実は軽い王国騎士

「シートン殿が何かしている、とはどう言うことなのでしょうか……」


 ルーラがそう尋ねるとシェリアは飛鳥の方を向き、


「ねぇ。……アスカって教会にお金渡したこと、あの人に言ってないよね?」


 シェリアの問いかけに、初め、何を言っているか分からなかったが不意に思い出した。


 あの時、飛鳥は錯乱してあまりその事に気を向ける余裕がなかったがシートンは確かに言った。金貨二十枚を納めたとき……と。

 そして、その事を誰にも話した覚えはない。なら、シートンは一体どこでその事を知ったのか。


「私たちが二回目に教会に行った日、金貨を渡した日の帰りに、何か法術が掛けられてるって言ったの覚えてる?」


 そう言えばそんな話をした気がするが、教会自体に特に害は無いとのことなので放置したはずだ。だが、それが何だと言うのだろうか。


「私は、その法術で盗み聞きしてたんじゃないかと思う」


 飛鳥はそれを聞きシェリアの言わんとすることが見えてきた。


 あの日、教会の修道女であるハーマイネに金貨を渡しシェリアが何かの法術の存在に気づく。その直後、シートンに遭遇したのだ。あの時はあまり深くは考えなかったが、今思うとタイミングが良すぎるような気もする。

 そこに、今となっては真偽はあやふやだが、教会を毛嫌いしていると言う要因まで追加すれば、あの遭遇も何かシートンの思惑があったのではないかと疑うこともできる。


 そして、シェリアの言う通り金貨を渡した事を知っていたのが盗聴系の法術によるものだとしたら何故教会にそのようなものを施す必要があるのか。


「それを踏まえると、飛鳥殿とシェリア殿がシートン殿にお会いしたのは何か釘をさすため、と考えることは出来ませんか?」


 ルーラは手を顎に当てながら頭をフル回転させる。


「その時はどのような事をお話しに……?」


 ルーラは顎から手を離し飛鳥に目を向ける。


「どんな話、か……。子供のこととか、偽善とかだけど総じて教会に対する誹謗中傷が多かった、かな?」


 飛鳥は首を傾げながらシェリアを見ると、シェリアも同意するように首を縦に振る。


 そしてルーラは、


「なるほど……」


 と言うと、懐から紙と見覚えのないペンのようなものを取り出し、そのペンに聖術気を流し紙に文字を綴る。


 ルーラが使用したのは特殊な『光文字ユグア・グーラ』を使えるペンである。聖術気マグリアが切れると文字も消えてしまうが、ペンを使用した本人、又はその本人が認めた人物が聖術気マグリアを紙に流すと再び文字が浮かび上がると言う優れものだ。暗号文や密書などによく使われる。


 そして、確かにシートンが麻薬や横領に加担している確証はないが、教会に対し何もしていない方が不自然なほどの条件が揃った。


「だから、教会を調査できないのなら、先にシートンの家とか調べた方が良さそう」


 そうシェリアが言い、飛鳥に顔を向ける。


「貴重なお話し、ありがとうございます」


 ルーラは右手を心臓部に当てクライラット王国流の敬意を示す。おそらく王国騎士団の敬礼か何かだと思うが、思いのほか様になっている。


「いえ、役に立って良かったです……と言うかほとんどシェリアの手柄ですけどね」


 飛鳥はそう言うとシェリアは胸を張り、その顔には思い切りドヤッと書かれている。


「アスカ殿にも感謝しておりますよ」

「はは、ありがとうございます。あと別に敬語じゃなくていいでよ。『冒険者』のルーラさん」

「あらそう、じゃあそうさせてもらうわね」


 さっきまでキリッとした顔つきに、軸の通ったような立つ振る舞いとは一転し再び色っぽいお姉さんに戻ってしまった。その変わり身の速さに飛鳥は少し呆れつつも、年上からの敬語で話される重圧から解放される。


「それにしても、冒険者と騎士の両立って結構大変そうですね」

「ほんとそれよ。ナウラに来て三ヶ月ぐらいまでは持参した資金で何とかなってたけどそこからは生活費も稼ぎながらの調査よ? 全然調査が進まないのに加えて、冒険者の登録したばかりだったからろくな依頼も受けられないわでストレス溜まりまくってお肌もボロボロだったのよ」


