行き止まり



森の中に一人ぼっち、空も暗くなり詰みかけていた私に、アラフィフ位の叔父さんが優しく語りかけてきたのがつい数分前の出来事である。

うう、この笑顔仏様様だ...!なんか後光も見えてきた気がする。疲れてるのかな、と目を擦るが後光は段々と光を増していく。ん?あれ、後光じゃない、灯だ。誰がこちらに歩いてきてる。


「叔父さん、見つかりました?例のした...は?」


ぱっと見、私より年上の焦げ茶の髪をした少年だ。キャップ帽を深くかぶって居るため顔は分からないが、恐らく困惑している。何かしたか、私。少年は一歩引き手持ちのランプを落として私を指差し、こういった。


「え、死体が動いてる?」


コイツ初対面で失礼すぎないか。何処をどう見たら私が死体に見えるんだ。あれか、生気がなさすぎるってか?確かにこの身体結構色は白いけど死体ほどでは無いはずだ。

ムッと眉間にシワを寄せる。すると、アラフィフの叔父さんは何かを察したのだろう。戸惑いながら、フォローを入れてくれた。



「これ、レイ。お嬢様に失礼だよ。お初にお目にかかります。オリバー・フォーと申します。こっちは私の兄の息子のレイモンド・フォー。旦那様のご依頼でお嬢様を探しておりました」


「貴方の死体をね」


少年の持っているランプが怪しく揺れる。

したい?私の死体?支隊とか竹刀とかじゃなくて?え、私死んでる?


「こら、レイ!口を慎みなさい!すみませんね、兄が亡くなってからずっとこんな調子で...」



何やら重い過去があるらしい。こういう事には触れないのが一番だ。相手も触れられたくないだろうし、触らぬ神に祟りなしってね。今いつ殺されるかわからない私にとって、重い過去ほど怖いものはない。


「大丈夫ですよ。というか、どうして私の死体を探してたんですか?」


私、死んだ覚えがないんですが。

そう口にするとアラフィフ叔父さんが目を丸くする。


「お嬢様は、覚えていらっしゃらないんですか?」


「…?何がですか」








「貴方は1週間前入水自殺を測って、それから行方不明だったんですよ」

















* * *




私の家だという場所まで、馬車で送ってくれるらしい。揺れる馬車の中で、私はこれまでの事をアラフィフ叔父さんから聞いた。


この体の名前はイヴ。まあまあ力のある歴史ある名家の伯爵の娘らしい。が、最近この歴史ある名家が傾き始めたという。


ーーーーーーーーその原因が、この私イヴ・アルマベール。










この国の王族は少し特殊で、初代王は神の声が聞こえ、そのお告げで国を豊かにしていった、という伝説があるらしい。稀にその神の声が聞こえるという、子が王族に生まれるらしいが、そういう子は権力も強く王になることが多いとの事。


しかし、そんなもの信じる人の方が少ない。自分の地位を上げようと神の声が聞こえるなんて嘘をついた貴族は大勢いた。しかし、そんな発言をしたら最後、没落か罰則。前王の時には処刑や国外追放なんてのもあってらしく、こんな厳しい罰則を課せられた貴族達は嘘なんて以ての外、逆にそういった者を摘発しようとする動きが活発になっていったようだった。それが今も根強く残って続いているらしい。

つまりは、王族以外のものは決して神の声が聞こえるなんて言ってはいけない。たかが神如きでよくもあんなに犠牲者が出せたものだよ、とアラフィフさんは言った。



そんな複雑でデリケートな状況の中、私はとんでもない事をやらかしてしまったらしい。なんと、神の声が聞こえると言ってしまったのだという。言ったというか、叫んだというか、発狂に近かったらとの事。しかも、だ。言った場所が非常に不味かった。…そう第2王子の誕生日パーティである。


さいあくのタイミングで言ったな、私。他に場所選べなかったのか。


それはつまり王族の地位を狙っている事と同じで、叛逆者ですと自分で言っているようなものであった。しかし、まだ6歳の子供。国王はその場で笑って許してくれたというが、その頃から家が傾き始めたという。同時に私が魔女だという噂も広まっていった。

で、アラフィフ叔父さんが言うにはその噂やら家の傾きやら罪悪感に耐えられずに自ら命を絶ったのではとの事。



……6歳児の子供に容赦ねぇな王様!大人気ないぞ!

