第7話 温泉

 ロージーたちは路銀の関係からオダニの街でも安宿を借りようとしていた。だが、ここで困ったことが起きてしまう。


「駄目ね……。この宿屋もすでに満室みたい……」


「うーーーん。収穫祭が終わったっていうのに、なんで街中の安宿が満室になっているんだろうな? なんか、人が集まるようなイベント事でもあったっけ?」


 ロージーとクロードが不思議に思うのも仕方の無いことだった。他の普通の家族が泊まるような宿屋は部屋が空いているのだが、安宿だけがどこも満室だったのである。ロージーたちは仕方が無いとばかりに普通の宿屋で2人部屋を1室、借りることとなる。そして、そこの宿屋のご主人に何故、安宿が今日に限って、どこも満室なのかの理由を聞かされることになったのであった。


「ああ。なんでもこの街の近くで大型の魔物が出現したって話なんだべ。それで、火の国:イズモで一番大きな冒険者一門クランが、この街で寝泊まりすることになったんだべ」


 火の国:イズモにはいくつかの大きな冒険者一門クランが存在したのである。その中でも3大一門クランのひとつと呼ばれる【欲望の団デザイア・グループ】がこのオダニの街にやってきたのであった。その【欲望の団デザイア・グループ】に所属する40数名の冒険者が周辺の安宿を占拠してしまったという話であった。


「迷惑この上無いわね……。そいつらのせいで無駄に出費しちゃったじゃないの……」


 オダニの街の普通の宿の場合、2人部屋は1泊、銀貨15枚(注:日本円で1万5千円)もする。もちろん、食事と酒代も込みなのだが、銀貨3枚の安宿に比べれば5倍の利用料金なのである。いくら食事が提供されると言っても、これでは元を取れるわけがないとロージーはこの時点では思っていたのだ。


 しかし、クロードとしては3日ぶりにベッドの上で眠れることに嬉しさもあったのだ。安宿のベッドサイズはシングルか、ダブルであったとしても小さめであり、クロードが眠るスペースなど、どこにもなかったのだ。


「ちなみにシングルサイズのベッドが部屋にふたつあるだべが、あんたさんがたが食事を楽しんでいる間に、ベッドとベッドをくっつけておくだべか?」


 どこの宿屋の主人も何故か、若い男女のカップルには要らぬ気を使ってくれるのがロージーには不思議でたまらなかった。もちろん、ロージーとしても、クロードが近くで寝てくれれば安心感は跳ね上がる。しかし、それと同時に不安感も跳ね上がるのは、ロージーがまだまだ若いせいでもあるのだろうか?


(うーーーん。『制約』のこともあるから、クロがわたしに手を出してくる心配はほぼ無いんだけど……。ちょっとした旅だから、今履いてるのは婦人用ショーツなのよね……。もしもの場合にこんなダサいショーツをクロに見られることになると思うと、わたし、別の意味で恥ずかしすぎるわ……)


 乙女心は複雑といったところなのであろう。想い人に自分の身体を隅々まで見てほしいと思う心とは裏腹に、ださい婦人用ショーツを見られたくないといったところなのだ。


「うーーーん。せっかくだし、ベッドはくっつけてもらっておこうか?」


(えっ!? ちょっと、クロ、あなたは一体、何を言っているのよ!?)


 ロージーが声にならぬ声で口をパクパクとさせているのだが、クロードはお構いなしに宿屋の主人と食事は部屋にもってきてもらえるのか? とか、風呂はどこにあるのかと矢継ぎ早に質問をするのであった。


「へえ。食事は頼まれれば、部屋に持っていきますが、その場合はサービス料をもらっておりますだべ」


「そうか……。それはちょっと嫌だな……。なあ、ロージー。料理は食堂で食べようか?」


「え、ええ。そ、そうね。ただでさえ出費がかさんでいるのに、サービス料を取られるのは癪にさわるわよね!?」


「ほい、わかった。んじゃ、ご主人。食事は食堂で取らせてもらうよ。酒も好きなモノを頼んでいいんだよな?」


「へいへい。うちはバイキング形式になっているんで、テーブルに並んでいる酒類なら好きなモノを選んでくれて良いんだべ。でも、高級ワインが欲しくなったら言ってくれだべ? 用意させてもらうんだべ。もちろん、別料金だべが? うへへっ!」


 商魂たくましいとはまさにこのご主人のことを指すのであろう。さらっと、追加料金を取ろうとしてくるのである。クロードはへいへいとご主人の話を流すのである。


 宿屋の主人との話を終えた2人は荷物を部屋に置いたあと、宿屋に併設されている温泉に浸かることになる。安宿の5倍である1泊銀貨15枚を請求するだけあって、風呂の施設も充実したモノであった。ロージーは元が取れるのかと心配したモノだが、足が延ばせる風呂に入れたのは、まだ彼女が貴族だった時代以来であったのだ。


 ポメラニア帝国内の風呂と言えば、沸かした湯を桶に入れて、そこにタオルを突っ込み、お湯で濡らしたタオルで身体を拭くのが一般的であった。風の国:オソロシアでは、それでは寒すぎるので、金のあるご家庭では蒸し風呂が普及していた。


 そして、火の国:イズモは地の底から湯が沸き立つ土地柄であり、その湯を用いて【温泉】を敷設している宿屋が数多く存在したのである。この大神殿のあるオダニの街は温泉街としてもポメラニア帝国内では有名であったのだ。


 ロージーたちが2年間過ごした一軒家の一番近くの町では残念ながら、温泉施設が存在しなかったために、せっかく火の国:イズモにやってきたというのに温泉を味わう機会がまったくもってなかったのである。


「ふう……。気持ちいい……。このまま、お湯に浸かっているだけで寝ちゃいそう……」


 ロージーは湯舟に身体をすっぽりと浸からせていた。このちょうど良い湯加減が、ここ2年余りに蓄積した疲労が全て湯の中に溶けだしていきそうであった。


「ふんふん、ふ~~~ん」


 ロージーは心地よい気分のために、つい鼻歌交じりになってしまうのである。他の湯あみ客がいるというのに、その鼻歌は止まらないのであった。


「あんらまあ。なんともご機嫌なんねー?」


 湯あみ客の女性がひとり、ロージーの横にそっと滑り込むように湯舟の中に浸かるのである。


「え、ええ。足を延ばせるお風呂なんて、すっごく久しぶりなんで……」


 ロージーはその女性に声をかけられて気恥ずかしく思ってしまう。だが、その女性は、うふふと笑い、気になさんねー? と気配りしてもらうのであった。


「よーーーく、身体をキレイにしておくんねー? 今夜はお楽しみなんねー? あたしも旦那のために身体を清めているんねー?」


「うっ、あのその……。それは何と言うか……」


 ロージーはつい『制約』のことを思い出すのであった。なんで自分はクロと『誓約』を交わす時に『結婚するまで清い関係でいましょ?』と神に『約束』してしまったのだろうかと……。


(クロはよく我慢できてるわよね……。ごめんね、クロ……。わたしとエッチなことをしたかったよね……)


 ロージーは湯舟にどっぷりと浸かり、口でブクブクと泡を立てるのであった……。

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