あなたを守る
「シェリア、何があったんだ⁉︎ この血は⁉︎ それにこの塊も! またさっきみたいなのがきたのか⁉︎」
飛鳥はシェリアの肩をがっしりと掴み叫ぶように問う。
「落ち着いて。これさっき仕留めたクマ、血抜きしてたの」
「へ?」
予想の斜め上の答えが返ってきたことにより飛鳥は混乱した。
まずはさっき仕留めたクマ。飛鳥とシェリアがクマを仕留めた場所はここから一時間ほどの距離がある。その間シェリアはそんな獣を手に持っていたということは絶対にない。
もちろん飛鳥もそんな記憶はない。そもそもあんな巨体をこの貧弱な肉体で運べるはずもない。
次に血抜きだ。血抜きの現場を実際に見たり、なにか写真で見たことはないが知識としては首の頚動脈を切断し頭を低くする。
飛鳥の知識はこの程度ではあるが、これだけは分かる。この光景、血をパンパンに入れた袋が破裂したような惨状には絶対にならないと言うことを。
飛鳥は眼前に今も広がる血の海に目を向けそう思った。
シェリアは飛鳥の疑問を簡潔に答えた。
「運んだのは
「いや、ざっくりしすぎだから! 空間箱?ってのはよく聞くアイテムボックスってやつか? 異空間に保存みたいな」
「全然違う」
「え、ちがうの?」
シェリアはこくりと頷いた。
「空間箱は……なんて言うかそのまま、ちっちゃく、する感じ」
「なんで使ってる本人がよか分かってないんだよ」
小首を傾げるシェリアに飛鳥は少し呆れつつ、根気よく空間箱について聞いた。空間箱は簡単に言うと『決めた範囲の空間をそのまま縮小化する法術』ということだった。
今回でいうとクマそのものを小さくしたと言うよりクマを覆う約三立方メートルの範囲を約二立方センチメートルの小さなキューブに圧縮したらしい。
その際、クマの触れている地面や近くに生えている草や岩も纏めてキューブ化していた。
言われてみれば草原に不釣り合いな岩の破片が落ちている。
もちろんただ空間を小さくしただけなのでキューブの中でも時間は過ぎるし、長時間放置すれば腐ることもある。
シェリアは飛鳥が落ち込み、気を入れなおしている間にクマを含む空間をキューブ化していたのだ。
「それじゃあ、そのリュックとかもそのキューブにできたりすんの?」
飛鳥は思い出したように言う。
「ん」
「なんでやらねーんだよ!」
首を縦に大きく振ったシェリアに飛鳥はツッコむ。
「あれ、背負ってみたかった」
シェリアはリュックを指差し笑顔で答える。シェリアにとって地球の物はリュック一つとっても珍しいものだ。
それをキューブにするのはもったいない、少しでも触れていたい。シェリアは地球に迷い込んだことや、それに触れ体験することを心から楽しんでいた。
シェリアの笑顔からそんな感情が読み取った飛鳥は、それ以上キューブ化のことについて問いただすことはなかった。
(まぁ便利ではあるからこれからは存分に利用してやろう)
純粋な笑みを浮かべるシェリアと、それはもう悪い笑みを浮かべる飛鳥は側から見たら完全に正義と悪の対に見えたことだろう。
「それで血抜きの方は?回復法術を血抜きに使うとか想像できないんだけど」
「あれは……」
血抜きについての話を聞いた飛鳥の第一印象は……。
(回復法術、と言うよりは施術だな)
であった。
回復法術の一つに身体に圧を加え血やリンパの巡りを良くし疲労やリラックス効果をもたらすものがある。日本でよく聞くマッサージ師や指圧師のようなものだ。
シェリアはそれを改良し、血の巡りを良くするどころか身体の足先から圧を加え、首筋に付けた傷から一気に血を噴出させる。
話を聞くだけでそのおぞましさがその身を震わせ、先程脳裏に焼き付いたクマの死後まもない姿を思い出させる。
流石に嗚咽感を覚えることはなかったがあまりいい気はしないのは確かだ。
「今日の晩御飯」
「まぁそうなるんだろうな」
原型はとどめつつ、シェリアに蹴り切られ加圧されてところどころ歪んだクマ、もとい肉塊を見て少し食欲が落ちる。
「まぁ保存食はできるだけ取っておきたいし、仕方ないか」
「ん、美味しいよ」
先程からやけにテンションの高いシェリアに少し疑問を感じつつも、久々のバーベキューということで飛鳥も少し気分が高揚する。
シェリアは別のキューブを取り出し『空間箱』の法術を解くと形、そして大きさが均等な石が六つ出てきた。
シェリアが普段から遠出する際に用いていたコンロ用の石だ。普段はそこに平らな石を置いて使用していたらしいが、今回は飛鳥の持ってきた鍋やフライパンを使用する。
