こっくりさん

 4人掛けのテーブルの普段は誰も使っていない席を、小山さんの奥さんは超特急で

片付けたようだ。

座ろうとした時、椅子にテレビのリモコンが置いてあって踏みそうになった。

「ごめんなさいねー!うちの人が思い付きで急に呼んでしまってー!」

嫌味ではなく本当に申し訳なさそうに奥さんは話す。


「いえ・・・こちらこそ夕食をご馳走になってしまって。すみません。」

どんぶりに山盛りのご飯と大量の竜田揚げを振舞われ、胃が悲鳴を上げている。

先程からずっと頭の後ろに、朱莉あかりの『誠士くんだけズルい!』というレーザービームの様な視線を感じていた。


(俺が何したって言うんだ・・・。後が怖い・・・。)


「松宮君お腹いっぱいになった?うちの子は先に食べて、自分の部屋にこもっちまってるんだー。あ、こっちの部屋でーす!」

小山さんは俺の倍は食べて、太鼓の様になってしまったお腹をさすっている。

草野球が趣味なのに、カロリーを消費しきれない理由が今やっと分かった。


「お邪魔します・・・。」

俺は開けられたドアから子供部屋に入る。

「初めまして・・・小山 純恋すみれです。宜しくお願い致します。」

慌てる様に床の卓袱台ちゃぶだいの前で立ち上がった少女は、丁寧に頭を下げた。

少し日焼けした肌、黒髪のボブヘアーが14歳らしい可愛らしさだ。

くりくりとしたタレ目に眼鏡が良く似合っている。

『はい宜しくねー。』だいぶ不機嫌な朱莉が俺の後ろで聞こえない挨拶を返す。

「松宮 誠士です。宜しくお願いします。」


「じゃあ、松宮君1時間くらい宜しくー!純恋ーちゃんとお話聞くんだぞー。」


 小山さんが去った後は卓袱台に対面で座り、宿題の中で一番引っかかって解けないでるという数学を始めた。

「連立方程式の代入法は、XとかYの前に数字があって混乱してしまったら、

 X=Y+1のようにどちらかの式の左辺を文字だけにしてから落ち着いて

 解いて行けば分かりやすいかなーと思います。」


 20分位かけて問題を一緒に解いていると、純恋ちゃんは『あー!確かに!』と

なかなかの成長を見せたが、『勉強する!』と言い張って一緒に来た推定、高校生の朱莉は・・・額から湯気が見えそうな状態になっていた。

こっくりこっくり頭を揺らしていたが、ついに眠気に勝てなかったのだろうか・・・部屋に敷かれたピンクの柔らかいラグマットの隅で、ついにゴロンと転がってしまった。

白いワンピースの裾から滑らかな乳白色の太腿が覗く。


(・・・まずい。問題が分からなくなってきた。)

 

「純恋ちゃん、結構お勉強得意だよね?・・・どうして進学校受験するの悩んでるのかな・・・?」

俺は宿題の手伝い以外の、小山さんのもう一つのお願いを済ませるため質問した。


「私・・・学校の仲良い子と離れたくないの。・・・私、変わってるって良く言われるし、その子・・まゆちゃんくらいしか友達いないから・・・

進学校なんかじゃ絶対やっていけない。繭ちゃんは近くの聖高だって・・・。」

多感な時期なのだろう。決して親には言いたくない(友達が少ない)理由が原因だったとは・・・。


(うわー気持ちわかる・・・。)


「全然変わってる風には見えないけどなー。純恋ちゃんしっかりしてて良い子だし、どこに行っても大丈夫じゃないかな?」


(とりあえず、テンプレの〈おだてる〉でどうかな・・・?)


