"世界樹機構"
篠岡遼佳
"世界樹機構"
今日はことのほか寒い。
世界樹の根元は、いつも冷気が保たれている。
男女はそこで白い吐息をつきながら、追いかけっこの最終地点、世界樹の根の中心までやってきた。
そこには、男の用意した、炸裂魔法の詰まった爆弾が設置してある。
「いいこと、死んじゃだめよ。どうせ死んだら爆発するようにできてるのは知ってる。あなたが死なないように医療チームも待たせてあるわ」
「さすがは、婦警さん。――その制服似合ってるね」
そう言って花束を寄越す爆弾魔。
「制服じゃないわ、花嫁衣装よ。あなたが一番よく知ってるでしょう」
婦警と呼ばれた女は、びり、とその純白で長い裾を手で裂いた。
こんなものは邪魔だというように。
「いいから早く爆弾を解除しなさい。なぜこの世界樹を狙っているの?」
「なあ、どうしてこうなっちまったんだろうな」
「あなたが私じゃなく、破壊を愛したからでしょう。おかげで式は最悪よ。なぜ今日なのよ、指輪に誓いたくなかったの?」
男はそれを聞いて、憤ったように叫んだ。
「俺たちはだまされてる。世界樹には俺たちの命が吹き込まれるから、世界はやっと安定を保っていられる。どうして、指輪に愛を誓って死ななければならない? 結婚という制度は、昔はまったく違うものだったそうだ」
「知っているわ、家族、という単位で暮らしていた頃の話でしょう。私たちはもうそんな風には生きられない。新しい命も、エネルギーも、すべて世界樹が生み出してくれる。そういう世界になってしまったのよ」
「そんなのごめんだね。君と一緒に死ぬのも悪くないと思ったけど、だったら最後に大きな花火でも打ち上げて、世界ごと滅んだ方がいい」
女は静かな瞳で男を見つめると、ゆっくりと切り出した。
「――ねえ、これまで、そういう人たちがいたとは思わない?」
「え?」
「世界のために死ぬなんてごめんだ、という人たちが、たくさんいたとは想像つかないか、って聞いてるの」
「それは――つまり――」
女は頷く。男はうろたえ、一歩下がった。
「世界樹に仇なすものはみんな消えていくのよ。私たちは、人間だけれど、人間から生まれたものではない。世界樹に作られたもの。だから、すべてのことは世界樹に握られている」
「待ってくれ、じゃあ、俺がしたいと思ったことは何なんだ。そもそもなぜ世界樹を壊そうという思考が生まれるんだ」
「世界樹も、ひとつの思考でできているわけじゃないわ。生きたい、死にたい、生みたい、生まれたい、殺したい、殺されたい、そういう思いがすべて渾然一体となって、世界樹はヒトを作る」
そういって、ヴェールを地面に叩きつけた女が言う。
「あなたは消える」
「待ってくれ、君を愛しているのは本当なんだ! なぜ君はそれでも、世界樹と共に生きたいんだ!?」
「他に愛している人がいるからよ」
「――――!!!!」
「あなたじゃだめなの、ごめんなさいね」
花嫁衣装をすべて脱ぎ捨て、本来の婦警の制服になると、女は男に近づいた。
「さよなら、けっこう楽しかったわよ、あなたとの爆弾作り」
腰に下げたサーベルで男の心臓を正確に突き刺すと、その刃をひねった。
「世界樹機構は、世界樹のためにあるもの。私たちのためじゃない。世界そのもののためにある。それを忘れてしまうヒトが生まれるのも、また深刻なエラーのひとつね……」
彼女は根に寄り添い、目を閉じてため息をつく。
「世界そのものになれるなんてうれしいわ。指輪はないけれど、誓います。私は世界と一体となることを」
ばぎっ
根が幾重にも彼女を取り込み、一気にそれを狭めた。
ぽたぽたと雫の垂れる音がして、そして、また世界樹の根元は寒さだけの世界となった。
世界樹を愛するものが出るのも、またエラーである。
世界樹機構はヒトから学習し、大きく成長していくだろう。
世界はまたひとつ、生まれ変わるのだ。
"世界樹機構" 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka
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