想いは続く
カラスヤマ
第1話
目の前で天国に旅立とうとする、この女性ほど『食』に生きた人はない。
断言出来る。
「ねぇ~、ねぇ~、おばあちゃん。病気なのぉ?」
「………うん。だからさ、おばあちゃんに頑張れ~って応援してあげような」
「うん!! 応援する。頑張れッ! 頑張れッ! おばあちゃん」
孫のおかげで、部屋が明るくなった。子供の無邪気さに助けられる。
「父さん……。母さんさ、こんな状態なのにまだ何か食べようとしてるよ。ハハ……ほんと、なんだかなぁ」
圭介。ワシの子供が、妻の左手のフォークを取り上げて、優しくその手を握っている。すでに意識のない妻は、それでも右手で何かを口に入れる仕草を繰り返す。
生家であるここに昨日からワシの子供や孫達が、最後のお別れをしようと集まっていた。
「……………婆さん」
孫の応援も虚しく、その晩、妻は息をひきとった。
苦しまないで逝けたんだ。それだけでも良かった。
「婆さん。今、何を食べているんだい? 天国に行っても婆さんの食は止まらないだろうし。あんまり、神様に迷惑かけちゃダメだぞ」
60年前のことーーーー。
たまたま立ち寄った定食屋で婆さんに会った。その食べっぷりにワシは、目を奪われ…………。額の汗を可愛いハンカチで拭いながらカツ丼を頬張る彼女に一目惚れした。
会計を済ませ、店を出た彼女を慌てて追った。
「はぁ……はぁ………はぁ……。あっ! あの……。さっきは、凄い食べっぷりでしたね。見ていて、惚れ惚れしましたよ。僕もあの店にいたんです」
「アナタ、失礼じゃないですか? 女性が、食べている姿をそんなに凝視するなんて。もう私について来ないで」
「あっ……、待ってください!」
彼女に無視されながら。それでも僕は彼女の横で話し続けた。
黄色い絨毯。どこまでも。どこまでも続く稲穂。爽やかな秋の風。彼女の怒った顔。身ぶり手振りで彼女の気を引こうとするワシ。
なんだか…………少し眠い…な。
「ここ…は?」
「天国ですよ、お爺さん。はぁ~、ここまで付いて来ちゃうなんて……。昔から変わりませんね、ほんとに」
「婆さんに惚れとるからな! ワシは」
「………………私もです、お爺さん」
グゥ~~~~~~。
懐かしい。婆さんの腹の音。
婆さんは、照れ隠しなのか。握っていた手を振りほどいてスタスタ前を歩いていく。
「あっ、待ってくれ!!」
「…………………」
二人。
婆さんとキラキラ光る雲の道を歩きながら、馴染みの定食屋を探した。
想いは続く カラスヤマ @3004082
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