時空の異端者〈6〉
「
敵の指揮官が命令を下し、火竜達が一斉に炎を吐く。たったそれだけで、外側の城壁が春の雪のごとく溶解してゆく。
「……始まってしまったか」
黒い髪にヒゲを蓄えた男がつぶやく。その鍛え上げられた肉体に立派な装飾が施された鎧を着込み、腰に白銀の長剣を差している。その右頬には鍵の紋章が浮かぶ。
敵兵に囲まれた城門を見つめながら、アレン=ブラムド=シルジア公爵は
五年前、皇都がローエンブルクの神獣の攻撃を受け、敬愛する皇帝陛下と共に国は滅んだ。しかし家族と領民を守るため、シルジア公領は独立を宣言。以来公爵はあらゆる手を尽くしてこの地を守り抜いてきた。
だが、それも終わりだ。
火竜の炎は鉄をも溶かす。矢は触れる前に燃え尽き、
交渉のために送った使者は、話す間もなく斬り捨てられた。魔力塔からもたらされる膨大な魔力で
神の加護としか思えないほど吹き荒れていた風雨も突如
公爵は控えていた側近達の横を抜け、歩を進める。
「閣下、どちらへ……?」
「私も戦う」
「なっ!? なりません! ここは我らに任せてお逃げを……!」
「その逃げ道を切り開くために私が行くのだ」
公爵は地下通路から逃した少女の顔を思い出す。亡き妻が残した忘れ形見、先月十四になったばかりの愛する娘──フラミリス姫だ。
「これまでの奴らの所業はお前達も知っていよう。敵は我らの家族や領民を誰一人とて生かすつもりはない。フラミリスも地下通路を通って無事逃げおおせているだろうが、万一という事もある」
「逃げ道があるのでしたら、なおの事閣下がお逃げになるべきでは……っ」
側近の言葉に公爵はかぶりを振る。そして腰の長剣を抜き──
「宝剣パルクラヴィスよ。我がシルジアの血の盟約に従い、その力を示せ!」
その直後、公爵の持つ長剣に魔力の光が宿った。
魔力塔と共に神話の時代より伝わる神器で、シルジア公国が誇る宝の一つである。
「古の契約により、この宝剣を扱えるのは鍵の紋章を持つ我が血族のみ。この首を討ち取れば、敵は我が子らを殺す事が出来なくなる。私が死んだら、敵の指揮官にその事を伝えよ」
「閣下……」
「後事はお前達に託した」
そうして振り返る事なく城門前まで行き、公爵は馬にまたがり宝剣を構える。
門の中で待ち構える味方の兵は千にも満たない。疲弊したこの国に正規兵などは百もおらず、戦える領民をかき集めて何とかそろえた即席の兵達だ。魔術を修めた者に至っては片手の指で数えられるほどしかいない。
彼らの先頭に立ち、公爵は馬を走らせた。
「ローエンブルクの侵略者ども! 貴様らにくれてやる物など、我が領地には草木一本とてありはせぬ! どうしても欲しくば私を倒してゆけい!」
宝剣で炎を切り裂き、放たれた魔法の刃が火竜の首を
「公爵様に続け!」
味方の兵達が決死の覚悟で走り出す。崩れた城門から
そんな彼らを尻目に、十の騎兵と共に公爵は敵陣で宝剣を振るう。
「どうした! ローエンブルクの力はその程度か!?」
敵を挑発するも、その勇猛さに敵兵は為す術なく
狙うは敵の指揮官だ。
命を捨てる覚悟をしたとはいえ、公爵もただでくれてやるつもりはない。混戦に持ち込んで火竜を使えなくし、指揮官さえ斬り伏せれば、この大軍を混乱させる事も可能なはずだ。
だが──
「ブレスを放て!」
「なっ!?」
猛烈な熱波が押し寄せた。
火竜の吐いたブレスがローエンブルク兵もろとも焼き払い、公爵達に降りかかる。
「ぐぅぅ……」
焼け焦げた小手を外し、大地を蹴る。繰り返し放たれる炎のブレスを宝剣で切り払い、迫り来る火竜を刻んでゆく。
だが何度倒そうと魔術師によって召喚され、火竜はその数を戻してゆく。これではいくら倒してもキリがない。満身
(もはやこれまでか……)
燃え盛る火竜のあぎとを見ないよう、うつむく。
元よりこうなる事は覚悟の上だったが、それでも敗北の悔しさは拭い切れない。公爵は心の中で家族や領民達に謝罪の言葉をつぶやき、歯を食い縛る。
その時だ。
「
声が聞こえた直後、迫り来る炎が二つに割れた。
公爵が驚きに目を見張る。
眼前に出現したのは、青い鉱石が埋まった透明な鎧、人を倍するほどの
「火竜を倒せ!」
召喚者であろう少年の命令で、鎧の彫像達が駆け出した。敵を目掛けて水晶の大剣が振るわれるが、硬い
火竜が再びブレスを吐いた。赤熱しながらもそれをタワーシールドで防ぎ切り、炎が途切れるや再び大剣を振り上げる。
「アーシェ、援護してくれ!」
「ほい!
