第6話 正邪の秤

(上半身裸で兜しか身に着けていない筋肉だるまの超弩級変態と、その従者と思わしき兵士、そして、高貴なる自分に向かって挑発を繰り返す小生意気の金髪、蒼穹の双眸、ハーフエルフの小娘をミンチにしてやるのでおじゃる!)


 宰相:ツナ=ヨッシーが蒼き清浄なる算盤ブルー・クリア・ソロバンに規律的に並ぶ黒金剛石ブラック・ダイヤと同等の硬度を持つたまを今まさに弾け飛ばそうとしていた。彼は3人を相手に自分の勝利を確信していた。


「にょほほ! 使用許可が下りたのでおじゃる! 『黒金剛石の奔流ブラック・ダイヤ・スプラッシュ』はつど……」


「そう……。穏便に済ませようと思っていた、わたしが間違っていたわね……。 詠唱コード入力『正邪の秤フル・フラット』。『絶対なる盾イージス・シールド』発動許可申請……」


(にょほほ!? 『正邪の秤フル・フラット』!? まさか!)


「ええいっ! 世迷言をっ! 貴様のような小娘が『正邪の秤フル・フラット』を所持しているわけがないのでおじゃる! 『黒金剛石の奔流ブラック・ダイヤ・スプラッシュ』発動なのでおじゃる!」


 宰相:ツナ=ヨッシーが両手持ちにして、ロージーたちに向けていた蒼き清浄なる算盤ブルー・クリア・ソロバンから、黒金剛石ブラック・ダイヤの輝きを持った千個以上のたまたちが風よりも速く飛び散っていく。


「使用許可が下りたわっ。『絶対なる盾イージス・シールド』発動よっ!!」


 ロージーがそう雄たけびを上げると同時に彼女が前方に突き出した左手のひとさし指にはめられた紅いルビーがついた指輪に、彼女の身から発せられた薔薇色に染まった魔力が集中していく。そして、その薔薇色の魔力は1枚の楕円形をした大きな鏡へと変貌を遂げるのであった。


 ツナ=ヨッシーが両手にしっかりと持っている蒼き清浄なる算盤ブルー・クリア・ソロバンから次々と黒金剛石ブラック・ダイヤたまが飛び出してくる。しかし、ロージーの左手に具現化された鏡が発する光り輝く半球状の障壁により、その全てをはじき返す。


 蒼き清浄なる算盤ブルー・クリア・ソロバンから飛び出た黒金剛石ブラック・ダイヤの数々はロージーが左手に持つ鏡が展開した半球状の光の障壁に弾かれて、今まさに正面から飛んできた黒金剛石ブラック・ダイヤとぶつかり合い、粉々に砕け散る。そして、その破片はまたもや、光の障壁に反射されて、次々とツナ=ヨッシーに向かって行く。


「ぶへっ、ぶひっ、ぶぼぼぼっ、ぶべえええっ!?」


 ツナ=ヨッシーは黒金剛石ブラック・ダイヤたまそのものと、そして破片の半数をその身に喰らうことになる。黒金剛石ブラック・ダイヤたまやその欠片の数々は容赦なく、脂肪に包まれたツナ=ヨッシーの身を散々に穿ち、切り刻み、ただの肉片へと変えていく。


「ぶべえ……。やべで、やべでえええ……」


 ツナ=ヨッシーが血だるまになりながら、ロージーに許しを乞う。しかし、ツナ=ヨッシーが受けている攻撃の全ては彼が放った黒金剛石の奔流ブラック・ダイヤ・スプラッシュなのである。ロージーはその全てをただ単純に反射しただけであった。


 『自業自得』とはまさにこのことであろう。政務室の半分は彼が蒼き清浄なる算盤ブルー・クリア・ソロバンによって発動した黒金剛石の奔流ブラック・ダイヤ・スプラッシュによって無残にも破壊しつくされたのである。その破壊の余波にツナ=ヨッシー自身が巻き込まれた結果となった。


 ようやく蒼き清浄なる算盤ブルー・クリア・ソロバンから放たれた黒い奔流が止まると、ロージーは絶対なる盾イージス・シールドの展開を止める。彼女が具現化した大きな光り輝く鏡は幾千もの薔薇の花弁と化し、まさに花弁が散るが如くに霧散して消えるのであった。


「だ、だじゅげで……。だじゅげで……」


 宰相:ツナ=ヨッシーは全身を黒金剛石ブラック・ダイヤにより穿たれ、切り裂かれ、使い古しの真っ赤なボロぞうきんに成り果てていた。彼の余命はいくらも残されていないように見えるのに、それでも彼は許しを乞う言葉を血の泡が噴き出るその口から漏らしていたのである。


「ちょっと、やりすぎたかしら? わたしのせいじゃない……よね?」


「ロージーはただ単にツナ=ヨッシーの攻撃を弾き返しただけだから……」


「ガハハッ! ロージー殿が気に病むことなどないのでもうす! 悪いのはうちの殿とのなのでもうす! 何がツナ=ヨッシーの蒼き清浄なる算盤ブルー・クリア・ソロバンを無効化させるために正邪の秤フル・フラットをもっていけなのでもうす……。たぶん、殿とのはこうなるのを予測していたのでもうす……」


 ロージーに正邪の秤フル・フラットを貸し出したのはハジュン=ド・レイであった。それはあらゆる魔術や物理的攻撃から身を守るのに最適だとだけ、ロージーはハジュンから教えられていた。だから、ロージーは正邪の秤フル・フラットが『相手の攻撃を無効化するモノ』だと思っていたのだ。


 しかし、実際に彼女が正邪の秤フル・フラットを使ってみてわかったことは『無効化』ではなく『反射』であったのだ。


(またハジュンさまに騙されたわ……。ハジュンさま、わたしはこんな結果を望んでいたわけじゃないのに……。ただ、ツナ=ヨッシーにパパと同じ痛みを分け与えたいと思っていただけなのに……)


 ロージーの心を後悔の念が押し寄せる。しかし、彼女はそれを振り切り、まだ息のあるツナ=ヨッシーに対して、自分が何者なのかを告げる。


「宰相:ツナ=ヨッシー。わたしはあなたが冷凍睡眠刑に陥れたカルドリア=オベールの一人娘、ローズマリー=オベールよっ! わたしは、あなたが犯した罪の重さをその身に刻み込んでやったのよっ!!」


「ガルドリア……。ローズマリー……」


「そうよ! カルドリア=オベールはわたしのパパよっ! あなたはただの路傍の石としか思ってないかもしれないけれど、パパはっ! わたしの大切なパパなのっ!!」


 ロージーは涙が流れ出そうなのを必死にこらえながら、そう高らかに宣言する。


「ずま……ながっだ、ずまながっだので……おじゃる……」


 宰相:ツナ=ヨッシーはそこまで言うと、身体から力の全てが抜け落ち、そのまま動かなくなってしまったのであった。全身を血に染めた無残な姿に変わってしまったツナ=ヨッシーは、最後の最後にローズマリー=オベールに対して、謝罪の言葉を彼女に送るのであった。


 しかし、彼女はそんな謝罪の言葉を受けても、気分が良くなることはなかった。ただただ、胃の中から酸っぱい液体が湧き出てくる。そして、それが食道をせり上がってくると同時に、彼女はオエエエッと吐き出し、そして蒼穹の双眸から大粒の涙をボロボロとこぼれ落とし、その場でひざから崩れ落ちるのであった。

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