はちみつレモンサワー

 先程からこの個室内には、完全に出来上がった酔っ払い(樫井さん)

の大笑いが響き渡っている。

俺が何も言い返せないで固まっている内に、香苗かなえの(完全に)間違った指摘を杏花きょうかさんが樫井さんに耳打ちした為だ。

御影みかげはもう笑い飽きたのか、座布団の上で丸くなっている。


「ねぇ・・・みんなどうして急に笑い出したの?」

朱莉あかりが不安そうに俺の傍に寄ってきて尋ねる。

「・・・朱莉は何にも心配しなくて大丈夫だよー。

ちょっと皆さん酔っぱらって・・・完全に勘違いしてるだけだからー!」

俺がわざと語尾を強めて香苗達の方を向いて発言すると、樫井さんの爆笑はピークに達した。


「あーーあははっはっはぁはははーーー!!ひぃーー・・・かっ・・・香苗ー!

それは言っちゃダメなやつだー。ま・・・松宮くんは本当に優しい子なだけだってーーー!そこら辺のクソ野郎とは生き方からして違うんだから!」

樫井さんはフォローしているようで、完全に面白がっている。


「ふーーん・・・まぁ、そう言われればそんな気もするわねー。それにしても、

あんたはエライ違いだったじゃなぁーーいー?樫・井・刑・事・ーー!?」

香苗はだんだんといつもの嫌味で尊大な態度になっていった。

樫井さんが聞けないのはので・・・

俺はパソコンのメモ画面に文字の書き起こしを始めた。


【あんたはずいぶんと手が早いわよねーー!?そこの痛いドレス女に衝撃のお話をされたその日にねぇー!?女の一軒家に上がり込んだのには驚いたよぉー?

しかも随分と荒っぽいのねーーー?1時間もせずに帰っちゃうんだからぁー!】

淡々とタイピングされていく文字を、ヘラヘラ笑いながらチェックした樫井さんは、一気に茹でだこのように真っ赤になっていく。

「か・・・香苗さん!?あれは話し合いをしただけなんだってー!邪推だってーの!まったくー!・・・なぁ?ま・・・松宮くん?」

すがるような目でこっちを見た樫井さんに、俺は『・・・ちょっと経験ないんで分かんないです。』と返しておいた。


【ねぇーーードレス女?いきなりは痛いよねぇ?大丈夫だったぁーー?

あっ!?・・・それとも早漏だったの?それはそれで困るぅーーー♪】

香苗は杏花さんのドレスを、ひらひらめくろうと撫で回して囁いている。


「あっ・・・あわわわわぁーーーー??ま・・・松宮さん!書かなくて良いですからぁー!?わぁー!?どこ触ってるんですかぁーー!?」

杏花さんは顔を真っ赤にして騒いでいる。樫井さんは、『ちょ…ちょっとトイレ』と言って、そそくさと出て行ってしまった。


 今日は一体、何の目的で集まったのだろうか?意味を見出せなくなった俺は、ぼーっとしながら朱莉の方を見た。

話に付いて行けず手持ち無沙汰ぶさたにしている彼女に、さっき杏花さんが頼んでいたジュースを手渡す。

「朱莉はお腹いっぱいになった?・・・なんの話し合いか分からなくなっちゃったよなー。・・・でも、香苗もだいぶ打ち解けてきた気がするよね。」


「うん!みんな優しいし、大勢で食べたの初めてだからなんか嬉しい♪

・・・わ!これ、はちみつレモンだ!おいしーい!

