勇者を討伐した魔王様は魔力を封じられた為に解雇される。

吉樹

第1章 『魔族国編』

第1話 「魔王様、魔王城から追い出される」

 閃光が瞬き、血風を巻き上げたのは人族の青年だった。

 白銀の鎧をまとっているもののすでにボロボロで、光の剣と白銀の盾も、からんと床に落ちていた。


 異質な力を持った強者つわもの──俗にいう勇者である。


 勇者は力尽きたようにその場に崩れ落ち、瞬く間に床に血の華が咲いていく。



「……ふん、手こずらせてくれたな」



 息も絶え絶えにそう告げたのは、私。

 人族の絶望たる存在──魔王クレアナードである。


 とはいえ、いまの私も勇者との死闘により、すでに満身創痍ではあった。

 しかし、最後に立っていたのは私であり、勝ったのは私なのだ。


 勇者という存在は何人も存在するが、その中でも最強と名高いこいつをここで討ち取ったのは、大きな意味があった。

 これにより、調子づいていた人族国も当面はおとなしくなることだろう。


 それとも、敵討ちと銘打って他の勇者たちが攻め込んでくるのだろうか。


 まあ、それならばそれで、面倒ではあったが大した問題ではないだろう。

 なにせ私は、絶大な魔力を誇る最強魔王だからだ。

 攻め込んでくるならば、こいつと同じように返り討ちにするだけなのである。


 しかし……



「……まだ、だ……!」



 すでに死に体の勇者が、ぐぐぐっと、上半身だけを起こしてきた。



「……しつこいな。おとなしく死んでおけ」



 すでに私もボロボロな状態だが、私には余裕があった。

 ……言い換えれば、勝者ゆえの油断だったのかもしれない。

 だが生憎と、この時の私は勝利を確信していたので、死にぞこないの勇者に警戒をしていなかった。


 勇者は、口の端から血の糸を引く。



「俺は、もうじき死ぬだろう……」



 当たり前だ。

 それだけの傷を負っておいて生き永らえる方がおかしい。



「だが……ただでは、死なない……!」



 自身の血のりをつけた右手を私めがけて振り払う。

 油断しきっていた私は回避が遅れ、全身に勇者の血が付着してしまう。



「っ……!」



 舌打ちひとつ。

 正直なところ、抱いた感想は”汚い”の一言だったが……

 次の瞬間。

 私の全身に付着した血が熱を発し、私の皮膚を焼き溶かす。



「アッツ……! なんだこれ……!?」



 それと共に、何やら身体に違和感が……

 なんと、私の魔力が煙と共に抜けていくではないか。



「ちょ、なんだこれは……っ」

「……ふ、ふふ……」



 思わず狼狽えた私を前に、死にかけの勇者が不敵に笑ってくる。



「お前の”最強”は、俺が墓場に持っていく……」

「なんだと……」



 最強魔王の証であった絶大な魔力が、白煙と共に抜けて落ちていく……



「死にゆく俺からの……最後のプレゼントさ……」



「な……な……な……」



 私は、ただただ愕然として──




「そんなプレゼントいらんわああああああああああああああああああああーーーーーーー!!!!」




 私の大絶叫に満足したかのように、人族最強だった勇者は、静かに息を引き取ったのだった。




 ※ ※ ※




「陛下……いや、クレアナード”殿”」



 勇者を撃退して落ち着きを取り戻した魔王の間にて、側近のひとりが言い直してきた。



「いまや貴女は魔王たる資格がない。よってここに、我等は貴殿の魔王の資格をはく奪する」



「な……っ」



 私は絶句する。


 死闘を演じて魔族の天敵たる勇者を撃退した最大の功労者に対して、何たる扱いだろうか。

 魔族という種族は、ここまで薄情だっただろうか。



「ブレア……貴様……っ」



 私の憎々し気な視線を受けても、№2だった魔族──ブレアは眉根すら動かさない。



「魔王とは、最強の魔族が名乗る称号。だが、いまの貴女はもはや最強ではない。ならばこそ、当然の判断だと思うのだがな?」


「ぐぐぐ……」



 反論の言葉がない私は、口惜し気に奥歯を嚙みしめる。


 いまの私は大半の魔力を失った状態。

 簡単な魔法程度なら問題なく使えるが、中級以上となってくると、弊害が出てくるだろう。

 そして……目の前でしたり顔の№2に対して、戦闘力においては、もはや遠く及ばない……



