだろうか、膜みたいなものを通過するような感触っぽいのがあった。あ、あの渦をくぐったんだ、って思った瞬間、足の裏が固いものにあたった。


 えっ、もう着いた? と思うか思わないかの短い間で心の準備も何もあったもんじゃない。バランスを崩して尻もちをついちゃった。


 アロマさんの爽やかな笑い声がする。


「いらっしゃい。初めてトンネルをくぐるわりには早く決断できたね。狩人になるぞって決意して来ているはずなのに怖がってなかなか入って来られない人もいるんだよ」


 それ、判る気がする。だって、あんなの日常生活じゃ絶対に見ないもん。テレビや映画の中の不思議な世界がそばにあるって、考えるだけだと憧れるけど、実際に見てみるとそれだけじゃ済まないってどうしても思っちゃう。


 改めて、夢魔や狩人のことを人に話しちゃいけないわけが判った。

 そんなことを思いながら目を開けたら、さらに非現実的な景色がそこにあった。


 周りは全部、棚、棚、棚。


 壁とかは見当たらない。薄暗い空間に無数の棚があって、中にいろんな武器が並べられてる。ガラス戸とかがあるわけでもなくて、手を伸ばしたら直接触れられる状態だ。


「う、うわぁ……」


 思わず感嘆が漏れる。


「ここが、夢見の集会所が管理している魔器庫だよ。いろいろあるから迷うだろうけれど、じっくり見て回るといいよ」


 アロマさんが手を差し伸べてくれたから、ありがたく頼ることにした。あったかい手を握って立ち上がって、改めて周りを見回してみる。


 ざっと見ただけでも銃、弓、剣、打撃武器……。本当に種類問わないんだ。武器マニアが見たら泣いて喜びそう。アクション映画好きのさっこちゃんも目を輝かせるかもしれない。

 でも、これだけのたくさんの武器、どうやって集めてきたんだろう。


「ここの武器って、どこから持ってきたんですか?」


 きょろきょろと武器を見ながらアロマさんに尋ねた。


「これは、過去にこの武器を使った狩人達が残してくれたものなんだ。何らかの理由で狩人をやめる時に、夢見の集会所に託してくれたものだよ」

「引退する時に魔器を寄付した、みたいな?」

「うん、そんな感じ」


 へぇ……。これだけの数、過去に狩人がいたってことなんだ。確か何百年とかそれ以上、夢魔と戦ってるんだったよね。そう言えばいかにも古くからあるような感じのデザインとか、古ぼけた感のあるものも少なくない。


 棚の一つ一つを見て回る。

 ちょっと飛び道具系に惹かれるんだけど……。


「銃は、本当の弾を使うんですか? それとも弾は自分で作るとか」

「魔力を弾にして発射できるぐらいの上級者なら実弾はいらないけれど。そこまでの力がないなら実弾だよ。あ、ひとつ言い忘れてた。魔器は基本的に狩人が自分で管理することになるから、弓なら矢を、銃なら弾を自分で調達しないといけないし、整備するのにも人に頼むならお金がかかる。特に銃は今の日本じゃ、ちょっと難しいかもね」


 そっかぁ。残念。


「じゃあ銃とかは上級者になってから、かぁ」

「銃に興味あったの?」

「はい、ちょっと。魔力の弾なんてカッコイイなぁって」


 アロマさんは、にっこりと笑った。ふわぁっと空気があったかくなる感じがする。この人は本当に癒しだなぁ。


「じゃあ、特別に見せてあげよう」


 アロマさんは、そう言って棚から拳銃を出してきた。右手でグリップを握って、左手を、丁度弾を装てんするあたりにかざした。

 わっ、なんか空気が震えてる感じ。一瞬、銃が青白く光ったように見えたけど。


 何もない上空に銃口を向けて、アロマさんは真剣な顔だ。眉と目がきゅっと釣りあがって、口元もりりしく引き締まって、さっきまでの癒しの表情とは全然違う。

 狩人の顔だ、と思った。


「それじゃ、撃つよ」


 思わず呼吸をわすれたわたしの目の前で、アロマさんは引き金を引いた。


 銃からはガチッと、から撃ちの音がしただけだったけど、銃口からは青く輝く弾丸が発射された。弾は青白い尾を引きながら斜め上へとぐんぐん昇って行って、小さくなって消えた。