「変わってますよ・・・。私と繭ちゃんは【オカルト同好会】なんですもん。」

『・・・・・・。』


(・・・あ、ダメなやつかも。・・・まさかの中二病(リアルなやつ)か。)


「えーーーー!ナニナニ??オカルト同好会?面白そう!!」

朱莉は興味のある話題だったのか飛び起きて叫ぶ。

もちろん、純恋には聞こえてないので俺が会話を止めている形だ。


(・・・何か反応しないと!・・・えーーー・・・・。)


「・・・最近はですねー!二人してコックリさんにハマっててー。

あ!見ます?本当にすごいんですよー!!」

急にテンションの上がってきた純恋は勉強道具を床に置くと、

クローゼットから魔術セットのような紙を引っ張り出してテーブルに並べた。


(・・・ヤバい。あかんやつだ・・・。)


「ほ・・本当にすごいね!本格的だー。

うん、確かにこういうの好きな子は少ないかもね。で・・・でもさ、勉強はお互い頑張ってしつつ・・・たまに集まってこういうの楽しむのもアリじゃないかな?」


「じゃあ松宮さんはなんでM高なのに大学行かなかったんですか?」

純恋は想定していた中で最も困る質問を投げかけてきた。


「・・・真面目に話すとね、俺は親に言われるまま勉強してたんだ。特に趣味もない、スポーツも出来ない。つまらない人間でさ・・・当然のように友達が出来なかった。結局、高校でいじめられちゃって・・・逃げる様に地元出ちゃって家にも帰ってないからなんだ・・・そりゃー大学行けるわけないって感じだよね。」

純恋は黙って聞いていた。朱莉は心配そうに俺の隣へ来て背中に手を置いている。

「やっぱり・・・私だってきっと同じになります・・・。」

純恋は俯いて黙ってしまった。


「いや、純恋ちゃんは絶対の理解者である繭ちゃんがいるじゃないか!

離れていても繋がってるって思えるのは全然違うんだよ。その、人と仲良くしたい!って気持ちがあるだけで充分なんだよ!

それなら違う趣味の人とも少しづつ理解し合えるでしょ?

・・・俺にはそれすら出来なかったから、純恋ちゃんの方が全然凄いよ・・・。

・・・あ!・・・コックリさんにも聞いてみない?」

俺は降霊用の文字が書いてある紙を指差して、朱莉に目配せをした。


「わわ・・わかった!任せてね!」

朱莉は大興奮で手を挙げている。


「松宮さん、やり方わかるんですか??」

「もちろん!・・・えー・・・コックリさんコックリさん・・・純恋ちゃんは、

どこの学校でも頑張れますよね?」

俺が合図すると、朱莉は魔術セットの5円玉をゆっくり指で動かした。

【ハイ。ガンバレバ ナンデモ デキル】


(なんかプロレスラーみたいな返事になっちゃってる・・・。)


「ええぇーーーー!?こんなハッキリ喋ってくれたの初めてです!凄い!!」

純恋は驚きすぎて顎が外れてしまいそうだ。

朱莉の暴走は止まらない・・・。


【ユメヲ モツノハ イイコト ジンセイガ タノシク ナル】


「あぁーー・・・何かもう・・幸せです!コックリさんに応援してもらえるなら何でも出来そう!・・・松宮さん!凄い能力者なんですね!?勉強もできるし、

凄くカッコイイです!私、松宮さんみたいになれるよう、頑張ります!」

純恋のキラキラした目で見つめられると、非常に心苦しかったのだが、一人の若者が自分の可能性を少し前向きに捉え始めたので、これで良かったのかも知れない。

「あの・・・私、松宮さんにもっと勉強教えてもらいたいな・・・。

また時間あったら来てくれませんか?」

急に純恋はもじもじとしながらそう提案してきた。


(・・・うわー・・・嬉しいけど・・・困る。)


 朱莉は驚いたような顔をしたがすぐに【ソレハ ダメ】と指を動かした。

そして俺の顔をじーっと見て【コイツ ロリコン】と文字を選ぶ。


(・・・やめてくれ。社会的に死んでしまうよ・・・。)


 部屋の外から小山さんが呼ぶ声がする。

一時も早く立ち去りたい俺は、被せる様に返事をしてすぐにドアを開けた。

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