第3章:コッシローとの邂逅

第1話 趣味の共有

――ポメラニア帝国歴258年 10月3日 火の国:イズモにて――


 ローズマリー=オベールが火の国:イズモに流刑になり早2年が経とうしていた。そして、今年も10月に入ると、ポメラニア帝国内領土の各地では秋の収穫を祝う【収穫祭】がおこなわれていた。もちろん収穫祭はローズマリーやクロードが住む火の国:イズモでもおこなわれている。


 ローズマリーたちは近くの町や村で3日後からおこなわれる1週間続く収穫祭を彼女らの生業とする生花売りの書き入れ時と定めており、前々から準備を整えていた。


 彼女たちは冬が終わり、雪解けを待ってから一軒家の庭を飛び越えて荒地を整備し続けていた。彼女らの住む一軒家の周りは誰かが買い取っている土地でもないので、一応、近くの町役場にて、生花の育成・栽培に使って良いかどうかの確認と許可だけはもらっていたのである。


 もし、何かに使用する場合はきみたちが丹精込めて耕した土地は取り上げになるがそれでも良いか? との役人からの提示はあったものの、それでもかわまないとローズマリーは役人の持ってきた書類に承諾を示すサインをするのであった。


 ローズマリーたちの住む一軒家の周りでは、頻度は高くないものの、中型の魔物が1か月に1度は出没するような土地だ。そんなところで生花を育成すること自体が危険極まりない行為である。役人としては、そんな土地を耕してもらっても、いつ魔物に耕地を荒らされるかわかったものではない。それゆえか、ローズマリーたちが結構な広さを生花育成用に耕し終えても、役人がその土地を差し押さえるようなことはしなかったのであった。


「うんっ。わたしの予想通りだったわね。もし、これが水の国:アクエリーズだったら、間違いなく、汗水たらして耕した土地は没収されていたはずだわ」


「まあ、自分たちが買い取った土地でもなんでもないからな……。町の役人がおめこぼししてくれたって言うよりも、普通の庶民や農家じゃ、もし魔物が出ても対処できるわけじゃないしなあ? 俺、武芸の鍛錬を欠かしてなくて良かったぜ」


 どこの国でも、町の住人が所有する畑を守るのは町の警護が担当することになっている。しかし、それはあくまでも野菜泥棒といったイノッ・シシに代表される小型の野生動物やニンゲン相手を担当することであって、魔物退治をするために町の警護が派遣されているわけでは無い。


 魔物が町の近くに出没した場合、駆り出されるのは【冒険者ギルド】と呼ばれる組織に所属する【魔物狩人モンスターハンター】たちである。読んで字の如く、魔物狩人モンスターハンターは魔物専用の狩人ハンターである。決して、野山にうろつく小動物を狩るための組織団体ではない。


 野山にうろつくクマーイノッ・シシ鹿シッカ、兎などは田畑に大きな食害を起こさぬ限りは討伐の対象とはなりえない。もちろん、その美味い肉を狙っての【狩猟者】という職業の者たちも存在する。しかし、そんな彼らも町役場で討伐依頼を出されてから動くのがもっぱらだ。


 野山には野山の掟があるのだ。誰かが所有しているわけでもない土地であっても掟は存在する。その掟はニンゲンたちとヤオヨロズ=ゴッドとの『約束』が所以ゆえんとも言われているのであった。


 クロード自身は腕が立つため、冒険者ギルドで魔物狩人モンスターハンター登録をしているし、当然、狩猟者としても登録してる。彼の師匠であるヌレバ=スオーも同様だ。クロードは少しでも生活費の足しになればと思い、この2つの職業に従事しているのであった。


「えっと……。ハギ、ススキ、クズ女郎花オミナエシ藤袴フジバカマは順調に育ってくれたわね……。撫子なでしこ桔梗ききょうは2日後に開花ってところかしら?」


「どうせなら、菊、竜胆リンドウ秋桜コスモスも育てたかったところだったけど、今年の夏は魔物が頻繁に出没しやがったしなあ……。もっと耕地を広げたかったけど、そっちに俺が時間を取られちまったから……」


「まあ、良いんじゃない? これ以上、耕地を広げたら、いくら優しいお役人でも土地の使用料の徴収もしくは土地自体の接収をしてくるはずよ? ニンゲン、『過ぎたるはなお及ばざるざるがごとし』という言葉があるのよ。やり過ぎないくらいが調度良いっていうまさに金言ね」


 クロードは、ロージーはさすが元オベール家の令嬢なだけはあるなあと感心せざるをえないのであった。ロージーは男爵位の一人娘なだけはあり、両親から教育もしっかりと施されている。ロージーは火の国:イズモにながれてきてからここ2年余り、生花を育成していない時は、しょっちゅう、本を読んで過ごしている。


 ロージーがご令嬢時代は、時折、舞踏会に出席するために屋敷に講師を招いてダンスの練習をしていたものだが、そのダンスの練習時間がすっぽり空いたために、読書の時間が大幅に増えたという事情がある。


(すっかりロージーは本の虫になっちまったよなあ。読むのに集中しすぎて、俺が話しかけても気付かないこともあるしな……。まあ、こんなロージーにとってつらい庶民の生活でも、オルタンシアさまの容態が良くなっていくに連れて、ロージーに笑顔が戻ってきているだけでも良しとするべきか……)


「ロージー。この書き入れ時が終わったら、俺にも何か本を紹介してくれないか?」


「ん? クロって、本を読みたいの?」


 ロージーが花の育成を促す魔術を一旦止める。そして、隣で一緒にしゃがみ込みながら花の世話をしているクロードの方に顔だけを向けて質問攻めにするのであった。


「クロは本を読むならどんなジャンルが好みかしら? 恋愛、冒険譚、英雄譚、戦記譚、あとホラーなんかもあるわね? うーーーん。詩集はクロには向いてないかも……。あれは著者が【俺様は教養人だ】ってことを自慢しているような類が多いから……。クロには共感しづらいかもね?」


 ロージーが次々と挙げてくるジャンルに、つい戸惑ってしまうクロードである。クロード自身としては、ロージーとの会話における話題提供になればと軽く考えていたのである。しかし、ロージーとしては、恋人と同じ趣味を共有できることが嬉しくて、思いっきり前のめりでクロードに言い寄るのであった。


「恋愛ものなら『ゲン爺物語』かな? んで、英雄譚なら『蒼星伝』。ちょっと刺激が強いけど、クロなら大丈夫かな? 冒険譚は『ルーの尾羽』が今、流行りだったような? 戦記譚が好みなら『戦国の世センゴク・パラダイス・ナーガの野望』を読むことをお勧めするわよ?」

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