殺害予定者と伯爵邸事件日記
@sakkurihukusi4A
プロローグ
息が苦しい。口を開けば何かが口の中に入ってくる。足が地につかない、なんだろう、宙に浮いているのとも違う。頭が真っ白になって四肢をばたつかせた。底知れぬ恐怖に目を開く。
―――目の前には蒼然と広がる青、青、青。
数秒経って理解する、これは、恐らく水の中だ。…水の中?やばいじゃないか、私現在進行形で溺れているんじゃ…ぶくぶくと喉に水が流し込まれて行く。不味いぞ、私オヨゲナイ。朦朧とした意識の中光の差し込む水面へ必死に手を伸ばした。その時ふと気付く、私、こんな派手な服持ってたっけ。
「ゴホッゴホッ…ハーっ」
やっと辿り着いた陸で、呑み込んだ水を吐き出す。なんで私こんな浅い所で溺れていたんだろう。服のせいだろうか、ひらひらと何枚ものレースが付いた服が水を吸って重い。髪からもボタボタと水滴が垂れお腹辺りまで服にくっ付くようにして伸びてしまっている。
…私、こんな髪長かったっけ。いや、長くないぞ。流石に自分の髪の長さを忘れる程ボケてはいない。というかまずこんな服持ってない。なんだ、変な育毛剤でも使ったっけ。というか何だこの服、まるで何処かの貴族みたいな…貴族?
…嫌な予感がするぞ。貴族、異世界、転生嫌なキーワードが頭を駆け巡る。いや、まさか、そんなね。
恐る恐る湖に近づき、水面を覗き込む。
――――そこには、栗色の長い髪の毛をヒラヒラのドレスに纏わりつかせている金色の瞳の6歳くらいの少女が映っていた。
「わああああああああぁぁぁぁぁ!!!!」
広い静かな湖畔に鳴り響く六歳(自称)の叫び声。静かな大きい湖に、私の声はそれはもうよく響き渡った。湖の周りの木から多くの鳥が飛んでいくレベルで。
私はパニックに陥っていたのだ。
私は、至って平凡な高校二年生だった。
丁度夏休み初日、こっそり鞄に水着を忍ばせ、学校帰りに友達と一緒に川ではしゃいでいた。確かにちょっと常人が見たら引くレベルではしゃいでいたがそれは気にしない。そしたら何かに引っ張られて、意識がブラックアウト、目が覚めたら水の中。命からがら助かったと思ったら、それが自分じゃなく何処からの貴族令嬢で、ここが何処かもこの体が誰かもわからない。しかも六歳。あ、ちょっとまって、頭がオーバーヒートしそう。
自分の姿であろう長い髪をした少女を水面からもう一度見る。顔にペタペタと触ってみても、頰をつねってみても、その姿は変わることはなかった。
嘘だろ、まじもんの成り代わりかよ。誰得だよ。ていうか私の夏休み返せよ。
色々と怒りや困惑が湧いてくるが、考えたところでこの状況は一向に変わらない。立ち上がる気力さえなくなった私はただボーッと水面を眺めるしかなかった。
というか、この子髪の毛長すぎないか、顔もなんかパッとしないし、何処と無く私似てる気がする。
栗色の手入れがよく行き届いているであろう髪の毛、不思議と違和感を感じない金色の瞳、赤い見覚えのある文字。青々とした空を見上げて考察に浸る。うーん、やっぱりここは異世界なんだろうか...って、ん?赤い文字?
バッともう一度水面を見てみる。や、やっぱり...なんか、見たことないのが映ってる。え、何、血文字?この湖呪われてるとか、そういう設定?怖い怖い怖い、心霊スポットだったのかここ。そりゃあさっきから誰もいない訳だ。
水面から数歩ズルズルと引き下がる。ヒッ、なんか文字が増えた...!アッ、腰抜けた。タテナイ。
数秒の間があり、冷静になる。仕方ない、物理的に距離を取れないならここは勇気を振り絞って読んでみるしかないだろう。気になるし。
しかし私は、後にその選択を後悔することになる。
『お前は、これから殺されるだろう』
...……え?
不穏な言葉に息を呑む。
殺される?誰に?う、嘘だ、思わず辺りを見渡す。周りの空気が急に下がった気がした。
そんな私に構うことなく、文字は怪しく水面へ浮かんでくる。
『この6人の青年達によって』
言葉通り、6人の青年の顔が浮かび上がってきた。皆容姿が整っていて、髪や瞳の色が特徴的である。
…とても、人を殺すような見た目には見えないけど。本当に、この人達に私は殺されるのだろうか?
自分の事じゃないようで、妙に頭が冷静だった。この体が殺されたら私はどうなるんだろう、戻れるのだろうか。
そんな疑問が頭をよぎり、つい口に出す。
「この体が死んだら、私はどうなるんですか」
『表の世界のお前も息を引き取る。魂は一度消えれば戻る事はない』
「は、え...なんで、なんで殺されるなんて...どうすればいいんですか...!?」
そんな、一方的に殺されるなんて、虐殺と一緒じゃないか。理不尽だ。酷い、ふざけないで欲しい。
『イヴ・アルベマールの日記を読むといい』
「…イヴ・アルマベール?」
だれだ、それは。頭がぐちゃぐちゃになって言葉が出てこない。え、殺されるのか、私。しかも6人に。う、嘘だ、嘘。
困惑している私を無視して、文字はどんどん浮かび上がって来る。
『そして、この青年達を救うのだ』
『それが、お前がこの世に生を受けた意味である』
「殺されるのに、救う?言ってる意味が分かんないよ...どうすれば、どうすれば帰れるんですか!?」
『帰りたいのか?』
『お前がこの青年達を救い、20になった時道は開かれるだろう』
20?20まで、このままって言うことか?ふざけないで欲しい。
それでも、文字は止まらない。
『これは、神のお告げである。誰にも口外してはならぬ。もし口外することがあれば』
『
不穏な言葉を残し、文字はだんだん薄れていく。う、嘘だ。これで終わりなんて、ヒントが少なすぎるよ、嫌だ、こんな所で死にたくない。
「ま、待って!イヴ・アルマベールって誰!?私は誰なんですか!?」
パシャンと、私の水面を叩く音が湖に響き渡る。どうしようも無くなって、また空を見上げた。ああ、もう夕方になってきてしまった。どうしよう、詰んでないか私。
暗い。後ろには鬱蒼と茂る森。水浸しで、風が冷たい。髪が頬に張り付いて気持ち悪い。茜色の空がぼやけてきた。あれ?何だろう、悲しくなってきた。この身体の年齢に引きづられたかな…
「だ、誰か。た、たすけ…ヒック、うう、お父さん、お母さん…っ」
「誰か、そこにいるのかね?」
背後から、暖かい安心するような声が聞こえて。
安心したからか、救われたと思ったからか、私の涙腺は決壊してしまった。
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