「安心召され、”元”魔王殿。これから先の魔族は、この俺が、新魔王として率いていこう」



 にやりとイヤらしく嗤ってくる。


 ……まあ、状況的に考えて、こいつが次の魔王になるのは自明の理ではあった。

 なにせ、私に次ぐ№2なのだからだ。

 いや、私が失脚した以上、事実上、こいつが№1だろう……



 魔族は実力主義社会。



 それゆえに、私は魔王にまで上り詰めたわけで。

 いまさら、そのシステムに異を唱える資格は、さすがに私にはないだろう。



「……わかった。私に魔王の資格がなくなったことは、認めよう……」



 苦虫を噛み潰した声音と表情で、私は頷くしかない。

 最強勇者を葬ったというのに、その功労がこの始末ということに、私は自虐するしか出来ない。



(……だがまあ、元とはいえ魔王なのだ、私は。それなりの待遇は期待できるか)



 そんな打算をしていると、とんでもないことを新魔王が言い放った来た。



「納得したのならば話が早い。早速、この城から出ていくがいい」


「……は? 何を言っている?」



 城から出ていけ?

 意味がわからない。

 なぜ私が出ていかなければならないのか。

 少なくとも、最強勇者討伐の功労の褒章で、要職に就いてもおかしくないはずだ。



「魔力ばかりか、理解能力すら失ったのかな?」



 新魔王が私を嘲笑してきた。



「いま俺は、魔王城から出ていけと言ったのだ」


「な……なぜ私が……」



 愕然とする私は、視線を周囲にいる魔族たちに向けた。

 この場にいる者は皆、要職に就いている者たちである。


 私と目が合うと、彼らは気まずそうに視線を逸らすのみで、何も言ってはこなかった。



(なんたることか……)



 かつては、私に尻尾を振っていた取り巻きたち。

 それが今では、この有様。

 私の凋落ぶりが、ここまであからさまになろうとは。

 

 呆然自失となっている私へと、新魔王が追撃を放ってきた。



「力を失った者に用はないということだ」

「い、いや、待て。私には、今までの功績が……」

「ほう? まさか、最強を誇っていた魔王様が? 過去の栄光に縋ると? そのようなみっともない真似をなさると? まさか? 俺の聞き間違いですかな?」

「ぐぅ……っ」



 そう言われては、何も言えなかった。

 さすがに私にも、プライドというものがあるからだ。

 ここで泣きすがれば魔王城に残れるかもしれないが、それではあまりにも……惨めすぎる。



「クレアナード殿。新魔王となった俺はこれから忙しくなるのだ。あまり、時間をとらせてほしくないのだがな」



 苛立ちを見せ始めた新魔王から、隠すことのない殺気が吹き上がり始めた。

 周囲の取り巻きたちが、ぎょっとした様子で後ずさっており。

 かつての私にとっては大したことはなかったが、いまの私には脅威であり、私も後ずさる羽目に。



「用済みのあんたを殺すのは容易い。だが、殺さないことが、俺の慈悲であることを知ってほしいな」



 口調ががらりと変わる。

 というか、これがこいつの本来の口調なのだが。



「………………」



 私は言葉を失う。

 そして思い出す。

 この男とは、何かと馬が合わなかったということを。



(慈悲だと……? よくいう。この場で私を殺さないのは……)



 力を失った私に、絶望を長く味合わせるためだろう。

 この男は、そういうイヤらしい面があるのだ。

 だから私はこの男が嫌いであり、何かと衝突が絶えなかったのだ。

 だが力関係は私が圧倒的に上だったので、今までは事なきを得ていたのだが……



(……悔しいが。ここは、おとなしく引き下がるしかない、か……)



 ここで下手に騒いでは、何をされるかわからない。

 私は知っているのだ。

 この男が、好色であることを。


 私は女であり、こいつは男。


 力関係は逆転しており、いまでは私よりもこいつの方が強いのだ。

 ならば……

 こいつが変な気を起こす前に、こいつの手の届かないところまで退避しないとならないだろう。




(……まさか。私が”女”であることが、足を引っ張ることになるとはな……)




 こうして私は、甚だ不本意ながらも、逃げるように魔王城を後にするのだった……




 ※ ※ ※




(くそが……っ!!)