 思わず拍手をしてしまった。あの弾が夢魔にあたったらすごい威力を発揮するなんて信じられないくらい綺麗だった。


「愛良ちゃんも、魔力を十分に操れるようになったら、銃も使ってみるといいよ」


 またにっこりと天使みたいな笑顔でアロマさんが言うから、思わず何度もうなずいちゃった。


「魔力って、精神力を高めた力のこと、で合ってましたよね?」


 わたしの質問に、アロマさんは「そうだよ」って答えた。


「夢の中は精神世界だから、心に強く念じたことが実際にできたりする。でもイメージ通りのことができるようになるには相当の鍛錬が必要になるよ。頑張ってね。……それじゃ愛良ちゃんの魔器探しの続きに戻ろうか」

「はい」


 また棚の周りをぐるぐると廻る。


 ん? 弓が置いてある。銃は管理とかが難しくて駄目でも、弓はどうだろう。


「触ってみてもいいですか?」

「もちろん。直接手にとって確かめてみないとね」


 お許しが出たから、小さめの弓を手に取ってみた。

 弓を手に持ったの、初めてだよ。意外に重い。バランスとるのも結構難しそうだ。


 さっきのアロマさんのまねごとをしてみる。集中するために目を閉じて、テレビなんかでみた弓道の動作をイメージしてみる。左手で弓をぐっと掴んで、右手に矢を持って、矢先を左手の伸ばした人差し指の上に乗せて……。

 なんてことをやってると、ここにないはずの矢がわたしの手にあるようなイメージがピンと来た。


 アロマさんが軽く息をついたのが聞こえた。もしかしてわたし、本当にできてる?


 ぱっと目を開ける。そこには光輝く矢が……、なかった。

 なんだ、がっくり。


「やっぱりいきなりは無理ですよねー」


 照れ隠しで、あははっと笑ったら、アロマさんも笑った。


「でも、魔力が練られていくのを、少し感じたよ。愛良ちゃん、筋がいいね。きっといい狩人になれるよ」

「えっ? 本当に?」

「うん」


 うわぁ。やったぁ!


 アロマさん優しいから、お世辞かもしれないけど、それでも嬉しい。

 弓を元の場所に戻しながらテンションが上がったわたしは、張り切って次の棚を見ることにした。


 銃とかがすぐに使えないとなると、あとは直接相手に攻撃する武器なんだけど。一口に直接系と言ってもたくさんある。剣だけでも両手でやっと持てるようなおっきいのから、果物ナイフみたいな小さなものもあるし。


 まずはおっきい剣に手を伸ばした。どうせファンタジーやるなら、やっぱ普段は使えないようなものをブンブン振りまわしてかっこよく――、って、重っ!

 精神世界なんだから常識じゃ重くて持てなさそうなのも軽々と持てると思ったのに。両手でしっかりと柄を握って足を踏ん張っても、振り上げるのがやっとだった。こんなんじゃ戦えない。


「身長とか、手の大きさとか考えたら、愛良ちゃんはもうちょっと小さい武器の方が扱いやすいと思うよ」


 アロマさんが涼しい笑顔で説明してくれた。


 はいすみませんチビのくせに大きな武器を使おうなんて厚かましかったです。


 うーん。ということはナイフとか、拳につける武器とかになってくるのかなぁ。

 でもイメージとしては、やっぱ剣タイプがいいんだよね。もうちょっとこっち系統を探してみよう。それで無理なら小さい武器に路線変更だ。


 なんて思いながら棚をあれこれとみていると、ふと、気になるものがあった。


 棚の一番下に、ひっそりと置かれている箱。縦が一メートル弱ぐらい。横が二メートル近くで、高さは五十センチぐらいかな。いかにも古そうに色あせた見た目だけど、なんでだろう、この箱が新しかった頃の色合いとかがイメージできる。


 イメージした箱は、全体がつやつやのしっかりとした木で、淵は金でできていて、中は光沢のある赤い布が敷いてあるんだ。そしてその布の上には一本の剣がある。


「中を見てみる?」


 アロマさんに話しかけられて、思考を中断した。

 改めて見てみると、古ぼけて黒くすすけたようになってるただの箱だ。

 なんだったんだろう、さっきのイメージ。

 この中に、本当に剣が入ってるのかな。


「はい。開けてみます」


 わたしは箱にそっと手を伸ばした。

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