わたし、狩人になる――修行の日々

すべてはここから始まった

こんな時でもお父さんは策士

 わたし、牧野まきの愛良あいらは近所の公立中学に通う、ごくごく普通の中学生。

 ごくごく普通に遊んで、ごくごく普通に勉強もする。

 でも、わたしには人に言えない秘密があるのです。

 実はわたし、狩人だったのです!


 ……はぁ、われながらアホすぎる。


 実は今日、二〇一六年四月八日は入学式。わたし、中学生になったんだ。別に学校大好きっ子ってわけでもないけどワクワクするよね。中学校ってどんなところだろうって。


 で、さっき考えてたのは、絶対新しいクラスでやらされるであろう自己紹介。けど即ボツ決定。アホすぎる以上に狩人のことはしゃべっちゃいけないから。


 自己紹介って苦手だよ。半分ぐらいは小学校から持ち上がりなんだからわざわざやらなくてもいいのに。


 なんてボヤきながら朝ごはん食べて、新しい制服に着替えて、通学かばんに筆記用具を詰め込んだ。


 外に出ると、きらきらした陽の光がわたしを包む。

 うん、なんかいい事ありそう。

 昨日の朝に見た夢も近々正夢になってくれそうな予感がするぐらい、気持ちのいい朝だ。


 それに、昨夜は初戦を勝利で飾ったし、ね。おしりは時々痛いけどこれも狩人の証ということで。


 ……お母さんがいなくなっちゃってから、もう半年になる。

 あの朝のことも、それからのことも、しっかり覚えてるよ。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「ねぇ、お母さん、昨日はどんな夢魔だったの?」


 小学校低学年ぐらいから、お母さんが実は夢魔と戦う狩人だって知っていて、「仕事」の次の日のお話を楽しみにしていた。


 お母さん、きっと子供に楽しく聞かせるために話を盛ってたところもあったと思うけど、わたしの頼みに笑顔で応えてくれていた。


「わたしも、大きくなったら狩人になるよ。お母さんと一緒に夢魔をやっつけるんだ」


 まだ「戦うこと」の本当の怖さを知らないわたしの無邪気だった夢にも、お母さんは笑顔でうなずいてくれていた。


 それが。


 半年近く前、小学校最後の夏休みを満喫していた、八月の朝だった。


 いつもよりちょっとだけ早く目が覚めた。今思えば、なにか嫌な予感がしたのかもしれない。


 下の階に降りてくと、いつも家の仕事をしているお母さんがいなくて、代わりにお父さんが台所に立っていた。

 お父さんの悲しそうな、心配そうな、そんな顔を見て、すぐにお母さんに何かあったんだって判っちゃった。


「お父さん?」


 おはようも言えなくて、ただお父さんを呼んだ。


「愛良……。お母さんが、帰って来ないんだよ」


 この会話だけ聞いたら、まるでお母さんが浮気でもして勝手に家を出て行ってしまったような、まるでお昼におばちゃんたちが見てたドラマみたいな感じだね。けど、お父さんも夢魔との戦いに協力する人で、わたしもそのことを知っているから、お母さんが夢の中のお仕事から帰って来なくなってしまったんだと、うなずいた。


 話を聞いた時は不思議と、涙は出てこなかった。

 だって死んじゃったわけじゃないんだもん。ただ何かがあって、夢の中から帰って来られなくなってるだけなんだもん。


 夢の仕事でお母さんのパートナーやってるお父さんは、お母さんの気配のようなものは、まだ夢の中にあるって言ってる。夢の中で死んでしまったとしたら、その気配も感じられなくなるらしいんだ。


 お母さんは生きてる。

 でも、だからって、どうしようもない。

 わたし達はただ、お母さんがいつか夢の中から無事に戻ってくるのを待つしかできなかった。


 他の狩人さん達に、お母さんを探してもらうようにお願いして待ち続けても、全然どこにいるのかの手掛かりもない。


 一週間ぐらい経って新学期になった日、お母さんがいないことに、初めて泣いた。


 学校から帰ったら当たり前みたいに家にいて、おいしいご飯作ってくれてて、家のことしてくれてたお母さんが、いない。


 学校から帰ってきたら、家ががらんとしてる、しんとしてる。

 そのことを強く意識して、自分の部屋のベッドに跳んで、大声で泣いた。


 泣いて、泣いて、泣き疲れて。わたし決めたんだ。

 このままお母さんが見つからなかったら、わたし、狩人になる。

 待ってるだけなんてイヤ。自分でお母さんを探すって。




「お父さん! わたし決めた。わたし、狩人になる! 今すぐに!」


 お母さんがいなくなって二か月近く経った、小六の十月に、わたしは高らかに宣言した。


 お父さんは、ポカンと口を開けてわたしを見た後、はぁと溜め息をついた。


「いつかそう言いだすんじゃないかって思ってたよ。でもまだ早い。おまえはまだまだ勉強もしなければならないし、何より成長期なんだ。睡眠時間を削って夜中に活動する狩人の仕事をさせるわけにはいかない」


