さらなる真実①

「キセレ殿。拍子抜けとは一体どういうことなのです?」


 ディノランテがキセレの発言に疑問を抱き尋ねた。だが、そう思ったのはディノランテだけではない。飛鳥もシェリアも、キセレの元で働いているヘレナでさえ、キセレの言葉に首を捻らずにはいられなかった。


「あれは……」


 ディノランテの拳は固く握られ、震えに怒りの混ざった声で叫ぶように訴える。


「あれは、あの絵はこの大陸に伝わる魔族の古代兵器ではないのか!?」

「古代兵器……?」


 古代兵器。そう聞いて飛鳥は首を捻った。その単語やディノランテの焦りようから、それがとんでもない兵器だということは分かる。だが、異世界の一般常識に少し疎いところのある飛鳥には、その危険度がいまいち分かっていない部分も確かにあったのだ。


 飛鳥はその古代兵器の詳細について知りたいところではあったが、ディノランテやキセレにはとてもではないが聞ける雰囲気ではなかった。


 飛鳥は腕を組み横にいるシェリアに目を向けた。だが、シェリアも同じように疑問を持った表情をしていることから、それについて何も知らないことが窺える。


 というか、そもそも今いる場所は飛鳥たちが最初に異世界へ来た場所と同じ大陸なのだろうか。もし違うのであれば、シェリアが知らなくても無理はないのかもしれない。


(でも、六歳の頃から森に放り込まれてたんなら、そもそも知らない可能性もあるのか……?)


 などと考えながら、飛鳥は次にヘレナの方を向く。


 その視線に気付いたヘレナは、飛鳥の申し訳なさそうな笑みから何となく察した。そして、キセレと飛鳥の間で視線が何度か動き、物音を立てぬようにそろそろと飛鳥とシェリアの元に来る。


「あの兵器って何なんですかね? ディノは魔族が……って言ってましたけど」


 側にやってきたヘレナに飛鳥は尋ねた。


 ヘレナは「私も詳しくは分かりませんが……」と、指で下唇に触れながら口を開いた。


「……あれを完全な状態で起動させれば、この大陸を滅ぼすことが出来る、という話です」

「……」


 言葉を失った。腕を組み頭を抱え座り込む。大陸というあまりにも大きな規模に飛鳥は茫然自失となる。軽い気持ちでいた先ほどの自分をぶん殴りたい。


 そう思えば思うほど、キセレの言葉が引っ掛かる。


『何か……拍子抜けだね……』


 眼前に刻まれたか壁画が、もし本当にその古代兵器だとすれば間違っても『拍子抜け』という言葉は出てこないはずだ。


 だが、キセレはそれでも『拍子抜け』だと言った。それは、つまり……。


「落ち着いて、元殿下」


 キセレが詰め寄るディノランテに制止を呼びかける。それにより、一度は引き下がるディノランテだが、興奮冷めやらないのは変わらない。


 それもそうだろう。大陸を滅ぼすほどの兵器の存在が、シリュカール王国の近隣で見つかったのだ。元ではあるが王子であったディノランテにとって、この状況が由々しき事態なのは明白だ。


「分かってるよ。これがどんなモノなのか。でもね……」


 キセレは壁画に目を向けながら静かに口を開いた。そして、飛鳥はこれからキセレが発する言葉を何となく予想する。いや、予想できてしまった。


「やっぱり拍子抜けなんだよ。『ナントラー』が残した遺跡の割に……」


 そう。ここは原初の魔法使いと呼ばれる『ナントラー』が作った遺跡だ。つまり、キセレはこの遺跡に古代兵器が『拍子抜け』と思えるほどの何かを求めていたのだ。この大陸に収まらない、とてつもなく大きなこと。