横合いから現れた獣人の少女が赤い短剣を掲げた直後、水晶の大剣が異音を奏でて震え出した。
鎧の彫像がそれを燃える
あっという間に全ての火竜を斬り伏せられ、敵も味方も関係なく兵達に動揺が走った。
敵の魔術師達も
だが──
「そうはいかないわよ、
「ぐあっ!?」
更に別の少女が魔法を放つと、魔術師達がうめき声とともに倒れた。まるで腕を失ったかのごとく
「て、撤退! 撤退!」
火竜と魔術師を無力化され、人外の騎士達に巨剣を向けられては、数で勝る敵軍もさすがに戦意を失ったようだ。潮が引くように敵兵達が逃げてゆく。
何が起きたかもわからぬ内に戦いは終わり、先の少年少女が公爵の前に立った。
「貴殿らは……一体……?」
「安心してください、俺達は味方です」
公爵が運ばれていくのを見て、エリオットは一息
クォーツナイトを砂に戻し、魔導核を回収する。
「うまくいったみたいだな」
「下級の竜はそんなに強くないからね。ペットで飼う人もいるくらいだし」
「本当かそれ? あいつら人間の倍くらいの大きさがあるぞ?」
「だって実際にいたんだもん。冬は暖かいらしいよ、お風呂も沸かせるし。ちなみに飼い主は私の研究室仲間の一人。属性を持つ竜の
「あんなでかいトカゲをペットにする奴の気が知れん……」
そう言いながら、エリオットは真新しいブラムド古城を見上げる。
脳裏に浮かぶのは、先ほど火竜を斬り倒した白銀の魔法剣だ。エリオットの目をしてもかなりの逸品だと見受けられた。
「あのおっさんが持っていた剣、ソブルム魔導学院の学位授与式で見た覚えがある」
「宝剣パルクラヴィスだね。シルジア皇国の皇帝陛下だけが持つ事を許されてて、叙勲式とかでも使われてるものだよ。魔力塔を制御するための鍵で、古の契約により鍵の紋章を持つ皇族にしかその力を引き出せないとか」
「古の契約……ってなんだっけ?」
「神話の時代に皇帝陛下のご先祖様が、魔力塔を建造した大賢者と交わしたとされる契約の事だよ。それによりシルジアの地は魔力に富み、栄えたって。というかこれ知らないって、歴史の単位取れたの……?」
「取れてなかったら俺は留年して今ここにいないだろ」
歴史はギリギリだったけどな、とエリオットは自嘲する。
そんな風に雑談をしていると、ラキアが歩いてきた。
「こっちは大体片付いたようだけど、お姫様は大丈夫?」
「護衛にココを置いてある。今は森で寝てるよ」
「そう、ならそっちはいいわ。で、今後のあたし達のプランはどうなってるのかしら?」
「とりあえず飯食って寝たい」
「それは魅力的な話だけど、他にやる事があるんじゃない?」
「俺は徹夜明けで眠いんだ。魔導工学のレポート提出が明日までだったんだよ」
「あっそ。提出期限が千年も伸びて良かったわねー」
「良いわけあるか! あれは召喚術学会に提出するやつなんだぞ。俺の創換術が華々しく世にデビューするために必要なレポートだったのに……」
「よしよし、かわいそうにね」
背伸びして頭を撫でて来るアーシェ。エリオットは
「……創換術は世界を変えるほどの革新的な魔法技術なんだぞ。これが普及すれば俺は大魔術師に出世して、エリートコースまっしぐらだったんだ」
「エリオット君って意外に俗物ねぇ」
「ああそうだよ、俗物だよ俺は。今
「じゃあ……あたしも慰めてあげようか?」
そう言ってラキアは恥じらうような仕草でスカートの裾を持ち上げた。実に扇情的なポーズである。
「ダ、ダメだよ! 不純異性交遊は学則で禁止されてるの!」
「安心して。あたしは学院の人間じゃないから禁止されてないわ」
「そんな
「……俺が悪かったよ」
エリオットは疲れた顔でうなだれた。
「ひとまずシルジア公国と交渉しようと思ってる」
「何の交渉?」
「衣食住の。対価は国防だ。俺達は母国を守りながら生活出来るし、あちらにとっても悪い話じゃないはず」
「未来へはどうやって戻るつもりかしら?」
「現状、ソブルムの書が頼みの綱だな。どうにかして封印の解除方法を探そう」
千年後の母国を思い返しながら、エリオットは戦後処理に追われる兵士達を眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます