33.曰く、はじめてのおつかい。


昔よく、テレビで見た海外の露店街を思い出す。

色とりどりの食器や果実。肉や野菜や、よくわからない品物たち。そうした雑多なものが所狭しとひしめいている光景とは、まさしく別世界という感じがして、自然と気分が盛り上がる。


居並ぶ店々の中には揚げパンのような軽食や、水あめのような駄菓子の類もあれば、さながら夏祭りの夜店のようであった。

風に乗って漂う砂糖とバターの甘い味。

食欲を誘う、誘惑の香りにシキミは思わず大きく息を吸った。


さて、どれを買おうか。


依頼の確認ついでに銀貨を冒険者カードに登録しようかとも思ったのだが、露店では硬貨のほうが使いやすいですよと言われてしまったので、まだ手に持ったままである。

丸い金属は手のひらに握りこまれて、人肌にぬくくなっている。

──ちなみにピンとくる依頼はなかった。


「よぉ、そこの可愛いお嬢ちゃん。アイスあるよ! どうだい? 食べていかないかい」

「味は?」

「バニラ、イチゴ、チョコ、リンゴとモモだ!」

「お値段は!」

「お嬢ちゃん可愛いから銅貨一枚おまけして、一掬い銅貨二枚でどうだい?」

「買います!」


声をかけてきた元気のいいおじさんが、こっちこっちと手招くものだからつい足が向かってしまった。

この世界でもアイスがあるのかと近づけば、ソフトクリームというよりはジェラートに近いそれが寸胴鍋のようなものに入って冷えていた。

掬ってコーンに乗せるのだろう、アイスクリームディッシャーを片手に、カチカチと鳴らしているのが面白い。


「手持ちが銀貨しかないのだけれど、大丈夫ですか?」

「……おっ? お嬢ちゃんさてはイイトコのご令嬢かな?……大銅貨があるだろう? お釣りはそれで渡すから平気さ」

「だ、だいどうか……」

「おう、一枚ありゃ銅貨十枚と同じよォ」


俺達にとっちゃ銀貨のほうが珍しいぜ、と朗らかに笑われては確かにと頷く他はない。

しかし、よくよく考えてみれば当たり前の話ではある。数が必要な硬貨であれば、五円玉なり、五百円玉なりが必要にもなるのだろう。

おかげさまで、私はすっかり深窓のご令嬢扱いなのだが、世間知らずとなじられるよりはマシだ。


それにしても、貴族かもしれない人間に、そうとわかった上でこの軽口、この態度。どうやらこの国の貴族と平民の距離は近いらしい。それが良いのか悪いのか、シキミには判断ができない。

そういえばその辺りの話はできずに、否、聞けずに彼らは出かけてしまった。帰ってきたら詳しく聞きたいのだが、さて、それまで覚えていられるかどうか。


「あはは、うっかりしてました。寝起きだからぼぉっとしちゃって。……チョコレートいただけます?」

「はいよ──お釣りは大銅貨九枚と、銅貨八枚な。まいど!」

「ありがとうございます!」


銅貨より一回りか二回りは大きい銅貨を貰い、握ったそれをスカートのポケットへと放り込む。

そのうちこんな財布も必要かな、と胸元を見下ろせば、ピンクの蛙の顔がお使い代を飲み込んでケロリと揺れていた。


すっかりフリーになった右手でしっかりと掴んだコーンから、ひんやりとした冷気が伝う。

ひとくち口に含めば、しっかりとした甘さにココアの香り。ちゃんとした、濃いチョコレートの味がするものだから、この世界のスイーツ基準には否が応でも期待が高まる。

舌触りは柔らかで、ソフトクリームとジェラートの混じったような不思議な食感。未知の感覚が舌を優しく撫でてゆくのが面白い。


やっぱり何もかもが同じではないんだ、と、今更ながらの感想をアイスと共に口に含みながら、シキミはまたキョロキョロと周囲の物色を始めた。

アイス片手に観光の、気分は気楽な旅行客だ。



そんな風だから、まぁ、気がつくのに遅れた、というか。

正直視界にも入っていなかった。



どん、という衝撃と、遅れてやってきた「やってしまった」という気持ち。

漫画によくある「高かったんだぞこの服、どうしてくれんだ!?」という展開が脳裏を駆けめぐって蜷局とぐろを巻いた。

頼れる保護者たちは不在だというのに、一体自分はどうなってしまうのだろうと不安に怯えながら、シキミはとにかく目の前の天使君──否、少年に謝ることに決めたのである。


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