・・・香苗さん、もう樫井さんに憑りつくの諦めてくれるかな?」

朱莉はニコニコしながらジュースを飲み、香苗の方を見つめる。

香苗は杏花さんをからかい続けていた。しかし、いつもの嫌味な笑顔ではなく、

自然とこぼれた様な笑みだったので、俺も安心してしばらく見守っていた。


 俺は残っていた料理を片付ける様に食べる。コロッケは冷めても美味しかった。

「香苗から初めて会った時に感じたみたいな、冷たい嫌悪感とか恨みのエネルギーは、もう伝わって来ないよなぁ。本当は戻りたいけど怖くて踏み出せないとか、

戻ってちゃんと生きられるかの不安。そんなものが足枷になっている気がする。」

『説得って意外と難しいよな』そう言って朱莉の方を向いた。

ずっと黙って聞いていた朱莉は、なぜか返事をすることもなくスッと立ち上がり、

スタスタと香苗に近づいていく。なぜか手にはおにぎりの皿を持っていた。


「おいっ!香苗はー結局、誠士くんの事を・・・ヒック。

・・・どぉーー思ってるんら?・・・好きなのか?」

『????』

「・・・好きじゃにゃいなら、なーーーんでチューしたぁ!!?」

全員が固まって沈黙している所に、朱莉のドスのいた声が響く。

朱莉は立ったまま、ガン!とおにぎりの皿を香苗の前のテーブルに置く。


「ちょっとーー!なんなのよぉーこのお姫様キャラ変わってないーー?」

香苗は唖然として壁際に少しづつずれる様に移動して行った。

「おい!誠士!?朱莉は何を飲んでいたのだ??」

「え・・・?はちみつレモンだけど?」

御影に尋ねられ、俺は空になったグラスを指差して答える。

「あ!私、はちみつレモンサワー頼んだ!」

杏花さんはそう言って、自分の席にあるグラスを取りに行きひと口飲む。

「・・・これ、リンゴジュースだ!朱莉ちゃんの席と間違えて置いちゃった!?」


「おーーーい!おまえりゃー!うるさいぞぉー!

・・・わたーしは今、香苗に聞いているんだぁーーー!」

朱莉はそう言って、壁にくっついている香苗の前に胡坐あぐらをかいて座る。

「あんたさぁー恋愛のプロみーたいなー?事言っちゃってさぁー。

・・・なんで早く人間にもどって好きな人に好きって言わなーいの?

そーんなに綺麗でさぁー色気あって、いつでも戻れるくせにズルい!ずるいぞ!

神は不公平らぁーーー!私だって・・・ヒック。わたしらっ・・・ヒック。」


(うわぁぁぁぁーーー最悪だ・・・。絡み酒なんだ・・・。)

慌てて俺は水を持って朱莉の傍へ駆け寄る。しかし、近くで朱莉の顔を見た瞬間、

水を渡そうとした手が止まってしまう。

「朱莉・・・?なんで泣いてるの?」


「誰も戻るの待ってないとか・・・人形として生きてる方がいいとか、そんな悲しい事もう言わないで!・・・樫井さんは待ってるよ?ちゃんと居るじゃない・・・

待ってる人。・・・いいなぁ。本当によかったね・・・身体が元気で健康で。」

怒った表情で泣いている朱莉は、香苗の身体をギュッと抱きしめてそう言った。

香苗はされるがままに呆然としていたが、朱莉の感情が流れ込んだのだろうか?

ゆっくり閉じたまぶたからは、止めどなく涙が溢れていく。


「おにぎり・・・食べてみて。本当に美味しいよ。誰かと食べるご飯・・・。」

そういって朱莉は香苗の手におにぎりを乗せた。

戸惑うように周りを見渡す香苗に、御影が『酔っ払いのやることだ。聞いてやってくれないか?』と微笑む。

杏花さんも泣きながら『大丈夫!ちゃんと食べれるよ。』と言って親指を立ててグーサインを送る。

香苗は震える唇を少しづつ開けて、ゆっくりとおにぎりを入れた。


「・・・・美味しい。・・・おいしいよぉ・・・。私、生きてても良いの?

・・・誰か・・・誰か助けて。もう置いていかないでよー・・・。」

香苗の涙は長い黒髪の先にポタポタ落ちて、キラキラ光っていた。


「俺は香苗に生きてて欲しい。絶対、助ける!必ず!

・・・香苗が幸せになるまで、みんなで見守る!」

俺は香苗の肩に手を置いて、そう断言した。


 助け方の方法が分かる、分からない。出来る出来ないなんて関係ない。

ここで彼女を信じさせられないなら、誰かのヒーローになんてなれる筈もない。

涙で顔をくしゃくしゃにした酔っ払いが振り返る。

そして向日葵のような笑顔で『ありがとう!誠士くん・・・』と呟く。

一歩づつ、強くなりたい・・・俺たちは生きている。

誰かに生かされているのだから。

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