僕の狐の隠し事

@HakoHako_box_

1話(前)これが私の日常

『院長、僕この子貰っていくね』


私の手を引き、肩を抱き、彼はそういった。

男性にしては少し高く聞こえる、柔らかい声。少しひんやりとしていて骨ばった手。

でも、私の手を握った手は優しくて、なぜだか、少し泣きそうだった。













僕と狐の隠し事





ピピピピ ピピピピ ピピピ……


鳴りたくる目覚ましを掴み、グッと引き寄せる。布団の中に入れ、ようやく目覚ましを止めた。…午前6時。むくり、と起き上がり、ベッドから降りる。

少し肌寒い秋の朝は、ぼんやりとした私の頭をすっきりと覚ましてはくれない。


(……久しぶりに、見たな)


するり、とパジャマを脱ぐ。肌寒さが増して、本格的に意識がはっきりとした。

もう、何年も見ていなかった、昔の夢。

まだ私が自分のことも、世の中のことも何も分からなかった頃の記憶。

苦いようで優しい、甘い、夢。

寝癖を直しつつ、下からする朝ごはんの匂いを嗅ぐ。


「今日はお味噌汁と焼き魚……久しぶりの和食だな」


今日はなんだか、久しぶりのことがたくさんありそうだ。良いことも……もちろん悪いことも。


「璃羽ー、ご飯できたよー」

「はーい、今いきます」


くしを置き、おかしなところがないかを確認し、首にリボンを巻く。今日は、綺麗な赤、カーマインという色のリボンを首に結んだ。


「…よし」


最後に尻尾を撫で、部屋を出る。部屋から出て、階段を降りるに連れて良い匂いが強くなってきた。お腹が減るような温かみのある匂いで、私の食欲を煽る。

下におり、その匂いを深く吸い込むと、お腹が減ってくる。やっぱり朝は和食だったみたいだ。


「おはよう京葉さん。今日は和食なんですね」

「おはよう璃羽。まぁね、たまには悪くないでしょ?」

「うん、毎日でもいいくらい。……あ、お揚げさん入ってる」

「油揚げ、好きでしょ?」

「大好き」

「知ってる」


軽口を叩きながら京葉さんが席に着く。私も京葉さんの向かいの席に腰をかけた。それを見た京葉さんはにこりと笑って、両手を合わせた。


「今日を生きる糧となる、様々な恵みに感謝を。いただきます」

「いただきます」


これが、三年前から続く私の日常だ。






近年日本では「虐待」「いじめ」「ネグレスト」「家庭内暴力」などの子供に対する悪行が横行していた。性犯罪が増えたのも最近だ。このようになってしまった最大の理由は、やはり「少子化」が「多子化」に変わったからだろう。以前は「子供を大事に」を掲げていた大人達が、今では「子供には代わりがいる」などと抜かしているなど、先祖は考えられなかっただろう。「世界では1分で1人死んで、3人が生まれる」という考えも出回ってしまっている。現在では女性にも存在価値が見出せない、と悪行に走るものも少なくない。そうした女性らは自分よりはるかに弱い、子供に当たるようになる。子供はそのストレスを他の子供にぶつけ、その子供も他にぶつける……もしくは自殺に走る。こうして始まった負のサイクルは、もう誰にも止めようがなかった。


そんな肩身の狭い子供達に新たな施設が追加された。名前は「児動院」児動院は元来の孤児院とシステム的にはほとんど変わりがない。だが、入るためには一つ、決まった代償を支払わなければならなかった。


『人間としての生』という大きな代償を。

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