飛鳥はシェリアが背負っていたリュックから鍋を取り出した。なぜ自分のではなくシェリアのリュックから鍋が出てきたかと言うと単純にシェリアの方が力が強いからである。
荷物を詰める際、シェリアにはっきりと告げられ少しだけ男としてのプライドに傷が付くが体力の無さ、そして力の無さは自覚していたので素直にシェリアに任せることにしたのだ。
飛鳥は液体着火剤とチャッカマンをシェリアに手渡し鍋に水を汲みに行く。
シェリアは二つの道具の使い方を事前に聞いていたが初めて使うということで少し緊張していたが、それもすぐに落ち着き不慣れだが確実に五つの石でできたコンロの中央に火と、そしてもう一つ焚き火に火を付ける。
なぜ二人は魔術や法術を用いて火を起こさないかというと、二人は『ただ火を出す』ということが出来ないからだ。魔術は攻撃、法術は防御。これに縛られる二人の力は、日常を過ごす際、全くもって役に立たないのだ。
「お〜」
今まで木を擦ることで火を起こしていたシェリアは、呆気なく付いた火に感動しつつもすぐに次の作業に取り掛かる。腰にあるサバイバル用のシースナイフを用いてクマの毛皮、そして肉を捌いていく。
「お、もうここまでくると普通の肉だな」
戻ってきた飛鳥が鍋を火にかけ水を沸騰させる。
もう一つの火ではすでにクマ肉を焼き始め香ばしい香りが飛鳥の鼻を刺激する。
シェリアは鍋にクマ肉とそこらに生えていた草をもぎると大雑把にぶち込んだ。
シェリアが言うには適当に草を抜いたのではなく煮込むと塩分が滲み出る草らしい。
異世界には変わった植物が生えているものだ。
男としてこのサバイバルな環境は嫌いではない。火を囲み電気など一切用いず食事をする。
毎日やりたいかと問われればそれはノーなのだが、異世界初日ということでそこに何の迷いも気苦労も存在しない。
「できた」
シェリアは木の器に注いだクマ肉のスープを手渡す。飛鳥とシェリアは並んで食事を取る。
「うまいな」
シェリアは飛鳥の言葉に頬を緩ませた。今までご馳走になるばかりであったシェリアも飛鳥に一つ恩返しできたと胸をなでおろす。
昼食もとい夕食はつつがなく終わり、その頃には日は完全に沈み地球と違い空一面に星が輝いていた。
二人を照らすのは二つの焚き火と星の光だけとなり、その物珍しい環境が異世界にいるとより一層飛鳥に自覚させた。
シェリアは忌み嫌っていた森の中で——森と言うか草原だが——人と共に過ごすことに喜びを感じ、椅子用の石に膝を抱きかかえるように座っている。シェリアの金色の髪は揺れる炎に照らされ、背景の星空と合わさり幻想的な風景を醸し出していた。
「明日の予定は?」
そんなシェリアの姿に見蕩れながらも飛鳥はシェリアに問いかけた。
「明日は朝一で残りを食べた後、川で鍋とか洗ってすぐ竜の元に向かう。明日中に、この森を出る」
さっきまでの陽気な雰囲気は消え去り、髪の奥からキリッとした目つきを飛鳥に向けシェリアは答えた。
「……わかった」
飛鳥はそうとしか答えることができなかった。ついに明日、守護竜と戦うこととなる。今の自分に何ができるのか。法術は基本、防御、回復、身体能力の向上など直接攻撃に関わる術ではない。なので明日、竜と戦うのは飛鳥である。
飛鳥は自分の無力さ知った。自分の愚かさを知った。自分の甘さを知った。
けど引き返すことは絶対にない。必ず自分の親を見つけ出す。そう覚悟を決めるも体は正直で手が震えが収まらない。
飛鳥は拳を握り目を強く瞑った。
「大丈夫だよ」
そう声が聞こえ飛鳥は目を開くと震える手を優しく包み込むようにシェリアの手が触れていた。
「私は、自分じゃ戦えない。クマは倒せても竜は無理。アスカに守ってもらうことしかできない」
シェリアの優しい目でまっすぐ飛鳥の目を見る。
「でもね、私は法術でアスカを守ることができる。魔女を守る賢者、賢者を守る魔女。きっと私はアスカを守るために出会ったんだ」
飛鳥は言葉が詰まった。『自分を守るために』と断言した少女の強く優しい目が自分の恐怖を飲み込んでくれる。どこか気が休まる。
「だから安心して、私があなたを必ず守る。この世界に巻き込んだんだもん。約束するよ」
「あぁ、そうだな。俺もお前を必ず守るよ。そして外に出よう。一緒に……」
「ん」
決戦は明日。二人はお互いに誓い合う。必ず守ると。
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