伝説の狩人とか、いたりしない?

 さてさて、夜の勉強タイムが定着してきた小六の十一月のこと。わたしはお父さんの部屋に呼び出された。

 次はいよいよ体を鍛えるよう言われるのか、と思いきや。


「狩人になるためには、夢と夢魔についての知識が必要だ。大まかにでも知っているのと、全然知らないのとでは大違いだからね」


 げー。今度は夢の世界のお勉強か。勉強ばっかりだなぁ、もう。体動かしてる方が楽なのに。


「また勉強か、って顔だな」


 うっ、図星。


「まぁ最近勉強ばかりだったから無理もないな。愛良にも判りやすいようにできるだけ簡単に説明するから」


 日曜日の午後、お父さんとの勉強会が始まった。


「まず、夢の世界がどういったところか、という話だけど、一言で片づけるなら『精神世界』だ」


 うん、そりゃそうだよね。夢って脳が見せる映像だって話は聞いたことがあるし。


「夢の中がどのようになっているのか、まだまだ謎のことが多いけれど、判っているのはこの世界の人、いや人に限らず、生き物の夢はひとつの精神世界として繋がっているということらしい」

「えぇっ? じゃあ、むっちゃ広いんじゃないの?」

「広いという概念が当てはまるのかどうかも判らないよ。どこでどう繋がってるのかも判らないんだし」


 広さというものがないってこと? う、うーん、すでにちんぷんかんぷん。

 お父さんは、あははと笑って、まぁそのあたりのことは今はまだいいよ、と続けた。


「夢魔は精神世界の生き物で、生物の生命エネルギーを得て存在し続けている。その形は様々で、夢魔だからこういう色、形だ、というのは決まってないみたいだ。夢魔自体が精神エネルギー体だという説が有力だけど、今はまだ夢魔が何なのかということは、はっきり判っていない」


 ふむふむとうなずいて、ふと疑問に思ったことを質問した。


「正体が判ってないってことは、夢魔が出てきたのって最近の話なの?」

「いや、少なくとも数百年前からいるらしい。もっと古くからいるって話もある」

「歴史長っ! ……ってか、そんな昔から戦ってて、夢魔のことはまだ判ってないの?」

「何せ夢の中だけのことだからね。しかも会えば戦闘になるし、調べようがないんだろう」


 なるほど。

 となると、記録に残ってないだけで、夢魔は本当はもっともっと古くからいて、狩人達もその頃からいて、一万年前の伝説の選ばれし狩人なんかいたり……、しない?

 うわぁ、真剣な話なのになんだかアニメっぽい設定になってきたぞ。


“精神世界の悪の化身よ、さっさと消えてしまいなさい!”


 なんて、武器を構えて可愛いコスチュームに身を包んだ狩人がポーズ決めて――。


「なんだか愉快なことを考えてる顔してるけど、続けるよ」

「はぁい」


 ぺろっと舌を出したら、お父さんはやれやれって顔になった。


「夢魔と戦う人達には役割があって、お母さんのように直接夢の中で夢魔と戦う『狩人』と、狩人をサポートする『夢見ゆめみ』がいる」

「お父さんは夢見なんだよね」


 お父さんはうなずいて、話を続ける。


「まずは狩人だけど、狩人はマキと呼ばれる武器で戦う。魔法の魔に器で、魔器だ」

「なんで魔剣じゃないの?」

「武器が剣とは限らないからだよ。もちろん魔剣もあるけれど、狩人の持つ武器の総称が魔器なんだ」


 そっか。たとえばカンフーアクションみたいにトンファーとか振りまわしてるのに魔剣じゃあわないよね。


「そして夢見は、狩人を夢の中に送るトンネルを作る。その他にも色々できるけれど、今はそれだけ覚えていてくれればいいよ」


 お父さんは、神社でいただけるおふだに似たものを出してきた。


「これがマグだ。魔法の魔に道具の具で、魔具」

「もしかして魔具も、いろんな形のがあるの?」

「そうだよ。お父さんのはお札だけど、指輪やペンダントにしている人もいる。つまり魔器も魔具も、魔力が込められるものなら、自分の使いやすいものを使えばいいということだ」

「へぇー。……狩人になったら、魔器はどんなのにしようかなぁ」


 やっぱオーソドックスに剣タイプかな。ナックルとかの格闘系も面白そう。もしかして、飛び道具もあり?


「最初は借りるのがいいと思うよ。それを使って、愛良と相性がよければずっと使えばいいし、やっぱり自分で作りたいってなったら、その時考えればいいよ」


 そこまで長く狩人を続けるならね、とお父さんが付け足した。


「借りる、って、どこから?」


 小首をかしげると、お父さんはにこっと笑った。


「夢見と狩人の活動を支援する組織があるんだよ。お父さんもお母さんもそこに属していて、お母さんを探すのもお願いしている」


 組織か。なんか話がまた大きくなりそうな予感がひしひしとする。


「今、説明するのはこれぐらいにしておこうか。おまえが本当に狩人になったら、それからじっくりと覚えていけばいいし」

「うん、もういっぱいいっぱいだし。これ以上入んないと思う」


 わたしが頭をコツコツと叩いたら、お父さんは楽しそうに笑った。


 あ、お父さんがこんな顔して笑ってるの、なんか久しぶりに見た気がする。よかった。お母さんいなくなってから、お父さん、あんまり心から笑ってないような気がしてたんだ。


「えーっと、つまり、今日のお話を超かんたんにまとめると、夢の世界は精神世界で、ひとつに繋がってて、夢魔はそこに住んでて、狩人が魔器を使ってやっつける。夢見は魔具を使って狩人のサポート、ってことでオッケー?」


 わたしが言うと、お父さんはうなずいた。


「そうだね。今はそれでいいと思うよ」


 よっし、狩人になるためのステップをまた上ったよ。愛良レベルアップ! なんてね。

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