7. How much do you weigh? #1

「なんなんだ。なんで体重なんだ……」

 体育館の玄関に田淵先輩の呻き声が響いている。彼は目の下にくまを作り、うなされた様にただ「体重が、体重が」と繰り返していた。変な夢でも見たのだろうか。それとも寒月先輩が追い詰めすぎてついにどうかしてしまったのだろうか。おかげで朝一番に生徒を集めるという仕事でもほとんど役に立たず、伊藤先輩が心底迷惑そうな顔をしていた。彼女のほうは朝早いこともあって機嫌が最悪のようだ。近づくのはやめておこう。

 土曜日に校舎にいた生徒は、みんな体育館に集められていた。ただし一昨日に集合させられた体育館のフロアではなく、その下にある玄関に。これは寒月先輩が階段を登れないことを考慮した措置だろう。五月頭の事件のときのように、またお神輿のように担がれて現れては生徒会警察の威信にかかわると思ったかもしれない。

 私の隣には栞が、不安そうな顔で立っていた。顔色は未だ悪く、目の下には田淵先輩と同じく隈が浮かんでいる。その隣には飯山先輩がいて、私とで栞を挟むような格好になっていた。人込みの中には御堂先輩、志島先輩、そして千海も混ざっていた。千海は最初、隅の方にいたけど、栞の姿を目にすると隠れるようにして人込みの中心へ入って行ってしまう。

「よぉし。全員集まったようだな!」

 玄関から朗々と声が響く。寒月先輩、重役出勤だ。玄関の隅にあるスロープを通ってあがり、人込みの真ん前まで移動する。田淵先輩が立ち上がって、疲れた顔でさっそく先輩に食って掛かった。

「寒月お前……怪文書送りつけやがって、いったいどういうつもりだ」

「ほうほう。田淵ぃ。その様子だとあたしの言った通り随分と時間を無駄にしたみたいだな。真相が気になって夜も眠れなかったか?」

 田淵先輩は不快そうな顔をするけど、それ以上は追及しなかった。疲労からか、いつもより噛みつきに切れがないように見える。

 ちなみに私は、日曜どころかその日の夜にはもう寒月先輩の大ヒントについて考えるのをやめていた。なので昨日もぐっすり眠り、ばっちり元気だ。やっぱり体重がどう関係するのかさっぱりわからなかった。まぁ、三度も事件に巻き込まれた生徒がこの調子では「自主性の涵養」は程遠いかもしれない。

「さて、それじゃあ生徒会副会長殿も真相が気になるようなので、さっそく説明していこうか」

 寒月先輩は集まった生徒たちをぐるりと見渡して宣言した。空間に緊張が走る。自分は犯人じゃないとわかっていても、犯人捜しは無意味に不安になってしまう。寒月先輩の鋭い視線で睨まれればなおさらだ。

「順を追って説明しよう。まずは密室を作ったトリックからだ。現場であるトイレの前に立っていた栞の証言を信用するなら、犯人は被害者がトイレに入ってから死体となって発見されるまでトイレを出入りしていない、密室状態だった。これがこの事件をややこしくしているカギになる」

「だから、トイレから犯人が出入りするのは不可能なんだから、馬原が嘘をついてるんだろ?」

 田淵先輩が一歩前へ出て、栞を指さした。縮こまる彼女の前に飯山先輩が出て、田淵先輩を睨みつける。寒月先輩はその様子を楽しそうににやにやと笑って眺めていた。

「田淵ぃ。不可能なのは出入りじゃねぇ。出る方だけだ。入るのは簡単だったはずだからな。単に被害者がトイレに入るよりも先に入って隠れてればいいってだけの話だ。つまり私たちが解明しなければいけないのは、密室からの脱出方法だけだ」

 寒月先輩はちょっと思い出してもらおうと言いながら、車椅子でその場をくるくると回る。

「発見されたとき、死体はどんな格好だった? 志島?」

「えっと、確か千海の化粧道具入れ座らされて、テープで巻きつけられていたかと」

「それはトイレのどこでだ?」

「奥の、窓の目の前ですけど」

「ちょっと待て寒月、まさかお前は犯人が窓から出たって思ってるのか? 現場は三階だし、現場にはロープは残されてなかった。というかそもそも、窓にはロープか何かを括り付ける場所はなかったんだぞ?」