ていうか、そんなこと言ったら厨二病とかどうなるんだよ!全員即逮捕だよ!子供のお遊びとかあるだろぉ!ペリキュアごっことかさぁ!


そんな事を考えてもこの世界の考えは変わらない。仕方ない、ペリキュアもないし育った環境が違うのだから。ああ、この世界では、右目が疼くこの魔眼が私を支配しようとしている...!とか言えないのか、なんて酷い世界だ!



そんな、不安にしかならない話を、アラフィフ叔父さんは遠回しに本当に柔らかく話してくれた。どうやったらここまで子供を不安にさせないように話せるのか...私は感激である。説明に花丸を上げたい。この人幼稚園の先生とか向いてるよ、絶対。

これが本来の6歳児であれば、なんか自分が悪い事をしたという認識だけで済んだであろうが、生憎中身は17の高校生である。せっかく柔らかく紛らわしてくれた内容もハッキリと理解した。


…どうしよう、この世界で情報を得れば得る程自分が詰んだ状況だということがわかって辛い。気分は好感度1の攻略対象の最終エンディングを見る気分である。勿論バットエンド確定の。





そんやこんや話していると馬車が止まる。…どうやら着いたようだ。私のこれから14年お世話になるであろう、両親他人の待つ家に。








* * *







「イヴ...?本当に、イヴなの?嘘、信じられない...イヴ!」


家に入ると、栗色の髪をした婦人に抱き締められる。ああ、これ、私のお母さんか。娘に家を傾けられ、魔女と言われているのにこんなに心配するんだな。…ごめんね、私貴方の本当の娘じゃないんだ。恐る恐る、抱き締められたお母さん婦人の背中に手を回す。あぁ、匂いも違う。家族に、会いたいなぁ。


暫く抱き締められていると、今度は葡萄色の髪をした男性が一人、私の方は近づいて来た。この人は、お父さんかな。


「...イヴ、か?本当に幻覚じゃないのか?生きてるんだな...?」


フラフラと私の横に膝をつく。ああ、この人も優しい人なんだなぁ。頰に手を当てられる。私のお父さんとは、全然違う顔。お父さん、今頃仕事から帰って来てるんだろうなぁ。あぁ、ごめんなさい、私は貴方の娘じゃないんです。


そんなこと言えるはずもなく、とりあえず笑う。

家族との再会は笑顔じゃないとね。


「イヴ、どうしたの?顔色が悪いわよ」

「あぁ、真っ青だ。大丈夫か?」


だめだ、笑えていないみたいだ。正直泣きそうである。


「伯爵、伯爵夫人。お嬢様は、どうやら記憶に混乱が見られ、あの一週間とその前の二ヶ月の記憶が少々抜け落ちているところがございます。きっとお疲れなのでしょう」


「そうだったの...今日はもう休みなさい。明日、話してくれればいいから」


「...はい」


お母さん婦人は私に優しく微笑む。そのペリドットの瞳が私を見透かしてくるようで、何だかいたたまれない気持ちになった。


「オリバー、本当にありがとう。娘の亡骸の捜索を頼んだのに、まさか生きたまま帰ってくるなんて...感謝してもしきれないよ」


「いえ、お嬢様の運が良かったのでございましょう。私は、なにも」


「そういうな。そうだ、よければまた我が家へ来るといい。色々と相談したい方があるんだ。勿論依頼もだが、友人としてもね。それと、君の甥も連れて来るといい、家の娘と歳も近いしな」


