足が痛いです

 ジザルはスマホに録音された飛鳥とシートンの会話を聞き、言葉にならない様子だった。


 ナウラ一の冒険者、シートン。


 ジザルはもちろん街の人々からの信頼も厚い男が、実はその裏で保護した子供達の肉に喰らっていた。そんなことがあっていいはずがない。


 飛鳥はその後、スマホを切り戦闘に入った後のことを口頭で話す。

 シートンが子供達へ向ける歪んだ愛情。それを間違いだと指摘する飛鳥。それでも父と慕う子供達。


 そして、シートンに風穴を開けた張本人は魔族ではなく自分がやったことを説明したのだ。


「これで以上です。……できれば他人の肉を胃に納めることで他人の聖術気マグリアが使用できることは黙って頂きたいのですが……」

「流石に、そんなこと公表できないよ……。あまりにも……人道に反している」


 ジザルは眉間のしわを摘みながらうなだれる。


 そんな時、三度みたびドアを叩く音がした。


 飛鳥も「どうぞ」と答えるとリンがキッチンワゴンの下に桶を、そして上に料理を乗せ運んできた。


「すみません遅くなりました。二日寝てたのでお腹空いてるのではないかと思い用意しておりました。……あ、ギルドマスター来てたんですね」

「えぇ、アスカ君と少しお話がしたくて。……まぁとりあえず今日のところはこれくらいにしておきましょう」


 そう言うとジザルは立ち上がり扉に手を掛ける。


「またお話を聞くかもしれません。その時は……」

「はい、分かりました」


 そんな二人の意味のないような会話からリンは頭にクエスチョンマークが浮かぶが、話の内容、つまりシートンの事についてそう大っぴらにしていい話ではない。


 ジザルはゆっくりと扉を閉め、足音が次第に離れていった。


「……ま、まぁ気を取り直してご飯にしましょう!」

「はい、いい香りですね」


「私の得意料理ですっ! お召し上がりください!」


 腰に手を当て、その発展途上な胸部を強調させるリンに対し飛鳥は少し毒気を抜かれる。


「それじゃあ、頂きま……」


 そう言いかけたとき飛鳥の視界の隅で何かが動くのを捉えた。


「……お腹空いた」


 シェリアの目覚めである。金色の髪を盛大に振りまきながら起き上がる様は、まるでシャンプーのCMを見ているような躍動感にかられる。


「お、おはよう。シェリア……」


 名を呼ばれシェリアは飛鳥の方を振り向くと手を上にあげ凝った体を伸ばす。


「……おはよ。何かいい匂いがする」

「起きたばかりなのに、ここまで食欲があるのってすごいですね」


 リンはシェリアの胃袋の耐久度に少し興味を持ったが、食事は一人分しか用意をしていないのでどうしたものかとオロオロする。


「リンさん、これシェリアの方に。俺はまた後ほどでいいですよ」


 そんなリンの様子を飛鳥は察知しそう告げる。リンは少し戸惑ったものの飛鳥がそう言うならと、シェリアの方に並べる。


「……ありがと」


 シェリアはリンにお礼を言うと食事に手を伸ばしその空になった胃に料理を流し込んでいく。


 美味そうに食べるシェリアを見てリンの頬も緩み、飛鳥の食事を用意するために部屋を出て行った。


 窓から心地よい風が入り肌を優しく撫でる。


 飛鳥は静かな空間が好きだ。もちろん全くの無音の世界のことではない。人の作り出す音がない空間。例えば森の中、鳥のさえずり、木々のざわめく音。草原ならば風やそれにより草花の揺れる音。雨の音も案外良い。そして今は、風によりカーテンがなびく音が飛鳥の心を和らげる。


 ふとシェリアを見ると風に煽られ綺麗な金色の髪がキラキラと輝きながら揺れる。だが、食事をするシェリアにとっては邪魔でしかなく飛鳥は笑いながらリュックの中から赤色のリボンを取り出す。


 飛鳥は手でちょいちょいとシェリアに合図を送るとそれを理解したのか一度ベッドを降り飛鳥のベッドに背を抜けて座る。


 飛鳥は手際よくシェリアの髪を束ねると横髪を残しポニーテールにする。顔を覆う前髪はピンで固定し口元を開けることで食事にも困ることはないだろう。


 仕上がると飛鳥は背中をポンポンと叩きシェリアに結び終わったことを知らせる。


 シェリアは飛鳥の方を向く。


 改めて見るとシェリアは他人と比べる必要もないほどの美人である。少し垂れた儚げな金色の目に長いまつ毛、横髪で隠す必要がないほどの小顔。唇は薄く男心をくすぶるものがある。

 雪のように白い肌、女性特有の丸みを帯びながら全体的に引き締まり細くて長い手足は金色の髪とマッチし、どこか芸術作品を思い浮かばせる。


「アスカ、ありがと」


 笑顔で言うシェリアに飛鳥は顔が熱くなりつい顔を背けてしまった。


 シェリアは首を傾げながらも自分のベッドに戻り再び料理に手を伸ばす。


 その容姿には似つかぬ食欲はそのギャップからよりシェリアの魅力を引き出している。


(あぁ、やばいなぁ……)


 飛鳥はそう思うことしかできなかった。シェリアの動作一つ一つから目が離せない。

 ここまで惹かれているとは正直自分でも思わなかった。


 いつか離れるのだとしても今だけは、今だけはこの時間に甘えてもいいのだろうか。飛鳥はシェリアから目を離しベッドに横になり目を閉じる。


「ねぇアスカ」


 飛鳥は突然声をかけられ度肝を抜かす。もしかして、自分の感情が伝わってしまったのだろうか、と。タイミングが良すぎるシェリアの呼びかけに飛鳥の内心はつい気を揉んでしまった。


