二十四節気の彼方へ

@tosa

第1話 序章

 僕の名前は稲田佑(いなたゆう)。この春から高校三年生になった。大人しくて地味な僕は、クラス替えしたばかりの新しい場所でも目立たないポジションが定位置だ。


 将来同窓会が開かれても皆からアイツ誰だっけ? そう言われる自信がある存在感の薄い奴だ。今日もクラスでは性格が明るい生徒。勉強が出来る生徒。スポーツが出来る生徒。美男美女の生徒達がクラス内をわがもの顔で楽しそうに過ごしていた。


 僕はクラスで同じように大人しい生徒達と世間話をする振りをして過ごす。僕らは堅い友情で結ばれている訳では無い。


 ただ暗黙の了解があるのだ。同じ人種同士、休み時間を共にやり過ごす為に協力しようと。


 人間関係がリセットされるクラス替え。また新たに一年間毎日休み時間がある。その時間を一人で過ごさないように話す相手をなんとしても確保しなくてはならない。


 一度確保すれば、後はひたすら同じ人種の仲間と過ごせばいい。別に深い友情は求めない。ただ周囲にクラスで孤立していると思われなければいいのだ。


 勉強もスポーツも苦手な僕にとって、学校は青春とやらを楽しめる場所では無かった。部活にも入らず、学校が終わった後は真っ直ぐ家に帰りゲームをするのが僕の日課だった。


 今日も学校から家までの道のりを最短ルートで歩いていた。足元に桜の花びらが落ちている。盛りを越えた桜は大分葉桜になってきた。


 日本でも世界でも異常気象が騒がれているけど、確かにそうかもしれない。関東で今年の桜が満開になったのは四月中旬だ。二十九日を過ぎた今になってようやく散り始めた。


 花見など一緒にする友達はいないが、僕は桜の今の時期が好きだった。春の強い風が吹くと、桜が役目を終えたとばかりに花びらの雨を視界一杯に舞わせる。


 近所にも桜並木の道があり、散歩がてらその光景を眺めるのがお気に入りだ。ゲームだけの休日より少しは充実感がある。


 その並木道を思い出し、僕は珍しく寄り道をした。今日も風が強い。きっとたくさんの桜吹雪が見れる事を期待した。


 小さい川沿いにある桜の並木道を僕は顔を上げながらゆっくり歩いた。桜の花びらは午後の陽光に反射してキラキラと輝いている。


 それは突然だった。突風のような風が一瞬吹いた。あまりにも強い風に僕思わずは目を細めた。狭まった視界に滝のように桜の花びらが降り続ける。


 風が収まり僕は目を開いた。全ての桜が散ってしまったのかと思う程の風だった。恐る恐る上を見上げると、桜の花は健気に枝にしがみついていた。


 僕は安堵して表情を緩めた。声が聞こえたのはその時だった。


「桜の花が散らなくて安心したの?」


 僕は声がする方角を見た。僕の目の前に女の子が立っている。まず目に入ってきたのは純白のセーラー服だ。靴下も靴も白い。こんな制服初めて見る。どこの学校だ?

 

 肩より少し長い髪がさっきの残り風に揺れていた。身長は僕より十センチ程低いだろうか。最も、百七十センチ丁度の僕も小柄な部類だろうけど。


 細見の身体は姿勢がとてもいい。顔を見ると僕と同じ年くらいに見えた。太い眉毛に長いまつ毛。鼻は高めで唇は薄い。両目は一重で意思が強そうな瞳をしていた。


 外見だけで言うとクラスの女子に居たとしたら、中の中と言う所だろうか。などと僕は偉そうに彼女を評価した。僕なんか周囲から下の中くらいに思われているんだろうな。


「あんた、稲田佑でしょう?」


 純白のセーラー服の少女に、突然名前を呼ばれ僕は驚いた。な、なんで僕の名前を知ってんの?


「······き、君は誰? なんで僕の名前を知ってんの?」


 普段クラスでもろくに女子と話もしない僕は、女の子と話一つするのにも焦ってしまう。


「私、面倒な手続きとか苦手なの。手っ取り早く自分の目で確かめてくれる? もう相手も来てるしさ」


 彼女が何を言っているか、僕には何一つ理解できなかった。いきなり話しかけて来たり、僕の名前を知ってたり。


 新手の詐欺か何か? 取られる程金なんか無いぞ。とにかく怪しい。ここは立ち去るのがいいと僕は考えた。


 その時、僕と彼女の横に白い塊が立っていた。その塊は動物のカピパラに見えた。いや、動物じゃない。カピパラの着ぐるみだ。これ。


 ご当地ゆるキャラにいそうなアレだ。カピパラは彼女と同じくらいの身長だった。このゆるキャラ、一体どこから現れたんだ?