 思った以上の長台詞に飛鳥はたじろいでしまうが、二つの顔で行動する気苦労は猫かぶりな飛鳥もよく分かる。


 思わず愚痴を聞く羽目になってしまったがこう言う時は聞くに徹するのが一番だ。


 そして、ひとしきり話し終えたルーラは満足したのか「またね」と手を振りながら帰って行った。


 飛鳥は横になると、とりあえずジザルからの直接依頼はルーラの報告待ちということにするとして、これからどうするかを考える。

 異世界に足を踏み入れてまだ一週間と少ししか経っていないが、すでに数々の大冒険を繰り広げた感覚の中にいる。


 都合の良いことに地球と異世界の一日の長さはほとんど変わらず飛鳥の体内時計は時差に対応するだけで済んで助かっている。

 今帰っても浦島太郎のように世界に置いていかれるようなことにはならないだろう。


 ルーラとの談笑をしている間にシェリアは自分の寝ていたベッドに戻り飛鳥に背を向け、横になっていた。


「シェリア」


 飛鳥は特に用もないが声を掛ける。だが、少女からは一向に返事がない。


 寝ているのかもと一瞬思ったが何か違和感を感じもう一度名前を呼ぶ。だが、それでもシェリアに反応は見られず飛鳥も何かおかしいと感じ取る。


 飛鳥はベッドを降りシェリアの顔を覗き込むがシェリアは飛鳥を避けるように枕の下に潜り込んでしまう。


「え、何。どしたのシェリアさん」

「…………」


 シェリアからは全く返事がない。だが、その無口な姿が懐かしくつい飛鳥にいたずら心が芽生えてしまう。


 枕を右に、左に動かして必死に抵抗するシェリアから剥ぎ取ろうとする。そして、飛鳥はようやく枕を奪い取る。


 シェリアが本気で抵抗をすれば飛鳥ではビクともしないだろうが、なんとかなったあたりシェリア自身、どこか楽しんでいたのだろうと予測する。


 しかし、その枕の下にあった顔は飛鳥の予想の外側にあった。


 シェリアの少し垂れた眉がさらにハの字になり、口はへの字、そして目尻には僅かに水滴が見えた。


 その様子に飛鳥はギョッとして、ついあたふたしてしまう。


「え、えっ? どうした、シェリア。なんか嫌なことでもあったか?」


 だが、シェリアからは返事はなく座ったまま下を向いてしまった。


 そして、


「……と…………はな……た」


 全く聞こえないがようやく口を利いてくれたシェリアに一安心する。

 だが、ここで焦ってはいけない。飛鳥は初めてシェリアに会った時のことを思い出し、優しく、そして慎重に話す。


「ゆっくり、シェリアのペースでいいから話してごらん」


 それでも聞き取れない声量に思わず「ん?」と聞いてしまう。すると、


「……あの女の人と……、楽しそうに……してた」


 飛鳥はシェリアのその返答に拍子抜けしてしまう。そして、思わず笑いがこみ上げてくる。


 そして、それを見たシェリアは頬を膨らませる。


「笑った! なんで笑うの!」

「はっはっは、いやーごめん。何か深く考えた自分が面白くてさ」


 シェリアは首を傾げる。飛鳥はそんなシェリアの頭に手を乗せ優しく撫でる。


「ごめんな。……でもそれなりの地位にいる人とのコネクションは持っておいた方がいいと思ってな」

「……前、貴族の名前が出た時嫌そうな顔してたよ?」


「よく見てんな、ほんと」


 飛鳥は以前エレキラプトルの捕獲依頼が貴族だということを聞き、あまり関わりたくないと思ったことがあるが、それをシェリアは見抜いていたのだ。

 そして、シェリアは王国騎士がそれなりの階級に位置するものだと予測し、そう言ったのだ。


「でもまぁ、ルーラさんは確かに王国騎士って言ってたけど彼女自身はそんな大層な身分じゃないと思うぞ、たぶん……」

「……なんで?」


 飛鳥の何の根拠もない言葉にシェリアは疑問が浮かび聞き返した。


「だってさ、言っちゃ悪いけど一人で調査に来るって完全に厄介ごと押し付けられたパターンじゃん?」


 そう言うと、シェリアは吹き出し笑顔が戻る。


「でも、シェリアを放ったらかしにしてたのは悪いと思ってるよ。ごめんな」


 飛鳥は頭を下げる。


「……んーん、私もごめん」


 お互い素直に謝りあい事なきを得る。


「じゃあ、リンさんに頼んで夕食にしてもらおうか」

「ん!」


 完全に調子を取り戻したシェリアはそう元気に答えた。


 ルーラとの会話の間に日は完全に沈み、遠くの空で星が瞬いている。


 このような景色を眺めると、無事に一日が終わったと実感する。できればこれが長く続くことを願い、冷たい夜風を避けるため飛鳥は窓を閉めた。




 —————




「えっきし!……んー、誰か噂でもしてるのかしら」


 ルーラは飛鳥とシェリアのいた医療党の帰り道、緑でそう呟いたのだった。

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