「……足りない」


 しかし、飛鳥の心配は取り越し苦労であった。




 —————




 その後リンが飛鳥の食事を持ち込んだが、その半分がシェリアの腹に納まりはしたものの、飛鳥は起きてすぐ沢山の料理を食べることもできず、これはこれで良かったと思う。


 その後、リンの用意した桶と布で汗を拭き取る。いい加減湯船に浸かりたいものだが、十八にもなってわがままを言うつもりもない。


 シェリアはまたもや飛鳥の目の前で遠慮なく麻の服を脱ぎ去り、飛鳥の顔を赤面させたことは言うまでもない。


 そして、リンが気まずそうに退室し再び二人の時間が流れる。シェリアは窓際である飛鳥のベッドに移動し、二人は窓から外の景色を眺めていた。


 飛鳥は少しして足に重みを感じたと思い目線を下げると、シェリアが自分の足を枕にし穏やかな寝息を立てていた。


 飛鳥はシェリアの絹のように柔らかい髪を優しく撫でなると、くすぐったかったのかシェリアの口角が少し上がり寝返りを打つ。


 食後ということもあり、そんなシェリアを眺めていると自然と飛鳥の意識も遠のいていった。


 次に目を覚ましたのは日が傾き遠くの空が紅色に染まっていた頃だった。


 シェリアはやはり疲れていたのか未だに起きることはなく、少し下がった気温に体をぶるりと震わせる。そんなシェリアを見かねて足の上で眠る少女にベッドから落ちていた毛布を掛ける。


(ぬぁぁぁぁぁ、いでぇぇぇぇぇ!)


 だが、飛鳥の足はシェリアの頭の重みでいい加減血が止まる思いでいた。


 どんなに小顔と言ってもそれなりの重さがある頭部を飛鳥の軟弱な体の上に長時間乗せておくのはどうしても限界がある。だが、飛鳥はそんなシェリアの寝顔を見て無粋な真似はできないとやせ我慢の時間に入る。


 そんな時、気を紛らわす救世主が現れる。


 ドアが叩かれ、飛鳥の返事とともに入ってきたのはルーラ。飛鳥の開けたシートンの風穴を治した張本人である。


「突然お邪魔してごめんなさいね」


 ルーラは考えるポーズを取りながら頬を撫でる。


「構いませんよ。それで何かご用ですか? あなたがただの冒険者じゃないことはもう何となく分かっていますよ」


 飛鳥はそう確信して言った。シートンの生死がかかっている中、あの場面を任されるのには相当の実力者、またはそれなりの立場にいることを表していた。


「鋭いのね……いや、鋭いですね」


 色っぽい顔、そして動作が一気に引き締まる。


わたくしは王国騎士団、国民保護部に所属するルーラ・カンストラと申します」


 まさかの王国騎士という言葉に飛鳥は一瞬眉をひそめる。


「その王国騎士様が俺に何の用ですか?」

「率直な話、このナウラの教会についてお聞きしたいのです。私は二年ほど前から騎士団の勅命によりこのナウラに冒険者として訪れ教会の調査を行なっておりました」


 さっき国民保護とか言っていたな、と飛鳥は少し納得する。おそらくジザルと協力して調査を進めていたのだろう。それを考えると飛鳥がジザルに報告したことは全て彼女にも伝わっていると考えた方がいい。


「ギルドマスターのジザル殿からお話は伺っておいでだと思われますが例の麻薬調査、そして教会へ送られたはずの資金の行方です。……ですが、」


 ルーラはそう言うと口を噤もうとするが続きを話す。


「全く情報が得られないのです。麻薬の情報も、国に請求された額が横流しにされている事も何もかもが謎なのです!」


 ルーラの声は次第に大きくなりその声に反応し、眠るシェリアがゴソゴソと動き出す。


 飛鳥はそれをなだめるように頭を撫でる。


「それなら、いっそのことその騎士団が内部調査を行えば良いのではないのですか? 教会内部を徹底的に調べれば簡単に解決すると思いますが……」


 ルーラはそれはダメだと首を横に降る。


「国と教会はある意味信頼関係の元で成り立っております。国は教会の報告を信頼しそれに値する資金を送り、教会は国のその対応に信頼を置く。その中で内部調査を行うことは、その信頼関係に傷をつけるのと同意です」


 確かにその通りだ。お互いが信頼しあって成り立っているのであれば、それを一方的に放棄することはできない。そして、一度疑ってしまえば二度と元の関係には戻らない事を飛鳥はよく知っている。


「少なくとも確証が無ければそのような事を行うことはできないのです」


 ルーラは困った顔でそう言った。だが、これに関しては飛鳥も何か有益な情報を持っているわけではない。


 どうしたものかとお互い頭を悩ませていたところ、


「多分だけど……」


 シェリアがいつの間にか眠りから覚め、体を起こした。


「あの人、シートンが関わってると思う」


 シェリアのその言葉に飛鳥、そしてルーラも目を見開いた。


「また、あのお方ですか……」


 ルーラ右手を握り手の甲で額をトントンと叩く。その様子からおそらくシートンの愚行を聞いていたのだろう。


「なぁシェリア、確かにあいつは嫌な奴だけど確証もなく罪を被せることは流石にダメだぞ」


 飛鳥はシェリアに対してそう言った。


「確かに確証はない……」


 シェリアは体をゆっくりと起こす。飛鳥はそれによりシェリアの肩から落ちた毛布を正した。


「……でも、教会に何かしてることは間違いない、と思う」


 シェリアが見上げるように飛鳥を見つめる。それは確固たる意志が感じられる。


 こういう時のシェリアは本当に、何て頼り甲斐があるのだろうか。

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