杏花(きょうか)

――― 3月29日 月曜日 星が見えない都会の夜


 下高井戸は、京王線と世田谷線の2路線があるためかラッシュ程ではないが、

20時過ぎなのに人が多い。

樫井さんはパーキングに車を停め、携帯のナビで目印の銀行を探していた。


「・・・霊媒師とかじゃないから、いきなり御影みかげたちに何かするわけじゃないと思うけど・・・。心配だから後ろの方に居てね?」

俺もビル名をチェックしながら朱莉あかりたちに小声で伝える。

「あぁ・・・私たちは危なくなったら逃げた方がいい。

香苗がそうしたようにな・・・。この駐車場にでも戻ってくるとしよう。」

御影は不安そうな朱莉に寄り添いながら答えた。


「・・・でも、でも私、出来ればお話したい!どうやって元の身体に戻るのか、

知ってる可能性が高いんでしょ?・・・早く戻って、誠士くんと・・・えっと、

・・・誠士くんに、御礼・・・したいし。」

緊張しているのだろうか?おしゃべりな朱莉は珍しくモゴモゴ話している。


「おーい!こっちこっち!・・・この裏道みたいだな。

松宮君、悪いけど先に行ってくれる?・・・あ!あいつが帰る準備しながら急に衝撃的な話を始めたら、逃げるサインだからな・・・。」

樫井さんは意味不明なアドバイスした後に『頑張れ!』とガッツポーズをしていた。


「分かりました。・・・そうなる前に、携帯ワンコールだけ鳴らすんで、

その合図の後に来てくれますか?

・・・あ!そこの植込みは朱莉が座ってるんで、そっちに座ってもらえます?」

「ふえっ??すまんすまん!?」

作戦を伝えていると、座って待とうとした樫井さんが朱莉を潰しそうになった。

俺は慌てて樫井さんを誘導する。

実際はすり抜けるはずなので、問題なかった事には後から気が付いた。

周りに人が居たら、頭がおかしい人にしか見えないだろう。


「松宮君て・・・あ、やっぱ良いや。んじゃ、連絡待ってるね!」

「?」

俺が歩き出した後も樫井さんが小声で何かを話す声がする・・・。

振り返ると何もない空中を見ながら話す樫井さんと、顔の真っ赤な朱莉がいた。


(・・・何言ってんだろ・・・あの人。)


女の子にあんな顔させられるくせに彼女居ないなんて嫌味でしかない・・・。

なぜか胸の奥がザワザワと音を立てていた。


イライラとしながら足早に歩いていて、うっかり通りすぎる所だった。

良く見れば、薄暗いビルの隙間の細い通路に誰か座っている。


「・・・あの、杏花さんですか?電話した松宮と申します・・・。」

俺は慌てて戻ると、ぼーっとした様子でパイプ椅子に座っている女性に、

静かに声をかけた。

濃紺のフォーマルドレスに緑色のローブという如何いかにも占い師・・・といった見た目をしている。

明るい茶髪の緩い巻き髪と色素の薄い瞳は、白人のハーフの様な美人だ。

簡易テーブルに真っ赤な布を敷いて、それっぽい水晶を乗せていた。


(・・・まずは、この人が本物か確かめないとな。)


「あー!はいはい!お客様ですね!・・・あれ?少女の生霊のエネルギーを感じるのに、姿が見えない。逃げたのかな?

ううん・・・。違いますね!あなたが何処かで待ってるように言ったんですね?

えっ・・・なにこの子。敵意とか悪意、ゼロですね!

お花畑みたいな頭してません?

あ・・・いきなり失礼しました。杏花と申します。宜しくお願いします!」


(・・・うわー・・・本物だ。)


「・・・あの、宜しくお願いします。

電話では、困ってるみたいな嘘ついてすみませんでした・・・。

実は、霊感なんてゼロだったのに、2週間前から見えるようになってしまって、

今は女の子の生霊と暮らしてるんです。その子を元の身体に戻してあげたくて、

詳しい人を探してて杏花さんに辿り着いたんです。」


「へぇー・・・生霊に住まれて困るって人は沢山見て来たけど、助けたいって言ったのはあなたが初めてです・・・。」

杏花は目を真ん丸にして俺の顔を見た後で、目を閉じて何やら考え込んでいる。

その隙に俺は、パーカーのポケットから携帯を半分だけ出し、通話ボタンを押してすぐ切り、またポケットに仕舞った。


「もう一人、助けたい人がいます。・・・先日、豪徳寺駅付近で刑事さんに会ってますよね?その人に憑いてる生霊は・・・なんというか・・・攻撃的なんです。

杏花さん、樫井さんは・・・いい人です。俺と朱莉・・・あ、生霊の子の名前です。朱莉の事を知っても、普通に受け入れてくれたんです。

あなたの事、意味もなく逮捕したり絶対しないと思います。

・・・だから、お願いします!俺たちにどうか協力してくれませんか?」


 人に何かを頼み込んだことなんて、人生で1度きりしかない。

母親に学校を辞めたいと言った時だけだ。そんな自分が、誰かのために人に協力を求めてる・・・。この大きな変化の波は、全て朱莉が起こしたものだ。


「朱莉は記憶がないんです。本体の身体は危険な状態かもしれません。

俺は、あの子に死んでほしくありません。・・・大切なんです。」


「・・・あなたを、として生き返らせたのは朱莉さんなんですね。」

「えっ・・・?」

杏花が哲学的な呟きをしたのと同時に、樫井さんたちが到着した。


「やっぱり、皆で隠れてましたかー!・・・樫井さんこんばんは。

うわぁー!!朱莉さん!美少女すぎる!えぇーーにゃんこ様!?

・・・皆さん、ファンタジー系RPGのパーティみたいですね!!」


「えー!なんで朱莉って名前分かるの?!テレパシー占い師さんなの??」

「・・・。能力者とはいつの世も変わり者なのだな。」

「元気そうだなー杏花さん。俺は張込み中もずーーーーっと肩が重くて死にそうだったってーーーのによぉ・・・。着拒とか酷過ぎない?」

『・・・・・・。』


 それぞれの叫びが好き勝手に交錯し、俺の脳内は大渋滞を起こしていた。

杏花はニコニコして、勇者、剣士、獣人、美少女ヒロイン・・・ときたら、

残るはこの大魔術師ですよねーーー?と訳の分からない理由で大喜びだ。


(・・・本当にこの人に頼んで朱莉たちを助けられるのだろうか?)


「皆さんの願いは、生霊から本体への復帰ですよね?協力しますよ!」

「どうすればいいか知ってるんですか??」

簡単そうに話す杏花に、俺はどんな方法なのか聞こうとかした。

しかし、飄々ひょうひょうとしたゲームマニア美女の回答は意外なものだった。

「どうすれば良いか・・・っていうより、体験談しか話せないんですけどね。」


(・・・?)


「私!この私自身が、【 生還者リターナー 】なんです!」

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