「見に余る光栄でございます。では、後日、また伺います。レイ、良かったな」


「...そうですね」



先程の少年が静かに声を出す。思わずそちらを見るとその顔は超不機嫌そうであった。アッ、あれ絶対良くねぇよって思ってる。超めんどくさそう。どんまい、と心の中で合掌しているとふと目が合った。うわやべ。元凶の私を見たらもっと不機嫌なるぞ、あれ。目をそらし、何処に目線を向ければいいかわからず、思わず上を見上げた。

……あれは目を合わせちゃいけないやつだ。


その時、ふと視界に人影が映る。誰だろうか、目を凝らしてみると誰かがエントランスの上からこちらを見ていた。 …あれ、あの人は誰だろう。今までの話に出てこなかった気がするんだけどな。亜麻色の髪をした少年。うーん、考えを巡らしても先程の話には居なかった。

恐らく私より年上みたいだ。誰だろう、ここ貴族の館だし執事さんとかかな。


ボーッとエントランスを見ていると、ぽん、と背中を優しく押された。


「お父さん話し始めちゃったから、もう今日は部屋に戻りなさい。おやすみ」


チュッと額にキスが落とされる。ほぅ、この国は結構スキンシップが多い方なのだろう。場所的に、イギリスとかフランスのような国なのだろうか。あぁ、やめよう。私地理苦手なんだった。とりあえず、早く寝たい、疲れた。

息を呑み、覚悟を決める。私はやたら暗い両館の奥へ足を踏み出した。















暫くなんとなく歩いて、ふと重要な事に気付く。

ーーーーーーーー私、自分の部屋分かんない。



そうだよ、お母さん婦人にとっては娘が自分の部屋を間違える筈がないと思っているけれど、その娘、中身は田舎に住む中身高校2年生の別人である。どうしよう、戻って聞くか?いや、流石に自分の部屋を忘れたと告げれば2ヶ月より前の記憶もない事がバレてしまう。最悪、私が私でないことも勘づかれてしまうかもしれない。今、私魔女だって疑われてるしね。娘に何かが取り付いてる、と言われるかもしれない。事を荒げればもしかしたら魔女処刑ルートとかになりそうで怖い。お母さんさんの誕生日は?とか聞かれても答えられないし。


...仕方ない、一つ一つ開けていくか、なるべく早く。決めたら直ぐに行動するのが私のモットーである。真っ暗闇の廊下をとりあえず駆け出した。ていうか何でこんなに暗いんだ?山道で車が動かなくなって取り残された時レベルで怖い。しかも古いのだろう、少し寂れた壁紙や無駄に長い廊下が雰囲気を醸し出している。ああ、私そこまで怖いの得意じゃないんだけどな。足が震えてきた。


扉、扉、手当り次第に開いていくが、どの部屋もクローゼットとベッドのフレームしか置いてない。人間外れが続くと焦り始めるものである。暗闇からの不安と部屋が見つからないという負担に挟まれて私は館を全力疾走していた。何処だよ部屋!10個はあったぞ、ありすぎだろ!


その時である。全力疾走していた私は、目の前に居る誰かに気づかなかった。何かにぶつかり思わず前に倒れる。


「っ、うわ!」


「...っ!ってて…すみません、余所見をしていて...って、お、おじょうさまじゃないですか!?え、あれ、俺疲れてるのかな。亡霊が見える」


本日二度目である。

流石にもう驚かないぞ。というか暗くてよく見えない。声からして少年という事は分かるが。


「...だれ?」

「っ!?あ、えと、フェ、フェリックス・ウィルキー...ですけど、覚えられてない...というか、おじょうさま、お亡くなったんじゃ...」


どうやら、この館に住んでいる方のようだ。ボソボソと怯える様に話す少年は、やはり私が亡くなったと勘違いしている様だった。そりゃ、怖いよね、ごめんね。


「ぶつかっちゃって、ごめんなさい」


「......は?あ、いえ、え?こちらこそ、すみません、でした」


唖然と話す少年に疑問を浮かべる。なんだろ、その反応は。まるで私が謝っているのが信じられないとでも言いたげな声色だ。クッ、顔が見えないのが惜しいな。


「...そ、そそそういえば、おじょうさまは、どうしてここへ?」


「え、と、部屋に戻りたいんだけど、久しぶりで...忘れちゃって...」


相手の顔...は見えないので声色を伺いながら相手の反応を見る。ポンポン変なこと言って、怪しまれても仕方ない。この言い訳は通用するのか、試す必要があった。


「よほどの、事があったんですね...部屋はここから右に曲がって二つ目の所にありますが...」


コイツはチョロいぞ。思わずそう思ってしまった私を許してほしい。なんか、低姿勢というかなんというか言われたことそのまま鵜呑みにするタイプだ、きっと。声色で察しているが、この人、言えば何でも信じてくれそうな気がする。