「そのまさかだよ。そしてロープを括り付ける場所ならあった。それは被害者の首が千海の口紅で青く染め上げられていたことと関係している」

 先輩の言葉に、千海が顔を上げる。

「仮に私が、被害者だったとしよう。ちょうど椅子のようなものに座っている状態で、窓際にいるわけだ。こういう状態でロープをかけて降りようと思ったら、方法は一つしかない」

 寒月先輩は自分の首を両手で絞めて、にやりと笑った。

「死体の首にロープをかければいい」

 どよめきがあがった。先輩のアイデアは単純で、だけどそうそう思いつかないものだった。遺体を道具として使うなんて、そんなこと。

「首を青く塗ったのは、ロープの跡を隠すためだろう。跡が見つかればあっさりバレるからな。もちろん化粧を落とされればそれまでだが、死体にべたべた触ろうなんて奇特な奴はそういない。ましてや死体に不気味な細工がされていれば。ロープは二つ折りにして輪を作り首にかける。そして二本を同時に持って下まで降りて、一方だけを引っ張れば回収もできるという寸法だ。シンプルだが結構効果的なトリックだったな。私にはすぐわかったが」

 私は窓枠についていた、青い筋を思い出していた。首に擦れたロープに口紅の青が移り、それが回収されるときに窓枠に擦れて青色を残したと考えれば納得がいく。

「でもそれじゃあ、体重を支えるにはあまりにも頼りないんじゃないか?」

 声をあげたのは御堂先輩だった。寒月先輩は指を鳴らして「いい質問だ」という。

「犯人からすれば、別に首が折れて落っこちても構わなかったんだ。トイレは三階。せいぜい二階くらいにまで降りれれば、あとは落下しても死にはしない。むしろ犯人が気を付けたのは他の点だ。そしてそれが、真犯人を暴く重要なポイントになった」

 寒月先輩はスマホを取り出してかざす。

「犯人が気を付けなければならなかったこと。それはロープをかけて下へ降りるとき、自分の体重で死体が引っ張られて一緒に窓から落ちることだった。死体の首が折れて自分が落っこちても密室は成立するが、しかし死体まで一緒に落ちては台無しだ。だから犯人は被害者と自分の体重のバランスを考える必要があったんだ。そこで登場するのがこのアプリというわけ。MCPの捜査支援アプリには全校生徒のデータが入っている。体重もな。しかも直近の身体測定に基づくデータだから実態をかなり正確に反映している。犯人はトイレに隠れながらこれを見て、自分を支える程度に重い人間を探していたというわけだ」

 みんなが一斉に、スマホを取り出して操作し始める。田淵先輩はようやく体重と犯人の関係に気づいて頭を抱えた。私も目から鱗が落ちた気分だ。それで先輩は体重のことを。

 スマホを操作していた伊藤先輩が顔を上げる。

「被害者の体重は六十六キロだったわ。ということは犯人はこれよりも軽い人間ということね」

「残念ながらそうじゃない。被害者が化粧道具入れに縛り付けられていたことを忘れているぞ。わざわざあんな時間のかかることをしたのは他でもない。被害者の体だけでは自分の体重を支えるのに不安だったからだ。単に千海に罪を擦りつけたかったら現場に放置すればいいんだしな。化粧道具入れの重さは三キロ前後といったところか。ということは、犯人の体重は六十六キロよりも重く、せいぜい七十キロ程度ということになる」

 ざわめきが大きくなっていく。犯人に近づいているからだ。寒月先輩は騒ぎに負けじと声を張り上げて説明を続ける。

「整理するぞ。事件当日校舎にいたのは三十七人。このうち容疑者になりうるのは次の条件を満たした人間だけだ。まずさっきも言ったように体重が六十六キロ以上七十キロ付近まで。二つ目は男子であることだ。現場は男子トイレ、女子が出入りしたら不審がられるから、犯人はそういう余計なリスクを避けるはず。三つめは手芸部員か、手芸部にモデルとして招かれていた人間だ。千海の道具入れが朝の時点で教室にあったことは私も確認している。そこから現場まで見つからずに持ち出すには、教室へ出入りしても不自然じゃない人間でないといけない。この三つの条件を満たす人間は、ここには一人しかいない!」

 最後は叫び声になった。騒ぎがすっと止んで、玄関が静寂に包まれる。みんなが寒月先輩の上げた右手、その指先を凝視している。誰に倒れるか、棒占いの結果を気にするように。

 先輩が動いた。手が倒れる。

「犯人は……お前だ。御堂三春」

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