31.曰く、全自動攻撃装置とか。

 

「良いですか? 軽いから簡単に扱える、まではいいですね?」

「はい、先生ウィスター!」


 ベットの上に腰掛けたまま、シキミは素早く敬礼する。

 上げるべきは右手か左手か忘れたが、まぁやっておけばそれっぽく見えるだろうという安易な考えの元行われた行為は、ウィスタリアの小さな溜め息によって無に帰した。


「口で説明するのも結構ですが、実際にやったほうが早いでしょう」


 そう言うが早いか、鋏に手を置いた彼の姿が幻のようにかき消えた。

 手元に残る巨大な鋏は、シキミの膝の上に横たわったままピクリとも動かない。


「う、ウィスター……??」

『──マスター。を持って』

「なに!? ウィスター、何処にいるの?」


 突然頭に響くウィスタリアの声、頭蓋の中から震わせるような、鼓膜を通らぬその音に、シキミはわずか震えた。

 鋏の指穴リングを覆う炎が、早く持てとばかりに轟と大きく膨らむ。


 お盆でも持つように両手で指穴リングを掴み、切っ先を前に緩く構えれば、相変わらず重さのない鋏が、グイ、と勝手に動き始めた。


「エッ……えっ!?」

『貴女がそれらしく動けば、事は済みます』


 突き出された切っ先に、胴を貫かれた蛾が一羽。

 持ち手を引けば、花弁はなびらのように地に落ちて絶命した。


「──わかりましたか?」

「わ、わかりました……!」


 いつの間にか神器はシキミの手からせ、音もなく姿をあらわしたウィスタリアが、傍らに携え立っている。

 自慢気に細められた瞳は何よりも雄弁に「これで貴女も戦えるでしょう」と言っていた。


「何か考えはないんですか? 武器召喚を行う魔法があるなら、それに偽装したって良い」

「あっもう使うの確定なんですね、わかってました」

「…………マスター?」

「すみませんっ! ──名称はわからないけれど、インベントリみたいに物の出し入れができるポーチの存在は確認しました!」


 袋から取り出すフリをすれば、とシキミは物を取り出すジェスチャーをする。

 ポーチはつけていなかったから説明がつけられないが、袋なら話は別だ。ポケットに入れ、最初から持っていた事にすれば明日からだって使える。


「まぁ、貴女にしては良い考えなのではありませんか」

「貴女にしては、って……。前々から気になっていたのだけど。神器あなたたちが、やけに私に詳しいのはどうしてなんです?」


 一体、彼らは私の知らないシキミの何を知っているというのか。


 緩く持ち上げられた口角に、シキミの心臓がどくりと跳ねる。

 その空気に交じる、理由のわからぬ慈愛が怖い。


 「────すべてを」


 そう小さく呟いて、やや哀し気に伏せられた瞳には、一抹の寂しさと、愛おしさが小さく渦を巻いている──ように見えて。


 その妙に真剣な光に、シキミは何も言えなくなってしまった。


「貴女は知らなくて良いんです。知ることが全てではありません」

「そうは言っても……」

「言い方を変えましょうか、お馬鹿さん」


 白い手袋に覆われた手が、涙でも拭うようにまなじりを一度、優しく撫でて離れていった。


「──知らないままでいてください」

「そ、れは」


 次からはちゃんと神器わたしたちを使ってくださいよ、と言い残してウィスタリアの姿は消えた。

 瞬きをした瞬間消え失せた、その背に投げかけた「何で」の声は、静かな夜の明るい部屋の中に溶けてしまった。

 どうも、私の言葉はいつも置いてゆかれてしまうらしい。


「本当に──なに?」


 少し震えた声。一体私はどうしてこんなにもしているのだろう。

 あの、優しい仕草。

 酷く懐かしいもののような気もすれば、全く覚えのないもののような気さえする。


 知らぬは──怖い。怖いのだ。

 忘れころしてしまった、いつかの私がいるかも知れないということが、とても怖い。


 床に放置され、小さな命の抜け殻が、静かに朝を待っていた。

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