教師である私が、セクサロイドを購入したということ。

@MrMoJaVe

第1話 酩酊の果てに

 最初は一時の迷いだったのかもしれない。少なくとも、そういうことが目的で彼女を買ったわけではないし、したいと思ったこともない。

 正常な判断ができなかったか、と問われれば、おそらくイエスだ。その時の私はひどく酩酊していたし、彼女をどこに返品するべきなのかも、もはや覚えてはいない。

 つまるところ、問題はこの状況なのだ。―教師である私が、セクサロイドを購入したということ。


 その日は晴れだった。今週は朝からずっと晴れていたし、今日も晴れていた。気象庁の予報では来週から雨が降るらしいので、おそらく降雨システムが復旧したのだろう。

 私はなぜか居酒屋にいた。自発的に入ったはずだし、店員もそう言うだろう。ただ、酒が飲めない私がなぜか居酒屋にいたのだ。

 そして、社交的でもない私がなぜか、浮浪者のような男と相席していた。私の普段の生活ではまず関わりのないようなタイプの人間だし、積極的に話しかけようとも思わないのだが、なぜかその男と話していた。

「先生は、愛とはどういうものなのかご存知ですか。」

 正直に言えば、そんなことは全く分かりもしない。生まれてこの方、勉強しかしてこなかったし、これからもそうだろう。

「男女が恋仲になるということでしょうか。」

 適当に答えた。分かりもしないことを、さも知った気に話すとろくなことにならないのは、この20数年の人生で学んだ数多くのことの中のひとつだ。

「まあ、そうなるでしょうなあ。恋仲、というとすこし初心な気もしますがね。」

 男はそう言うと、少しばかり笑って見せた。屈託のない笑顔だが、ある種の侮蔑的なニュアンスが含まれているであろうことは想像に難くない。

 男はこう続けた。

「なぜ人は他人を好きになるか、ということです。」

 そんな経験はないから、私には何も答えるすべがないのだが、あくまで一般論としての模範的な回答を返すことにした。

「こう言ってはなんですが、やはり繁殖のためでしょう。人間に限らず、生物はつがいを見つけてはじめて子孫を残せるわけですから。」

 男は眉をひそめてこう言った。

「それはいけませんな先生。それでは同性愛を否定することになります。」

 ああ、しまった。この男はこれが狙いだったのか。

 うかつだった。こういう場所になれていないものだから、つい前時代的思考が出てしまった。

「LGBTを否定するつもりはなかったのですが…。このことは人権委員会にはご内密にしていただきたい。なんなら謝礼もお支払いしますよ。」

 男は笑みを浮かべながらこう言った。

「先生、無粋な話はやめましょう。そんなつもりでこの話をしたわけではないですから。先生の発言の本質はちゃんと理解していますよ。」

 金が目的ではないなら、なぜこんな話を振ってきたのだろうか?単純に暇を持て余しているからなのか、あるいは変人なのか。いずれにしろ、長くかかわるべきではないだろう。

「考えてみてくださいよ先生。生殖のためとおっしゃりますが、今じゃ同性同士だって子供はできるし、なんだったら親なんて必要ないんですから。われわれはDNAというパーツを組み立てれば、人間は完成するんですよ。」

 確かにそうだ。だが、それがどうしたともいえる。技術的には可能だが、今でも主流は自然妊娠だし、フルデザイナーベイビーなんて見たこともない。

「それはレアケースですからね。やはり大勢は自然妊娠ですから、恋とは繁殖のため、だと思いますよ。」

 この答えに男は不満そうだ。

「…では先生。一度セクサロイドをご購入されてはいかがです?そうすれば、恋とはなにか、よくわかると思いますよ。」

 思わず噴き出した。恋を理解するためには、禁制品のセクサロイドが必要だとは思わなかった。

「それは私を馬鹿にしすぎですよ。セクサロイドのような嗜好品で、恋の本質を理解できるとは思えませんが。」

 そもそも、理解したいとも思わないのだが。

 男はこう答えた。

「いえ、保証しますよ先生。普通の男なら理解できないかもしれないが、あなたなら大丈夫だ。私の知り合いにセクサロイドを扱っている男がいますから、そこを訪ねてみてください。」

「いえ、そもそも私は―」

「明日の正午+900時、フォンブラウン通り1969番に。」

 男は席を立つと同時に、そう言い残して去っていった。


 ここまで振り返ったとて、何が何だか自分でも訳が分からない。

 ただ、問題はここからなのだ。そう、あのセクサロイドのことだ。

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