 それが何かは分からない。だが、『ナントラー』という人間はそれほどのことに関わっている。それを飛鳥は改めて知ることになったのだ。




 ―――――




「でも、それだと時系列が少し合わなくありませんか?」


 頭を悩ませる周囲の沈黙を破るようにヘレナが言う。


 飛鳥には何のことを言っているのか分からなかったが、ディノランテはハッと気づいたようにキセレに目を向ける。キセレもまた顎に手を当て考える姿勢を取った。


「そうなんだよね。古代兵器これは『ナントラー』が生きていた頃と明らかに時代が違う」

「違うって……どれくらい?」


 疑問に思った飛鳥はキセレに尋ねる。答えたのはキセレではなくディノランテだった。


「正確なことは不明だが、『原初の魔法使い』が生きていた時と千年単位の差があったはずだ」

「せ、千年か……」


 この日だけで様々な体験をした飛鳥は、もはやこの程度のことで驚くようなことはない。いや、驚いてはいるのだが、それを表に出さない強靭な精神を手に入れたのだ。


 そして、ディノランテが続ける。


「キセレ殿、この遺跡は本当に『原初の魔法使い』が残したものなのか?」


 どう考えても時代が合わない。ディノランテの話が本当なら、ナントラーと古代兵器は少なくとも千年という時間の差が存在する。そんな、とてつもなく長い年月を生きる人間など聞いたことがない。


「いいや、この遺跡は間違いなく『ナントラー』が残したものだ。それは外の結界が証明しているよ」


 キセレはそう断言した。ディノランテはまだ何か言いたげであったが、それを飲み込み口をつぐむ。


 壁画にもう一度目を向けたキセレは、その後、部屋全体をゆっくりと見渡した。飛鳥たちはそれをただ黙って見つめていた。呼吸音でさえはっきりと聞こえる空間の中、キセレはいつになく真面目な表情で、そんな彼に声をかけることなど出来るはずもなかった。


 そして、一通りその部屋を見渡したキセレは飛鳥たちに目を向け口を開く。


「僕はまだ、この場所に何かあるんじゃないかと思っている」


 沈黙の中、キセレが目を背け、再び壁画を見ながら続ける。


「これは、おそらく『ナントラー』が死んだあと、しばらく経ってから刻まれたものなんじゃないかな?」

「……何の、ために……?」

「それは、何かを隠すためかな……」


 どう考えても不合理だった。何もない壁に、人々の恐怖を煽る古代兵器を刻むなんて。


 この遺跡は魔女と賢者が揃わなければ、そもそも視認すらできないのだ。だが、遺跡は別に消えてなくなっているわけではない。ただ、見えなくなっているだけだ。偶然、適当に歩いていたところに、遺跡の入口へ入る確率も決してゼロではないのだ。


 そして、偶然に遺跡の最深部に辿り着くこともまた、ゼロではない。


 そんな者が仮にいたとして、何もない最深部を見たらどう思うだろうか。きっとこう思うはずだ。


『ここには何かあるはずだ』


 と。


 しかし、もしこの壁画があればどうだろうか。遺跡の最深部には遺跡中央の祭壇に一定量の聖術気マグリアを流し込むことで、ようやく、そこに続く隠し扉が開く。


 遺跡の入口、そして最深部への隠し扉。その仕掛けを乗り越えた先に待つ壁画。それは訪れた者に、それ以上何かがあると思わせないフェイクなのだ。


「この壁画は確かにとんでもないことを描いているよ。だけど『ナントラー』に関わっているにしては弱すぎる。僕はこれが何かを隠すためのフェイクとしか思えないんだ」


 キセレはそう言い切り、手の甲で壁をコンッと叩く。


 飛鳥はそれを黙って聞くことしか出来なかった。いつの間にか身体は震え、手に滲んだ汗をシャツの裾でふき取る。


 いたって冷静だった。冷静に物事を考えることが出来た。だからこそ、そこで一つの疑問が浮かび上がる。それは……、


「どこに、その……本来の謎? が隠されてるんだ?」


 飛鳥はキセレを真っ直ぐ見て尋ねた。キセレはこの狭い空間に他に何かがあると言ったが、飛鳥にはとてもそうは思えない。


 キセレは飛鳥の視線に堪えるように大きく頷いた。


「それは……知らないよ」

「……」


 再び起こる沈黙の時間。だが、それは先ほどのものとは全く違う。


 呆れたようにヘレナが溜息を付き、ディノランテが頭を抱える。シェリアもここまで引っ張っておいて、肝心なところは知らないと言い切るキセレに失望の眼差しを向ける。


 そして、飛鳥がそれらを代表して……、


「ちょっと、お前黙ってろ」


 その狭い部屋に飛鳥の怒りのこもった静かな声が響き渡った。

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