白い魔女と黒い賢者〜歴代最弱の魔術師は世界を旅する〜
三月
序章
はじまり
久々に戻ってきた。始まりの場所。何年振りだろうか。
最初にその村を見たときはただ唖然とするばかりであった。見たこともない動物を飼い、見覚えはあるが大きさが遥かに違う米の様な作物を育てていた。
今はもうその村に以前の面影はなく、ただただ廃村と化すばかりであった。
辺りに人影はなく、それどころか獣一匹見当たらず草木は枯れ、目に入るのは岩と砂、そして崩れ落ちた家々であった。
以前少しだけ世話になった家は主柱が折れたのか屋根に押しつぶされる様に崩れていた。
さらに歩を進め中央広場を抜け、村の入り口とは真逆の位置にある森に向かった。森とは言ってもかつてそこに森があっただけで、今は枯れ腐った木が地面に疎らに突き刺さっているのみである。
森に入り歩くこと約十分。そこは周りと何ら変わりのない殺風景な場所であった。
「ここ?」
そう口にしたのは生後間もないであろう赤子を抱えた女性。
「あぁ、多分ここだ。……正直見る影もないけど何でかな、ここだとはっきりわかるんだよな」
そう答えた男性は悲哀と期待の入り混じった眼差しでその空間の一点をやる。
「たぶん上手くいくと思う。そのための研究はしてきし、必要な物も揃えたしな。後は君がこの法術方式に
男性は手際よく地面に大きな円を描きその内側、外側に術式を書き込んでいく。
その姿を見ながら女性は一度は決心したもののためらいの感情が生まれてくる。
「ねえ、やっぱり、どうしてもやらないとダメ、なのかな……」
男性は書き込む手を止め女性を見た。世界のこと、人類のことを思うとこの術式の完成は避けては通れない。
しかしこの術式の完成は今、腕の中で静かに眠る我が子との別れに他ならない。一人の親としてまだ生まれて間もない我が子と離れ離れになると思うとどうしても躊躇ってしまう。
これから行われる法術はおそらく今まで誰も試みなかったものだ。
それは『異空間転移法術』と呼ばれ、すなわち世界を渡る術である。
母親としてとても当たり前の感情、それに気付いた男性は優しく話す。赤子のこと、二人のこと、これからのこと……。
出来ることならせめて母子だけでも一緒にいさせてあげたい。男性は女性を思い、女性はその思いを知っている。
でもダメなのだ。二人で今までたくさん話してきた。喧嘩口調になり、なかなか議論が前に進まないこともあった。
そして、二人で一つの結論を出した。愛する我が子をこことは違う世界へ送る。
それがこの母子がもっとも幸せになれる未来を一番掴めると信じて。
「ごめんなさい。……困らせるつもりはなかったの。でもやっぱりその時が、近づくにつれて不安に……」
男性は何も言わずに女性を優しく抱きしめる。男性にもやはり思うところがあるのだろう。
そして、また術式の続きを書き始める。
—————
半刻ほどがすぎ男性はようやく術式を書き終えた。
その様子を察し、改めて女性は覚悟を決める。
「少しは向こうの世界を観光できたらよかったんだけどね」
術式の中央に並ぶ二人はいつになく緊張していた。その空気を晴らそうと男性は軽く冗談を言う。
そんなことをする時間がないことは二人の間ですでに話し合われていた。
その少しふざけた顔を見て気が和らいだような気がした女性は男性に抱きつき唇を重ねる。
そして男性に赤子を預け術式を起動する。
女性を中心に青白い光が円環全体に広がる。術の発動により私生活では視認することができない聖術気が、ゆらゆらと舞う様子が見てとれた。術式は安定している。聖術気の乱れもない。
男性は目を閉じ軽く上を向く。しかしそれは意味を成さず、頬を一筋の涙が落ちる。
いよいよ空間転移法術が起動しようとしている。
女性は立ち上がり男性の腕の中へ。男性は女性に優しく微笑みかける。
「さあ、行こうか!!」
目を見開き愛する女性と子供を強く抱きしめる。女性もその身を預け、いつになく力強い声に思わず奮い立つ。
「日本へ!!」
その言葉を最後にその場所には再び静けさが戻ってきたのであった。
世界は回る。未来は続く。誰もが手を取り合って暮らしていけるように。これからもずっと、その当たり前を守るために……。
この選択に間違いはない。そう確信し世界を渡る……。
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