第9話 思わぬ再会

 クロードの左肩から黒い鏡の上に移動したコッシローがどこからともなく先端に黒い宝石がついた魔法の杖マジック・ステッキを取り出し、それを右手に持つ。そして、その身から大量の紫色をした魔力をあふれ出させ、魔法の杖マジック・ステッキについている黒い宝石へと流し込んでいく。


詠唱コード入力『原始の転移門ワープ・ゲート』。『キミの行く先に幸福が訪れん事をハッピー・ニュー・ロード』発動許可申請……」


 コッシローが詠唱を開始したと同時に、魔法の杖マジック・ステッキの先端についている黒い宝石は紫色の瞳孔を持つ目玉へと変化する。


「使用許可が下りたんでッチュウ! 『キミの行く先に幸福が訪れん事をハッピー・ニュー・ロード』発動なのでッチュウ! さあ、ロージーちゃん、クロード! 先に行けなのでッチュウ!!」


 コッシローがそう宣言すると同時に真っ黒い鏡面の中心から時計周りの渦が巻き起こる。まるで、何もかもを飲み込みそうな、そんな言いもしれぬ悪寒を感じさせるモノであった、それは。


「で、でも! コッシローはどうするの!? ここに残るつもりなの!?」


「ボクは皆がこの場所にくるまで、この転移門ワープ・ゲートを起動しつづける役目があるのでッチュウ! ロージーちゃんが生き延びなければ、この世界は混沌溢れる世界に戻ってしまう可能性があるのでッチュウ! 早く、転移門ワープ・ゲートをくぐるのでッチュウ!!」


 コッシローが怒号にも似た声量で厳しくロージーを叱り飛ばす。『先に行け』。その言葉はまるで棘のようにロージーの心臓に突き刺さる。ロージーは痛む左胸に両手を当てて、襲い掛かる激しい動悸に必死に耐えようとするのであった。


 ハアハアと呼吸を荒くするロージーの両肩にそっと手を添える人物がいた。それはクロードである。その後、彼は両腕をロージーの腰に回し彼女を背中側から抱きしめる。


「クロ。クロッ、クローーー!」


 ロージーの蒼穹の双眸には零れ落ちそうなほどに涙がたまっていた。そんなロージーの右眼の下あたりにクロードは軽く接吻せっぷんをして、彼女の涙をすくいとる。


「行こう。ロージー。ここまで俺たちを逃してくれた皆のためにも……」


 クロードは動かぬロージーを抱え上げ、お姫様抱っこする。ロージーは眼を白黒させるが、クロードはそんなロージーに優し気な表情を見せた後、意を決した顔つきに変えて、表面が渦巻く黒い鏡の中に頭から突っ込んでいくのであった。


 黒い鏡はロージーとクロードの全身をすっぽりと飲み込み、ゲフウウウとゲップをするのであった。


「ロージーちゃん。そして、クロード。無事に逃げ切ってくれなのでッチュウ……。さて、あいつらは間に合うでッチュウか? ボクのこの身に宿る魔力の総量ではあと10分も持たないでッチュウよ?」




――ポメラニア帝国歴259年 1月15日 ポメラニア帝国領:土の国:モンドラ とある集落にて――


「今日はなんだか天気が悪いわね。まるで今から雷雨でも降ってくるのかしら?」


「オルタンシア。そんな縁起の悪いことを言わないでください。あなたの予想はよくあたりますので」


 物干し竿に洗濯物を干そうと、竹製の籠いっぱいに洗濯物を詰め込んだ状態でオルタンシア=オベールとチワ=ワコールが籠の両端を持ち合って、その籠を運んでいたのである。そんなオルタンシア= オベールがどんよりと曇る大空を見上げながら、そう呟いたところにチワ=ワコールがするどくツッコミを入れたのである。


 オルタンシア=オベールが、はあ困ったわと憂鬱な表情になっているところ、2人の前方20メートル先の何もない空間に真っ黒い穴が渦を巻きながら現出したのであった。オルタンシアは驚き、つい、洗濯物が山積みの籠の端を離してしまうのであった。


 籠からあふれ出した洗濯物は土の上に散乱してしまう。だが、チワ=ワコールもそれを咎めることは出来なかった。そんなことより、その渦を巻く真っ黒い穴から、見知った2人が飛び出してきたのだから、そちらに注目してしまったのである。


「ローズマリーさま! それにクロード!? あなたたち、いったい、どうやって、ここに来たの!?」


 チワ=ワコールらしくもなく、彼女は取り乱してしまうことになる。それもそうだろう。チワはこの2人は火の国:イズモのあの一軒家で暮らしているとばかり思っていたのだ。それが、あの一軒家から800キロメートル以上は離れているであろう、自分の居る場所に2人が突然現れたのだ。そんな魔訶不可思議なことが起きれば、誰でも驚くのは無理がない話である。


「チワ!? それにママも!?」


 当然、転移門ワープ・ゲートをくぐってきたロージーたちも驚くことになる。ロージーはコッシローが転移門ワープ・ゲートを起動させようとしている間、父親:カルドリア=オベールと母親:オルタンシア=オベールのことを強く想っていた。


 その想いの強さがロージーたちをあの西塔の最上階の部屋から、オルタンシアが居る土の国:モンドラの集落に転移門ワープ・ゲートを開通させたのであった。


 ロージーはクロードから身を離し、駆け足で母親であるオルタンシアに飛びつくのであった。そして、幼子のようにワンワンと泣き出し、必死にしがみつく。オルタンシアはいったいどういう事情があったのだろうと考えるが、それよりもまずロージーの頭を優しく撫でる。


「ロージー。とっても、つらいことがあったのね? よしよし。もう心配しなくて良いのよ?」


「ママ、ママ、ママーーー!」


 ロージーはまるで幼き子供のようにオルタンシアの胸に顔をこすりつけて泣きじゃくる。オルタンシアはただただ優しくロージーを抱きしめて、ロージーの頭を右手で撫で続けるのであった。


 そんな2人を脇に置き、チワ=ワコールはクロードにいったい何が起きたのかの説明を求めるのであった。しかし、クロードの口から発せられる言葉の数々にチワは眉をひそめて、まったくもって受け入れがたいといった雰囲気を醸し出す。


「にわかに信じられないのですが、ローズマリーさまとクロードがハジュン=ド・レイさまに力添えをしてもらって、宮廷に入り込んだと? そして、そこでチクマリーン=フランダールさまの夫君であるナギッサ=フランダールの命を守ろうとした?」


「ええ、そうなんです。信じてもらえないかもしれないけれど、全部、本当のことなんです。ロージーと俺はカルドリア=オベールさまを救い出そうとしたんです。だけど……」

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