スカートのなかのひみつ。

宮入裕昂/電撃文庫・電撃の新文芸

スカートのなかのひみつ。

第一章

第一章〈1〉天野 翔

第一章




あま かける




五月五日




 GWゴールデンウイークの大通りはにぎやかだった。


 パンプスのもうした靴底さえもはずむ。ショーウィンドウに自分の姿がえている。ロングヘアのゴールドブラウン、チュール・スリーブのアーガイル、フレアスカートのワインレッド。前髪を整え、ベストなアングルで笑みを投げかける。


 ──瞬間、初めて化粧をほどこした鏡の中の自分を思い出した。




 始まりは音だった。


 空を見上げ、風に耳を澄ます。風は音色を帯びて次第にふくらみ盛大なクラシックへ取って代わる。このせんりつは……聞いたことがある。


 ──瞬間、姉のスカートでダンスに興じた三年前を思い出した。




 予感がした。


 遠い風のうなり。うなりは質量をまとって建物をこすり、重く強く背中をたたく。押し出され一歩踏み出す。風がまたしたける。叫ぶすきもない。スカートが音を立ててめくれ中身がさらけ出される。


 ──瞬間、のがれられない女性特有の無防備さを思い出した。




 ごうかいだった。


 中身丸出しのままワインレッドの視界におぼれる。押さえ込むも台風に立ち向かうかさみたいにひっくり返っていうことを聞かない。あらがいつつ穿いているパンツの色を思い出そうとした……指先がふとかんに触れる。


 ──瞬間、自分は〝おとこ〟なのだと思い出した。




 失いたくなかった。積み重ねてきた努力がかいしていくかんひざふるえた。


 顔を上げるや、僕を取り巻くかんの正体が分かった。こちらをぎようする何者かに見覚えがあった。同じクラスの男子だ。自転車にまたがり、段々と近づいてくる。


「お前、あまかけるだろ?」


「ぁの……違います」


 テンパって地声をひねり出す。そいつは「やっぱりな!」と大喜びだ。


 あっさりバレてしまった。女装を始めて四年目、高三の五月……ついくずれた。


 男の名はさかこうしん。その名の通り〝好奇心〟に足が生えたような男だった。まさにやつかいせんばん。今、地球上で最も相手にしたくない人間だ。


 なんせ僕の知ってるさかという男は、〝女性下着の内側にイチモツを忍ばせるようなクラスメイト〟に対し、「ごきげんよう」のひとことでスルーしてくれるほど空気の読めるやつではない。


「なあ」


 放心しているとぐいぐい迫ってきた。笑っている。


「今からお茶しない?」




 まさかナンパされるとは思わず、僕はさそわれるがまま近くのファミレスへ移動した。


 落ち着こう。まどぎわの席に着きながら自分に言い聞かせる。いつも通りでいいんだ、と。


 ご注文はお決まりでしょうか? としの女性店員がオーダーをかす。祝日とあって店内は混んでいる。さかそらで次々とメニューを読み上げ、僕はしそうなパフェを注文した。


いちごシュー・ホイップキャラメルパフェ一つ」


 の声で注文する。さかが身を乗り出す。


「どういうカラクリだ?」


 僕の声に驚いている。


「練習したんだ」と地声。


「私ってすごいでしょ」と女声。


 すげえすげえと何度もうなずさか


「俺を〝ブタ〟とののしってくれ」


「お前みたいなブタは靴底に付いたガム以下よ!」


 さかは大喜びだった。何がそんなに楽しいんだろう?


 僕はつまらない。家に帰りたい。いや土にかえりたい。


「女装は趣味なのか?」


「そうだけど……毎日やってるわけじゃない」


 僕はにぎやかな店内でただ一人、ぶつちようづらだった。意味のない弁解が子供じみててむなしかった。


「すげえな、マジですげえよ。女にしか見えなかったしさ。スカートめくれた時の顔最高だったぜ? 俺さ、れちゃったんだよ、その時のあまに」




 少しさかの話をしよう。


 彼と出会ったのは一年前、二年へ進級した春だった。


 その体型は優に百キロを超す巨漢……もとい〝デブ〟きわまりなく、ぜいにくからはみ出し机をきしませ、体育以外は寝てるかブーブーうなることで空腹をごまかす、まさにデブの申し子みたいなやつだった。


 クラス替えで一緒になった大男は授業初日にさっそくこくし、「道端でうずくまっていたおばあさんを助けていた」とおおな顔で言い訳したがなんと本当のことだった。


 さかはお礼にもらったしきいっぱいのまんじゆうをクラスみんなに配って歩き、手渡すたび楽しそうに自己紹介した。


「俺の名前はさかさかこうしんだ」


 つまり進級できなかった、ということらしい。理由は分からないが、留年生の多くは成績不振か登校不足のはずで、そうなった者は学校をやめる場合がほとんどだ。


 やめなくてもめず孤立しそうなものだがさかはここでもじよういつしていた。


 彼はいわば〝モテるデブ〟の要素を備えただれだった。


 人を笑顔にさせるユーモアがあり、楽観的でお調子者。先生の寒いギャグを誰より大きな声で笑った。さかが笑うとみんなつられて笑いだす。親しみやすさが留年というへだたりを取り除いてくれたのは確かだった。

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