遺跡の最深部

「お待たせしました。それでは参りましょうか……って、何をやっているのですか……」


 キセレと共に遺跡の内部の調査をしていたヘレナが柱の向こう側からひょいと顔を出し飛鳥たちに声をかける。が、その目に映る光景に呆れ返ってしまう。


 そこには遺跡の壁や地面の欠片を丁寧に積み上げた塔が三本建っていたのだ。


「いや、シェリアが積んでたのを俺が倒しちゃって……」

「うむ、俺たちも一緒に作っていたところだ」


 飛鳥とディノランテが答えた。その側にはそれぞれ、十二個、十五個の石が積み上げられていた。


 そして、その二人の後ろで今もシェリアが背を向け石を積み上げる。その高さは何と十九個、大記録である。


「シェリア、そろそろ行くぞ。お遊びもここまでだ」

「その言い方は、どこか咬ませ犬感がしますね」

「ほっといてください!」


 ヘレナに指摘され顔が熱くなる。自分でも気づかぬうちにその言葉を発したが、言われてみれば確かに噛ませ犬感が半端ではなかった。


 飛鳥の声にようやく立ち上がったシェリアは目が合うと、どこか不適の笑みを浮かべていた。そして、何を思ったのか飛鳥が積み上げた石十二個分の塔の前に素早く移動すると、右足を振り上げる。


「え、シェリア何して……」


 バコンッ


 飛鳥の声も虚しく飛鳥の塔はその蹴りにより無残に破壊されてしまった。


 ドヤ顔を浮かべるシェリアとポカンと宙を舞う塔の破片たち。そして、少しの間、沈黙が訪れた。


「どうだった?」


 未だ呆気にとられていた飛鳥にシェリアが尋ねる。


 だが、結局のところ、石詰みは暇な時間に興じたただの『お遊び』なのだ。「どうだった?」と尋ねられても「あーあ」ぐらいにしか思うことはなかった。


 きっとシェリアは一生懸命作ったものを破壊される辛さを飛鳥にも味あわせようとしていたのだ。そう考えるとシェリアのしてやったりな表情も頷くことができ、それで満足したのなら、それはそれでいいのかもしれない。


「それにしても、随分早かったのだな……」


 話を変えるようにディノランテがヘレナに声をかける。それは飛鳥も思っていたことだ。この遺跡の内部に足を踏み入れてからまだ四十分ほどしかたっていない。キセレのことだから飛鳥たちのことなど気にせずにもっと時間をかけると思っていただけに少し拍子抜けだ。


「あぁ、それなら重要そうな部分を映像結晶に収めたので問題ないです。後でまた詳しく見るそうです」

「映像結晶って確か写真みたいのが取れるやつだっけ?」

「そうだよ」


 飛鳥が映像結晶の詳細を何となくだが思い出しながら呟くと、今度はキセレが柱の向こうから顔を出し答えた。


「ま、写真と違って現像なんかは出来ないけどね。あと、静止画だけじゃなくて動画も撮れるよ」


 キセレはそう言うと一枚の透き通ったガラスのような板を取り出した。おそらく、それが映像結晶なのだろう。


「何ていうか、まんまスマホみたいだな」

「えっっ、スマホって今の携帯電話のことだよね!? 今は携帯で動画まで撮れるのかい!? すごい世の中になったもんだね~」


 キセレの目付きが変わり、飛鳥のポケット部分に釘付けになる。珍しいものが大好きな情報マニアのキセレにとって、スマホという現代の日本、いや地球全体に普及する道具は、とてつもなく興味のあるものなのだろう。


 だが、今ここで話を逸らさせるわけにはいかない。


 キセレの遺跡の内部での調査が終わったということは、いよいよ向かわなければならないのだ。


「店長、今はそれよりも優先すべきことがあるでしょう?」

「はっ、そうだった!」


 完全に頭からが消えていたキセレは指をぱちんと鳴らす。


「じゃあ行こうか……」


 キセレは踵を返し、首をぐるっと捻りながら飛鳥たちに向け口角を上げる。


「……最深部に!」



 ―――――



 遺跡の最深部。それは飛鳥たちが一度目に遺跡を訪れた際、遺跡中央の祭壇に偶然触れることで見つけた隠し扉の先にある場所だ。


 だが、飛鳥やシェリアはその扉に良い印象を持っていない。なぜなら、そこから突然現れた魔族に腕を貫けれ、シェリアは脳震盪を起こすほどの拳を顔面に喰らったからだ。そこで改めてこの世界の、そして魔族の恐ろしさを再認識した。


