守りたい笑顔
冷凍コロッケの油の跳ね具合は、尋常じゃなかった。
使い方も内容も間違ったことを叫んでいる。
「俺がやるからもう座ってて。」
「えー?でも、私は火傷しないんだし大丈夫だよ!ちょっと怖いだけなの!」
朱莉は自分の腕に傷がないかチェックしながら、まだ
「バイトの先輩の鈴木さんがサボり魔だからな、俺はこの3年フライヤー担当だったんだぞ?揚げ物のスキルはとんかつ屋以上だ。」
初めてのジョークは30点くらいの出来だったが、朱莉は大笑いして
『うわー!それは凄い期待しちゃうからねー♪』と言いながら台所を離れた。
(あつっ!・・・ちょっと火傷した・・・。)
出来上がったコロッケをテーブルに運んだ朱莉は、待ちきれなさそうに先に席についてニコニコしている。
「はい。レモンも切って来たよー。」
俺も自分の米と小皿のレモンを持っていき床に座った。
「・・・。あ、ありがとう!買ってくれてたの気付かなかった。」
はにかんだ笑顔で朱莉はレモンを受け取る。
「いただきまーす。・・・あー店程じゃないけどやっぱ旨いなー!」
俺はひと口食べた後でそう言いながら、目の前の朱莉の事ばかり考えていた。
「俺、どうしたらいいのか迷ってる。」
いつもより控えめにじっくり味わっている朱莉を見つめて、話しかける。
「香苗は・・・相当強い怒りを抱えてるし、悲しみを忘れられないと思う。
きっと、樫井さんからは離れない。
・・・このままだと事故や病気で樫井さんは命が危ないだろう。」
「・・・。うん。そうかも・・・。」
朱莉は暗い顔でゆっくり頷く。
「朱莉は、さっき火傷しないって言ってたよね?でも、熱さは感じたでしょ?」
「えっ?・・・あ、うん。生霊だって気付いたばかりの時より、最近は本物の身体みたいに色々感じる。なんでだろ?」
「・・・実は、
過去に、生霊として過ごしていた人が、事故に遭った。
すり抜けて助かるはずが、実際の身体ごと死んでしまったらしい。
その人は、強い痛みを感じて、本当に死んだと勘違いした。
その時、元の身体と生霊を繋いでいた生命エネルギーが分断?
されたのだと御影は言っていた。」
「・・・。それって・・・。」
動揺しているのだろうか?朱莉は俯いたまま言葉がそれ以上出ないようだった。
「もし、樫井さんにこれ以上関わってしまえば、香苗の復讐に巻き込まれる可能性が高くなる。それでもし事故に遭ったら?・・・大破した車に乗っている人が、
ケガもなく無事なことをイメージするのは難しい。
つまり、朱莉が死の危険を感じる状況になれば、どこかに居る本体も死んでしまうかも知れないという事なんだ。」
「誠士くんは、いきなり現れた私なんかの事助けてくれたぐらいだもん・・・
ずっと関わってきた樫井さんの事はもっと助けたいって思ってるんだよね?」
「樫井さんはいい人だから死んでほしくないし、香苗も
でも、話し合いにならない以上、全員助けたいなんて無理なんだよ・・・。
朱莉だって香苗が怖いだろ?もう関わりたくない事くらい、俺にも分かる。
・・・やっぱり群馬の件は断ろう。
大丈夫・・・俺が金貯めて、御影の事はいつか必ず幸の所へ連れてくから。」
「あのね、居酒屋さんで樫井さんとお話してる誠士くん、凄く楽しそうだった。
私、友達とか居た記憶は無くなってるけど、人との繋がりがどれだけ大切かは忘れてないよ。
誠士くんが、自分が危険な目に遭いたくないってだけで、簡単に諦める人じゃないのも知ってるよ!
も・・・もう一度、香苗さんを説得しよう!私ならもう大丈夫!」
「あー・・・もうさ、なんで分かってくれないのかな・・・。
いや、俺が口下手なせいで理解出来ないんだろうな。
買い被り過ぎなんだよ・・・。本来の俺はそんなに強くないんだ。
アニメのヒーローなんかじゃないんだぞ?ずっと逃げて生きて来たんだ。」
自分を卑下するように吐き捨てた俺を、澄んだ瞳でじっと朱莉は見つめていた。
「なに言ってるの?誠士くんは、初めて会った日から、
ずーっと私のヒーローだよ?異論は認めませんっ!!」
とても真剣な、それでいて底抜けに明るい笑顔で朱莉は断言する。
(あぁ・・・ダメだ。こいつがこんな顔して笑うから、俺はいつも頭がおかしくなるんだ。)
「俺は・・・俺はお前が」
「・・・・・・お前が大切なんだ。」
食べかけのコロッケが無残に残された皿を見つめて呟く。
言いたい事の半分も伝えられてないのに、顔が熱くて前を向けない。
「?そんなの私も一緒だよ!?
誠士くんが大切だから、守りたいもの諦めて欲しくないの!
もう怖がったりしないから・・・一緒に樫井さんと香苗さん、助けよう?」
朱莉は「絶対香苗さんも分かってくれるよ!」と拳を握り締めて意気込んでいる。
「頑張ろうね!私のヒーローさん!!」
「・・・。分かったよ。」
守りたいものを1つに絞れないヒーローなんて、優柔不断なだけのクソ野郎だ。
人の不幸を見つけるたび、手当たり次第に首を突っ込んでいたら、
誰かを守り抜く事なんて出来ないだろう。
それでも、逃げたくない。この笑顔だけは失わせたくない。
この向日葵のような笑顔がなくなったら、朱莉は朱莉ではなくなるのだから。
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