「転移、開始します」


 カピパラが喋った。いや、ゆるキャラが喋ったら駄目だろう。しかもこの声、機械音みたいでおかしいぞ。


 あれだ! テレビの番組でプライバシー保護の為に音声を変えてる奴と同じ声だ!


 カピパラが喋った瞬間、僕の視界は暗転した。目の前の風景が一瞬で変わった。


 僕は乾いた砂漠の上に立っていた。量販店で買った安物のスニーカーは半ば砂の中に埋もれている。靴の中に大量の砂が入り込み、ザラザラして気持ちが悪い。


 砂漠は地平線の先までずっと広がっている。空は薄暗く淀んでいる。太陽も薄雲に隠れてなんだか頼りな見くえた。


 ······一体ここはどこなんだ? 僕は川沿いの桜並木道にいた筈だ。


「ここは、遠い未来の地上の姿よ」


 気づくと僕の後ろに彼女が立っていた。慌てふためく僕と違い、彼女は取り乱すこと無く至って冷静だ。


「一度しか言わないから。これから私が言う事、よく耳の穴かっぽじって死ぬ気で聞いてね」


 彼女の言葉には、乱暴の中に何割か恫喝が含まれているような気がする。彼女は語り始めた。この世界の成り立ちを。


 彼女が言うには人類が誕生した当初、世界に季節と言うものは存在していなかったらしい。


 この世界を創造した理の外にいる存在が季節というものを創り出した。なんの為に? 季節の移ろいは繰り返して行く。命の始まりと終わりも同様に。


 理の外の存在は、人間に限りある生命の大切さと愛おしさを感じて欲しかったのだ。季節の変化と共に。


 そして季節が正しく流れて行く為に、人間の中から季節の守り人を選びだした。選ばれた守り人達は与えられた力を使い、季節が正しく過ぎて行く為に力を尽くした。


 その行為は次の世代に引き継がれ、そのまた次の世代へも継がれ、守り人は人間の歴史と共に自分達の役目を果たして行った。


 だが、気の遠くなるような歳月と共に、守り人の伝統も廃れて来た。幾世代にも引き継がれてきた役目もいつのまにか忘れ、守り人達は普通の人々達に溶け込んで埋もれて行った。


「季節がおかしくなっていったのは、そこからよ。最近、季節感が無くなってきたって感じる事は無い?」


 彼女の質問に、僕は素直に考え込む。


 ······確かに。言われて見れば冷夏や暖冬。酷暑に寒すぎる冬。季節が変わる度ニュースで異常気象ってよく言ってる気がする。


「それって人間が原因なのかな? 自動車や工場が出す二酸化炭素で温暖化してるとか?」


 彼女は僕の返答を聞き、それはすごく残念そうな顔をしてる。な、なんで?


「アンタって······いや。アンタが考えられる答えってその程度よね」


 彼女は残念そうに首を振る。な、なんだよその程度って! 必死に考えた僕が馬鹿みたいじゃないか!


「理の外の存在。彼等が作った季節はそんなに柔じゃないわ。全ての原因は守り人達が役目を果たさなくなったからよ」


 彼女は続ける。どんな精密機械も人間の身体も、使い続ければいずれガタがくる。それは季節も同じだった。歪んだ季節の調整。守り人の仕事は正にそれだった。


 守り人達の役目が長く行なわれなくなってから季節の調整が放置され、この世界の気象がおかしくなってきたのだ。


 季節の守り人は二十四の一族が存在した。一族達は各地に散り、各々の担当する時期にその役目を果たす義務があった。


「稲田佑。アンタはその二十四の一族の一つ。清明一族の子孫よ」


 ······え? 僕がその一族の子孫? なんだそれ?どういう事? 初耳もいいトコなんだけど。呆気に取られる僕を無視して彼女は粛々と言葉を続ける。


 二十四の一族には中心的役割を務める二つの一族が存在した。一つは春分一族。もう一つは清明一族。


 この二つの一族には季節を調整する他にもう一つ役目があった。二十四ある一族同士をまとめる役目だ。


 一族同士いざこざがあった時。一族が役目を怠る時。春分一族と清明一族はそれらの問題を収めなくてはならない。


 その義務を務める為に、清明一族の子孫の僕が選ばれた。彼女は確かにそう言った。


 ······にわかに信じられない。いきなり一族の子孫だからって務めを果たせ?


