ホーンテッド庭付き一戸建て

 家を出た時よりも荷物が多くなって帰るのが、買い物という行為の当たり前の現象ではあるのだが、沢山の袋詰めの野菜を持った俺よりも、樫井さんの視線は杏花さんの胸の前に釘付けだった。

・・・樫井さんの名誉の為に代わりに説明するが、別にピンクのフォーマルドレスで強調された胸そのものを見ていた訳ではない。・・・はずだ。

帰宅した杏花さんの胸には今、小さな錆色の子猫が抱かれている。


「樫井さん、お留守番ありがとうございました。遅くなってすみません!

今からすぐお鍋の準備しますねー!あっ、みんなテーブルに座ってて下さいね!」

杏花さんは御影みかげを床にろすと、そう話しながらキッチンへ向かう。

俺は買い物袋を運びながら、『その猫が御影です。生まれ変わって遊歩道にいたんで連れて帰りました。』と手短に呆然とする樫井さんへ説明した。

樫井さんは、広いリビングを子猫がフワリと浮かんで横切ってソファーに乗り、

朱莉あかりが撫でる度に毛並みが勝手に揺れ動く様子をしばらく観察していたが、

そっと朱莉の隣に腰かけると、一緒に御影を撫で始めた。


「そうか・・・。こんなことも本当にあるんだな。天国ってのは、良い所か?

また大切な人に会えて良かったな・・・。」

樫井さんが優しく声をかけると、御影は薄緑の瞳でじっと彼の顔を見上げた。

朱莉も悲しげな笑顔で頷き、御影の身体を抱きしめた。

杏花さんも人参の皮を剥く手を止めてじっと彼の事を見つめていたが、『ちょっとトイレ行ってきます。』と言って足早に出て行った。


「あ!そうだ!母ちゃんが言ってたけどよー、星野さんの孫があの山を今は管理していて、少しづつ林道を整備しているそうだ。

なんでも珍しい野百合が咲くらしくてな、綺麗なハイキングコースにして観光客や地元の人の憩いの場にするつもりなんだとよー!」

樫井さんは御影と俺を交互に見ながら、そう続けて明るく語る。

すると突然、テーブルの上の虹色の石からアメとウカが出て来た。

そのまま二人は樫井さんの前にフワリと舞い降りる。


「さすが輪廻の神。粋な事するのねー!あら、化け猫ちゃん。

この前よりも随分可愛くなったじゃない?」

「この人がいつかは幸の生まれ変わりの父親になるんだのぉー!

・・・そしたら御影さんはずっと一緒に居られるんだのー!」


(・・・え!?それって・・・)