「そっか、ありがとう」


さあいざ行かん、私の部屋へ!


「...おじょうさま、逆です」

「え」


ぶつかった時に方向感覚がズレていたらしい。おっと危ない危ない。...って、あれ、私の部屋どうだったっけ。右から、一つ目?三つ目?


「...あの、私の部屋、もう一度言って頂いても...」


「...はぁ、ついていきましょうか?」


「お、お願いシマス」


あぁ、絶対呆れられた。コイツ馬鹿だぞって思われてる。声色がそう言ってる。


私は暗闇の中へ誰か分からない少年に連れられ、廊下を歩き出した。













「...では、俺はこれでしつれいしますね」


最後まで、恐怖と呆れしか向けてこなかった少年は、部屋に着いた途端、はよ帰らせろとでも言うように私が何か言う前に部屋から立ち去った。


お礼くらい言いたかったが、私と話す事すら嫌なのか。というか、この反応。流石に初対面の相手にここまで苦手意識されると私も傷つく。この体のイヴが何かやらかしてるのかな。転生モノや悪役令嬢モノでよくあるテンプレだ。大層なワガママだったり、平民や自分以外を見下していたり。


...そうなったらヤバいんじゃないか、タダでさえ死亡フラグがなんかのよく分からない力で出てるのに、更に恨み持ち。マズイ、やばい、語彙力が低下していくレベルでやばい。


頭を悩ませながらつい癖で壁に手をやる。ああ、そうだ、この世界では電気とか恐らくないだろうな。馬車移動だし、廊下真っ暗だったし、大広間のもきっとロウソクか何かだろ...ん?


カチッ


何か四角い物体が手に触れる。その瞬間、目の前が白に包まれた。ウッ、眩しい...!


思わず目をつぶる。恐る恐る開いてみると、そこには本でしか見たことのない天蓋付きベッドや大きな窓、広い絨毯など、思わず目を疑うような光景が広がっていた。ん?あれ、ちょっと待てよ、伯爵って貴族の位どの辺りなんだっけ?確か、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵...しかも私の家は結構名のある伯爵家らしいから...あー、結構金持ちなんすね、私。だからこんなに豪華な部屋が広がってるのか。家が傾いてるって聞いてたから、もっとボロいの想像してた。

...それにしても派手すぎだ。あとでなんか減らしてどうにかしよう。ついでに売れるなら売っちゃおう。金、大事。


あと更に驚いたのが電気が通ってる事だ。なんだこれ、結構科学が進展してる...水道も通ってるといいなぁ。あとで誰かに詳しい事聞いてみよう。


そんなことを考えながら部屋を細かく探索する。ベッドの布団も結構な高級品だろう、肌触りがいい。机も、なんかお洒落な...って、あれ。


机の上に、この部屋に明らかに馴染んでいない一冊の本を見つける。表紙は真っ赤で、心なしか光っているようにも感じた。...タイトルは『私の日々』、日記だろうか?


...日記、日記?...え、日記!?こりゃあいい!私がどんな性格でどんな事をやらかしててどんな人に恨みを飼われてるか分かるじゃないか!6歳児の日記なのが少々心細いが、ないよりは全然マシだ。


唯一の頼みの綱に心が救われた気持ちになる。そういえば、池にもイヴの日記を読めって書いてあったし、少しは助かる方法が見つかるかもしれない。

晴れた思いでその日記帳を開いたその瞬間、私の視界は真っ白になった。






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