第8話 黒の転移門

 紫色をした一筋の直線を中心として、ムリムリミチミチッ! とまるで肉と肉の繊維が無理やり引きはがされていくような音が周辺に響き渡る。そして、紫色の閃光はさらに強度を強め、ロージーは眼を開けていられなくなるのであった。


 そんなロージーが再び眼を開けた時、斜めに楕円形の形をした穴が幾重にも絡み合う樹木の間に出来上がったのである。


「や、やった……。ハジュンさま! さすが、ここ一番の活躍を全て持っていきそうな顔をしているだけはあるわね!」


「それって、褒めてくれているんですか? っつ……。少し魔力を使い過ぎたようです。ローズマリーくん。ヌレバくんの形見を返しておきますね?」


 ハジュンはそう言ったあと、鞘にカタナをしまい、鞘ごと彼女に手渡すのであった。そのあと、ハジュンは片膝をつき、ハアハアと荒い呼吸をするのであった。ロージーは左手にカタナを持ったまま、ハジュンに寄り添おうとする。だが、ハジュンはそんなロージーの右肩を左手で押し、先に行けと言わんばかりであった。


「ロージー、行こう。ハジュンさまが道を作ってくれたんだ。ハジュンさまの犠牲を無駄に出来ないっ」


「クロードくん、ちょっと、待ってください? 先生、まだ死ぬ気はありませんからね? ちょっと疲れたからここで3分ほど休んでいくだけですからね?」


「ちゅっちゅっちゅ。それだけ減らず口を叩けるのなら、大丈夫でッチュウね。じゃあ、ボクはロージーちゃんと先に行っているのでッチュウ。ハジュン、まだ死ぬんじゃないでッチュウよ?」


 クロードの左肩に乗っているコッシローがハジュンに対して、そう言いのけるのであった。これは今生の別れではないとコッシローは暗に言いたいのであった。


 ロージーとクロード、そしてコッシローは絡み合う樹木に出来上がった穴を乗り越えて、西塔の螺旋階段を走って登り始めたのであった。



 彼女らが去ったあとにひとり残されたハジュンは両足に力を入れて立ち上がり、その楕円形に空いた穴の中に入り込み、両手を自分の頭の上方へ持っていく。そして、身体中から力を振り絞り、段々と修復していく穴を押し広げようとするのであった。


「まったく……。こういう力仕事を担当するのはヌレバくんの役目なんですけどね? まあ、愚痴っていてもしょうがありません。彼らがここに到達するまで、先生はせっかく作った穴が閉じないように力を振り絞ることにしますかね……」




 数々の犠牲を払い、ロージーとクロード、そしてコッシローは螺旋階段を登りきり、ついに西塔の一番上にある部屋へと到達するのであった。その部屋の中には血と肉が腐乱した匂いが立ち込めていた。


「ちゅっちゅっちゅ。行方知れずだった大将軍:ドーベル=マンベルなんだッチュウ……。シヴァ帝をこの抜け道へと導くために、ドーベルはその力の全てを使い果たしたということでッチュウか……」


 全身から血を流し、腐乱しはじめた死体の横には、彼がかつて大将軍であったあかしである黒き竜の槍ブラック・ドラゴン・ランスが無造作に転がっていた。


 みかどは代々、蒼き竜の槍ブルー・ドラゴン・ランスを所持している。


 そして、みかどが一番に信頼する者にその槍と対をなす存在である黒き竜の槍ブラック・ドラゴン・ランスが下賜される慣わしがあった。その黒き槍が腐乱しはじめていた死体の身元確認の役に立つとはなんという皮肉であろうか?


 あの武骨に優れたることを象徴していた半狼半人ハーフ・ダ・ウルフの面影は、傷だらけの死体からは何も感じ取れなかった。ただただ、ロージーたちはかつてドーベル=マンベルであった彼の亡骸に哀悼の意を示すのであった。


 西塔の最上階の部屋の中には傷だらけの死体と1本の槍、それ以外にもうひとつ場違いなモノがあった。それは高さ2.5メートルはあろうかという縦に長い大きな楕円形の鏡らしきものであった。


 しかし、姿見用の鏡のように見えるのだが、その鏡面部分は漆黒の闇のように黒い色をしていたため、ロージーとクロードにとって初見ではそれがどうしても鏡のようには見えないのであった。


「ちゅっちゅっちゅ。まさか、こんなモノが西塔の最上階にあるとは思っていなかったのでッチュウ」


 コッシローが言うには、この鏡はかつてコッシローがヤオヨロズ=ゴッドたちと協力し、創り上げた転移門ワープ・ゲート原型プロトタイプだそうだ。ロージーは眉唾モノの話よねと流してしまい、コッシローはぐぬぬと唸り声をあげるのであった。


「と、とにかく、これを使えば、このエイコー大陸のどこかに転移することは可能なのでッチュウ」


「えっ? エイコー大陸のどこかって、いったいどこよ?」


「そ、それは……。海や湖の上に飛ばないようには設計されているのでッチュウ……」


「そんなどこに飛ばされるかわからないようなシロモノをロージーに使えって言うのか!? コッシロー、絞め殺すぞ!」


 コッシローがクロードに両手で首を締め上げられることになる。コッシローは首を締められながらも、この原型プロトタイプ転移門ワープ・ゲートについて説明をし続けるのである。


「なるほど……。これは自分が行きたい先を強く念じながらくぐれば、その場所に送ってくれる転移門ワープ・ゲートなのね? もうっ、コッシロー。それを先に言いなさいよ。わたしは、どこか見ず知らずの場所に飛ばされるかもって心配になったじゃないの」


「ちゅっちゅっちゅ……。その説明を聞く前にクロードにもっと強くボクの首を締めろと指示を出していたのは誰でッチュウ?」


 恨みがましい目線を飛ばすコッシローから、ロージーは顔を横に向けるのであった。その後、彼女は黒い鏡の前に立ち、その鏡の縁を手でなぞりながら


「さ、さて。どこに逃げようかしら……。メアリー帝がはっきりとわたしたちの敵になっている現状、下手なところには飛べないわよね?」


「ああ、そうだな。皆が無事に追手から逃げ切れるとも限らない以上、火の国:イズモにある一軒家に飛んだところで、そこで孤立する可能性が高いな……」


 クロードとしては、ロージーの父親:カルドリア=オベールの恩赦が決まった後に、出来るなら、あの一軒家に一度戻りたいという願望があった。ロージーと2人っきりで過ごした1年半は彼にとってはすでに思い出に変わろうとしていた。


 だからこそ、あの一軒家に戻り、自分たちを今まで守ってくれたことに感謝の念を伝えたい気持ちであったのだ。


 しかし、それが叶うのは随分時間が経てからになるとは、クロードはこの時点では思いもしなかったのである。


「では、転移門ワープ・ゲートを起動させるのでッチュウ。ロージーちゃんはどこに行くのか、頭の中でじっくりイメージを作り上げてほしいのでッチュウ。ボクがそこに飛べるように転移門ワープ・ゲートの行き先を設定しておくのでッチュウ」

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