第4話 最初の印象
そんなクロード=サインの心配もよそに、ローズマリーは湖に向かってキャッキャと歓声をあげながら小走りで向かって行く。
水の国:アクエリーズは平地となだらかな丘陵が大きく広がり、そこを
しかし、やはりそれでもいくらかの林や森は残された形となっている。その数少ない森の湖畔の
ローズマリーは靴と靴下を脱ぎ、薄紅色を基調としたワンピースの裾をめくって湖の水際で、足を水につけては喜んでいた。
「やっぱり夏真っ盛りなだけあって、湖に住む魚たちが活発に動いているわねっ。きゃっ! 足を小魚たちがつついてきて、くすぐったいっ!」
彼女のやや肉付きの足りぬ白い足に、湖にすむ小魚たちがつんつんとついばむ。小魚たちにくるぶし辺りをついばまれるたびに、ローズマリーはくすぐったくなり、つい足元がふらついてしまう。
クロードは態勢を崩しかけているローズマリーを救おうと、ふくらはぎの中ほどまである革靴も脱がずに、ローズマリーへと駆け寄っていく。あわや、水際で尻餅をつきそうになっているローズマリーをすんでのところでクロードは彼女を半ば抱きかかえる形で支えとなる。
「ク、クロ。ありがとう……」
ローズマリーはお姫様抱っこに近い形でクロードに自分の身を支えられてしまったため、クロードの顔が自分の顔に最接近していたのであった。
(これはついに口吸いタイムなのかしら……。それから、わたし、クロに押し倒されて……)
だが、クロードはそんなローズマリーの気持ちも気づかないのか、彼女を抱きかかえたまま、水際から離れて、彼女を草の上にゆっくりと座らせる。
(あ、あれ……? 普通、若い男女がこんなシチュエーションになったら、口吸いをするモノじゃないの!? クロって、もしかして、わたしに興味がない!?)
そんなローズマリーの乙女心をまったく理解してないのか、クロードは彼女の身体から手を離し、少しばかり距離を取る。
「す、すまん。ロージー。ちょっと、ロージーを支える時に身体のどこかをひねったのか、痛みを感じてさ?」
クロードがそう言うと、自分の手で腕や背中、さらには腰をさすり出す。
「し、失礼ねっ! まるでわたしがとっても重いみたいに聞こえちゃうじゃないのよっ! もっと
ローズマリーは非難の色を込めて、クロードに抗議する。クロードは、しまったなあと苦笑にも似た表情になりながらも、未だに身体に痛みを感じるのか、入念に自分の身体の節々をさすっているのであった。
「おっかしいなあ? どこか筋肉の筋を痛めたってわけじゃなさそうなんだけど、ピリッピリッていう感覚がなかなか抜けないなあ?」
クロードは、苦笑の表情から、次には自分の身体に起こった現象がよくわかないぞ? という不可思議な表情に移りかわっていく。そのクロードの表情をつぶさに観察していた、いや、クロードの唇を意識していたといったほうが適切なローズマリーまでもが、どうしたんだろう? とクロードにつられて不可思議な表情に変わっていく。
「クロ……。もしかして、日ごろの鍛錬が行き過ぎて、身体のあちこちにガタが来ているんじゃないの?」
「うっせえ。俺はまだ25歳になったばかりだっての。そりゃ、ロージーよりも10歳も年上だが、街で杖をついて歩いているようなご老人と一緒にするんじゃないっ!」
クロードの冗談がツボに入ったのか、ローズマリーが口元を両手で軽く押さえながら、くふふっ! と噴き出してしまうのであった。
「ニンゲン族って、すぐに老化しちゃうもんねー。あたし、ママがエルフだったことに感謝しないといけないかもー? 10年後には杖をつかないと歩けなくなっちゃうことになりそうだしー?」
ローズマリーの父親であるカルドリア=オベールはニンゲン族であり、その妻のオルタンシアは生粋のエルフ族であった。そんな2人から産まれたローズマリー=オベールはハーフエルフなのである。
「いくら、ニンゲン族でも25歳で杖なんかつかないわっ! 一応、エルフ族に次ぐだけの半長命族だぞ、ニンゲン族は。多分、俺は60歳になっても、杖をつく生活を送る予定にはならないからな?」
「それならいいんだけどねー? わたしが50歳になった時に、クロが杖をついてたら、やだなー? クロ。歳を取っても、ちゃんと身体を鍛えておいてねー?」
ロージーが50歳になった時は、自分は60歳か……。ってか、35年も先のことをなんで今から心配する必要があるんだとクロードは不思議でしょうがない。その不思議に思う心がクロードの顔にそのまま出てしまったのか、ローズマリーは唇を尖らせてしまうことになる。
「クロはわかってないなー。今のは、わたしが50歳になっても、クロと一緒に生活しているって意味なんだよ? まったく……。なんで、こんな朴念仁をわたしは好きになったんだろう。今からでも『婚約破棄』出来ないのかなあ?」
ローズマリーの言いに、クロードはうぐっと喉を詰まらせてしまう。これは誰の眼から見ても、明らかに落ち度はクロード側にある。クロードの欠点として、相手の心情を言葉のみから察することが苦手なところがあった。
あからさまな嫌みなら、鈍いクロードにも察することは出来るのだが、自分に対しての好意については察しが悪い。
その欠点が災いし、ローズマリーが自分のことを好いていることに気づいたのは約1年前だったのである。
「本当、クロのほうから、わたしに『好きだ、愛している。きみを離したくないっ!』って、言ってくれると思っていたのになあ?」
「い、いやな? ロージーと俺の間柄って、オベール家の当主の娘と、その従者兼護衛役じゃないか? だからと言ったら変だけど、ロージーが俺に対する気持ちは信頼ゆえだと思っていたわけで……」
「言われてみれば、そうね。クロに対してのわたしの感情は最初の頃は、眼つきの悪くて、態度も悪くて、わたしを本当に守ってくれるのか? って疑念ばかりだったわね」
なんか、最初の印象は散々に評価が低かったんだなと、クロードは今更ながらにローズマリーに教えられてしまう。確かに、風の国:オソロシアから、水の国:アクエリーズにやってきたばかりの時の自分は、あまりヒトに対して印象が良くなるような態度を取っていなかったなあと、クロードは思い返してしまう。
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