 その最深部に向かうのはキセレが遺跡の中を一通り見てからだと予め決めていた。それは、先に向かい、そこで何かを見つけたとしても飛鳥たちではそれが何かを判断することが出来ないと思ったからだ。


 そして、以外にもそれにディノランテも賛成した。この遺跡の真相について一番気になっているはずなだけに少しだけ腑に落ちない部分はあるが、彼本人がいいと言うのならば特にかにすることはないだろう。


 そして、飛鳥たちは隠し扉の先にある階段に足を踏み入れたのだ。遺跡の外と内部を繋ぐ階段はその特殊な壁が光を吸い込み一メートル先ですら闇に包まれていたが、最深部へと続く階段は逆に、何もしていないにもかかわらず、ぼんやりとした光を発し容易に進むことができた。


 そして、想像よりも早く階段を抜ける。


 だが、そこは真っ暗な空間で、その冷たい空気に飛鳥はつい固唾を飲んだ。暗闇とは人の恐怖心を容易に煽る。その目に映らない空間が飛鳥の心を恐怖に染めるのは簡単だった。


 その時、震える飛鳥の手がそっと包まれた。


「大丈夫。私も、いる」


 優しく、そして穏やかにシェリアが言った。飛鳥は自分の心にかかった恐怖がフッと抜け出るのを感じる。入口から僅かに注ぐ光がシェリアの横顔を照らす。何度も励まされたシェリアの笑顔に、自然と飛鳥の顔も綻んだ。


 そして、シェリアに続き、ディノランテが口を開く。


「少なくともこの場には変わった聖術気マグリアは見られない。そう気を張るな。疲れるだけだぞ」


 ディノランテもまた、飛鳥の心をほぐすように言う。先程は飛鳥といがみ合っていたが、根は心優しい青年なのだ。


「ヘレナ、頼む」

「はい」


 キセレが一言声をかけると、ヘレナは短く返事をし、後ろ腰から一本の金属の杖を抜いた。


「『光源ユグライン』」


 唱えると杖の先端がポッと光り辺りを照らす。しかし、その空間全てを照らすほどの光量はなく、ヘレナは更に杖に聖術気マグリアを込める。


 すると、杖の先端に浮かぶ『光源ユグライン』の光が徐々に強まり、やがて、それはその空間を覆うほどとなった。


 明るくなったその空間。そこは少し広いだけのただの部屋だった。机や椅子、本棚、他に思いつく物はあるが、その部屋にはその一切が存在しなかった。ただの何もない部屋。


 だが、その遺跡の最深部である部屋が何の意味もないことなどあるはずがなかった。


 なぜなら、入口の正面の壁。何もない部屋にただ一つ記された壁画だった。


 大きな巨人のような生き物に立ち向かう一人の普通の人間の絵。


 その絵を見た飛鳥は自然と外の壁画と照らし合わせる。そう考えると、どこか似通った部分があるような気がしてくる。


 だが、この場所に向かう前に思っていた通り、飛鳥にはそれが何を意味しているのか、どれほどの価値があるものなのか全くわからなかった。


 横に並ぶシェリアも似たようなことを思っているのか首を捻っている。


 ディノランテやヘレナも、それぞれ思うところがあるのか腕を組んだり、考え事をしているようだった。


 だが、その中で一人だけ、キセレだけが周りとは全く違った雰囲気を醸し出していた。顔を歪ませ、どこかガッカリした様子のキセレは、ふと飛鳥の視線に気づく。そして、口角を上げ不気味に笑った。


「何か……拍子抜けだね……」


 呟くように言ったキセレのその言葉は、思った以上にその空間に響き渡った。

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