「そんなこと頼んだ覚えなどない・・・。私はずっと一緒に居たいからぜひ人間にしてくれと頼んだはずなのだが・・・。」

ウカの言葉に驚く俺の顔をチラッと見ると、御影はそう言ってふてくされた。

朱莉はしばらく考えてから『え?・・・えーーー!』と叫び、御影から手を離す。そのまま慌ててこっちに飛んでくると、『どどど・・・どういうことかな!?』と

パニック状態で俺のパーカーの袖を掴んで揺さぶった。


「え・・・普通にそういう事でしょ。杏花さんには何も言わないでおこう。

人の運命に先回りするのは良くないよ・・・。アメとウカも、杏花さんには絶対言うなよ!?仮にも神なんだったら少しは人の気持ちを察しろよな。」

俺が朱莉と口の軽そうな神々にそう伝える中、何も聞こえない樫井さんはポカーンと口を開けていた。


「わ、分かってるわよ!そんなこと鈍感の代表みたいな誠士に言われなくたって、ちゃーんと上手くやりますぅー!」

アメは水色の前髪をサッと払うと、真っ赤な顔で俺を睨んでくる。


「お、俺なんかまずいこと言ったかな・・・?杏花さんが何だって??」

樫井さんはポリポリ頭を掻きながら、不思議そうな表情のままで『ちょっとトイレ・・・。』と席を立った。そのままリビングを出て廊下へ出て行く。

朱莉は真相に辿り着きそうになってはいる様子だが、赤く染まった頬を両手で押さえながら『うーん・・・えー!・・・で、でもぉー』と色々な妄想に浸っていた。

御影はソファーの上で丸くなって、アメとウカの早口な会話に耳だけ動かしては

生返事を繰り返していた。

何かを忘れている気がして、俺はふと廊下の方を振り返る。


「キャーーー!!し、閉めて下さいよぉー!」

「うわっ!!わわわっ・・・わりぃーー!」

杏花さんの絶叫と、樫井さんの気まずそうな謝罪が広い一軒家に交互に響いた。


(・・・本当に、上手くいくと良いんだけど・・・。)


「朱莉、さっさと野菜切って鍋作ろ。本格的にお邪魔だから早く帰らないとな。」

俺が少し笑ってそう促すと、朱莉も向日葵の様な笑顔で『そだねっ!』と頷いた。



 こんなに大勢で鍋を囲んだ経験なんて、俺には無かった。

・・・いや、実際に生きている人間は3人なのだが、それすらも記憶には無い。

醤油味のちゃんこ鍋は、杏花さんのオリジナル出汁がいていて絶品だった。

アメとウカはふわふわ浮きながら油揚げばかり食べているし、御影は洗ってもらった鶏肉と人参とタラを美味しそうにがっついている。

朱莉が恥ずかしそうに照れながら、それでも遠慮なくおかわりしまくるので、どんどん鍋の中身は減っていく。

樫井さんは目の前で繰り広げられるポルターガイストには全く驚かず、箸が止まらない様子だった。

「ほんとーにえれぇー旨ぇーな!酒飲みたくなっちまうぜー!」

若干方言も混ぜた、素の感想を言いながら爽やかな笑顔を杏花さんに向けている。

「藤岡市の地酒、ありますよ・・・泊まって行くなら開けますけど。」

杏花さんは手元の箸を見つめながら、そっと呟く。

「あー、いやー明日から署に泊り込みかも知れないから、今日は帰って準備しねーとなぁー!」

樫井さんはポルターガイストたちが水を打ったように静まり返り、ジトっとした視線を向けている事とは露知らず、あっけらかんと杏花さんに答えた。


(うわー・・・樫井さんヤバい。)


「香苗さんの事件の一斉捜査がもうすぐですもんね。頑張って下さいね!」

居た堪れなかった俺は、少し声を張って目の前の席の樫井さんへ問いかける。

「おー!そうなんだよー!松宮君も困った事あれば相談してね。

・・・まあ、あいつら全面的に認めてたらしいから、松宮君まで裁判に出る必要はなさそうだけどなー!」

香苗さんの事は秘密厳守なのか全然話さないが、安心できる笑顔で樫井さんがそう言うと、色々な事が上手くいきそうな気がしてくるから不思議だ。

杏花さんの事が気になって斜め隣を見てみると、もう柔らかな表情を取り戻しており、後片付けを始めていた。



 真っ暗になった帰り道、緩やかな坂を自転車を押してのぼっていた。

朱莉が荷台の部分を押して手伝うとだいぶ軽くなり、進むのが楽になる。

坂道の頂点に差し掛かると、朝からの分厚い雲が嘘の様な星空が広がっていた。

俺は自転車には乗らず、『凄い綺麗だからこのまま歩いて帰ろう。・・・ちょっと食べ過ぎたし。』後ろの朱莉を振り返ってそう語りかける。

朱莉は『そうだね!うわー・・・本当にキレー!!』と感動して空を見上げながらフワリと隣に舞い降りた。

杏花さんは、今日から一人暮らしではなくなった。

俺はそれがなぜか自分の事の様に嬉しくて、ホッとした気持ちで朱莉を見る。

夜空から降ってきそうな無数の星も、独りきりで見ていたとしたらきっと・・・

こんなに綺麗だとは思えないのだ。

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