 お父さんの反論こそ、わたしの予想通りだった。


「わたしがんばる! 成績も悪くならないように努力するし、狩人の活動のない時は早く寝るから」


 あらかじめ用意しておいた答えを、力いっぱい声に出して、お父さんを真正面から見た。

 じぃっと見つめ合う、というよりは何だか睨みあってるわたし達親子。


 お父さんは、またひとつ、ふぅっと溜め息をついた。

 今度は、何かを諦めたような、そんな感じだった。


「……お母さんを探すのに、協力者は一人でも多い方がいいのは確かだ。けど愛良。夢魔との戦いは、お母さんが話してくれていたものとは全然違う。とっても危険なことだ。おまえがどう思おうと、お父さんが無理だと判断したら止める。それに従えるか?」


 いつもにこにこのお父さんの、これ以上ない真剣な顔。

 ここでうなずかないと、狩人になれない。お母さんを探しに行けない。


「判った。お父さんの言うことは絶対に聞くから」

 だからお願い!


 まっすぐに、お父さんの目を見る。


「よし。それならまず狩人になるための準備だ。そこで音をあげるようじゃ狩人にはなれないよ」


 やったぁ!


「うん。ありがとうお父さん!」


 こうして、狩人になるためのわたしの第一歩が踏み出された。




 さて、お父さんの言うところの狩人になるための準備が、どんなものかというと。

 まずは、寝る準備ができてから夜十時までの勉強タイムの導入だった。


 何これ。成長大事だから早く寝ないといけないんじゃなかったの?


「夢魔退治は夜が基本だ。おまえが狩人になれたら、できるだけ早い時間の仕事を当てるようにするけれど、まずは夜遅くまで活動できる基礎をつけないといけない。……まさか夜に庭で運動させるわけにいかないだろう?」


 確かに。小学生の運動系の習いごとは大体夕方と休日の昼間だし、夜に庭で運動なんて、近所の人に迷惑だ。下手したら虐待だって通報されちゃうことも考えられる。


 おかげで二カ月経ったらテストの点もよくなってきたけどね。そんなにできる方じゃなかったのが、苦手科目でも八〇点を余裕で取れるようになってきた。元々得意だった科目は百点満点が増えたよ。


 ……はっ、まさか、成績下げない約束の元になる成績って、このあがった点数の?


 うわー、お父さん策士っ! にこにこして、のほほんとしてるだけじゃなかった!


「愛良ちゃん、最近調子いいね」


 返って来たテストを見せあいっこして、友達のさっこちゃんがにこにこしてる。


 青井あおい咲子さきこちゃん、わたしは「さっこちゃん」って呼んでる。


 さっこちゃんは、すらっと背の高い大人っぽい美人さんで、成績優秀、運動神経も抜群のスーパーガールだ。性格は面倒見のいいお姉さんタイプでありながら、大阪人独特のノリもツッコミも心得ていて話も面白い。男の子にはもちろん、女の子にも人気者だ。


「まぁねー。中学行ったら勉強難しくなるから今のうちに追いついておきなさいって、お父さんがね」

「で、勉強してる、と。おばさんがアメリカ行っちゃってから、おじさん、ちょっと厳しい感じ?」


 お母さんが夢の中で行方不明なんてことは言えないから、アメリカにいる親せきのところに急きょ行かないといけなくなった、ってことになってる。アメリカに親戚なんていないのにね。


「そーなんだよ。元々そういうことはお母さんの役目だったんだけど。お父さん、なんか使命感に燃えちゃってる、みたいな?」

「クラスでもウワサになってるよ。愛良ちゃん髪切ったし、テストの点あがってるし、なんかあったんじゃないかって。まさか、失恋とか」


 さっこちゃんがポニーテールを揺らしながら、ひょいと顔を近づけて、こそっと言った。


 髪は、いつでも狩人になれるように、つい最近ばっさりと切ったところなの。でもこれもナイショ。

 まぁ、いきなりセミロングからボブカットになったら驚かれるかな。


「あははは、ないない。誰か好きになってたら、まずその時点でさっこちゃんに相談するよー。髪を切ったのはねぇ、そうだなぁ、女の子だってファイトしたいんだよ、ってことにしておこっか」

「それを言うなら『暴れたい』でしょ」


 ツッコミ早い。十年前の女児向けアニメのキャッチコピー、さっこちゃんも知ってたんだね。レンタルして見てたのかな。


「何にしても、テストの点数あがったんだから、おじさんも一安心だよね」

「だといいけど」


 むしろこれがはじめの第一歩なんだよね。次は何を言い渡されるのやら。

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