「二十四節気って分かる?」


「二十四節気?·······ええと。あ! 朝テレビの天気予報の時、時々言ってるやつだよね」


 僕の答えに、彼女は更に残念そうな顔をした。し、失礼だなこの娘。二十四節気なんて誰も気にしてないだろ。


「一年の季節は、二十四に分けられているのよ」


 二十四節気。理の外が作った暦だ。人間が季節を分かりやすく感じとる為に、一年間を二十四に分けた。


 清明一族の清明も、その二十四節気の名の一つらしい。古来、二十四の一族に問題が発生した場合、一族同士決闘が行われた。


 決闘に勝った側の意思決定は絶対だ。破れた側はその決定に必ず従わなければならない。


 彼女が言うには、清明一族の僕が他の一族達と決闘して勝利する必要があるらしい。そして相手に命じる。与えられた義務。すなわち季節の調整を再び行えと。


 ······決闘? いきなり訳が分からない場所に連れてこられて誰だか知らない相手と決闘しろって? 何を言ってるんだこの娘は?


「ええと。色々と質問があるんだけど」


 僕が言い終える前に、彼女は手のひらを突き出した。なんだか飼い主に待てと言われた犬のような気分だ。


「先ずは私の話を聞いて頂戴。それでも分からない事があったら質問して」


 アンタの下らない質問にいちいち答えるのは御免よ。なぜか彼女の言葉はそう言ってるように聞こえた。


 彼女は僕が疑問に思っていそうな事を話し始めた。


 最初に決闘は放棄出来ないらしい。決闘を終えなければここから帰れない。季節の調整とやらはその理の外の存在がすればいいと思うがそれは出来ない。


 季節。いわいる暦を調整する力は二十四の一族に分け与え理の外の存在はその力を失っているからだ。そしてあのカピバラの着ぐるみは理の外から来た決闘の審判らしい。


 決闘の方法はその都度このカピバラが決める。


 暦の調整をこのまま放置すれば、地上はいずれ今僕が立っている一面砂漠地帯になるらしい。


 そして彼女の存在。彼女は僕を助力する為に派遣されたらしい。清明一族は春分一族と並び他の一族を指導する立場にいる為、特別に助力を担当する人材が与えられる。


 ······たちの悪い白昼夢。さっきから僕はそう願っていたが夢では無いらしい。彼女にバレないようにお尻をつねってるが痛みを感じるし、砂が入った靴の感触も続いている。


 何よりこの場所の気候。一面砂漠のせいか酷く乾燥している。さっきから喉が乾いてしょうがなかった。


「質問が無いなら決闘を始めるわよ」


 彼女は一方的にそう宣言する。嫌だ! 誰がそんな面倒な事をするもんか!


 ······僕はそう考えていたが、敢えて黙っていた。そう。その決闘とやらに負ければいいんだ。


 決闘さえ終われば元の世界に戻れる。さっさと戻って昨日のゲームの続きをしよう。清明一族? 暦の調整? 知るもんか。そんなもの。


「ああ一つ言い忘れた。決闘に負けたらこの地上からアンタの存在は消えるから」


 授業で提出する課題を家に忘れました。彼女はまるでそんな台詞を言っているかのような気軽さだった。


 ちょ、ちょっと待ってよ! そこ一番重要で最初に言わないと駄目なヤツだろ!!


「清明一族と穀雨一族の決闘を開始します」


 カピバラの着ぐるみが機械音の言葉を発し、決闘の開始を宣言した。


 砂漠の向こう側から人影が見えた。僕の決闘相手らしい。彼女が先刻言ってた。もう相手が来ていると。それって僕の決闘相手の事だったのか?


 顔面蒼白の僕に彼女は両腕を組みながら呟いた。その言葉は、なぜか僕の耳に印象強く残った。


「これは、暦の歪みを正す戦いよ」


 清明一族に生まれ事を恨む暇も無く、さっきまでの僕の日常は一変した。




 


 





 






 


 


 







 


 


 

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