 舗装された街道をひとり歩く私は、ひたすらに怨嗟の呟きを零していた。


 命を懸けて魔族に害ある最強勇者を倒したというのに。

 魔王を解任された揚げ句の追放。

 せめて要職くらいには留任したかった。


 魔王を解任された後、あいつの気が変わらない内に急いで自室に戻って、魔法で中身を拡張している道具袋にありったけの生活必需品を突っ込んで、逃げるように──いや、魔王城から逃げてきていたのだ。



 あいつの慰み者になるのだけは、絶対に勘弁してほしかったからだ。



 あの場で私を力ずくで押し倒さなかったのは、私に女としての魅力がなかったからなのか、あるいは他に狙いがあるからなのか、それはわからないが……



(女としては、複雑な心境だな……)



 私の外見は、それなりだと自負はしていた。


 切れ長の真紅の目だって色っぽいし。

 腰まで届く銀髪だって艶があって綺麗だろう。

 絶世のとは言わないが、氷のような美貌と称されたことだってあるのだから。

 かつて、何度となく魔王城内のアンケートにおいて、抱きたい女№1に輝いたものだ。


 ……念のために言っておくが、決して圧力などは加えてはいない。



(だからこそ……解せない。あの男が、力関係が逆転したいま、私を狙ってこないことが……)



 別に私は、襲われたいわけではない。

 だた、理由がわからなかったのだ。

 あれほどの好色が、絶品のフルーツ弱体化した私を狙わないなど……



(……まあ、不幸中の幸いというべきかもしれんが……)



 あの男が本気で狙ってきたのなら、いまの私では抵抗など出来ないのだから。

 無力な村娘のように、簡単に蹂躪されてしまうことだろう。

 想像しただけで……背筋がゾッとしてくるというものだった。



(……あるいは、私に女としての価値がないという屈辱を与えるのが目的か……)



 だとしたら……腹が立つ!

 ただただ純粋に、ムカつくではないか!


 魔王としての地位を奪われ、女としての価値すらないと見下され。



(乱暴されたいわけじゃない……だが! 女として価値がないと嘲笑されると腹が立つ!!)



 私はあいつが嫌いだったが、同じようにあいつも、私を心底嫌っていた。

 目の上のたんこぶだったのだろうし、女のくせに自分よりも地位が高い私を目障りだと思っていたことだろう。

 だからこそ、私に最大限の屈辱を与えた上で、魔王城から追放したのだろう。



(ふざけた話だ……)



 私がいったい何のために、最強勇者と雌雄を決したと思っているのか。

 傷付きながらも、どうにか打ち倒したというのに。

 すべてが、魔族国に住まう民の安寧のためだというのに……




 その揚げ句が、私の”女”としての侮蔑。




 なんだかもう……全てに腹が立ってくる。

 国民に罪はないだろうが、もうどうでもよくなってきた。

 というか、もうどうでもいい。

 いまの私は、国民に責任を持つ立場じゃないのだから。



 苛立ちまぎれに、道端の小石を蹴り飛ばした。



 すると気持ちよさそうに居眠りをしていた子犬にぶつかってしまい、きゃんっと悲鳴を上げて駆けていく。

 悪いと思ったが、私は反省しない。

 運悪く、あの場にいたあの子犬が悪いのだ。



(もう魔族国なんて知ったことか! 魔族なんてクソくらえだ!)



 などと思っていると……



「グルウウウウウウウウウ!」



 獰猛な唸り声と共に、私の眼前に狼型の魔獣が姿を現した。

 かなり大きい。

 私よりも二周りほど大きいだろうか。



(おいおいおい……街道の警邏隊は何をしているんだ? 怠慢だろうが)



 魔獣がこんなあっさりと、人間の往来が多いだろう街道に姿を現すなど。

 しかもなぜか、この狼型魔獣は、私に対してはっきりとした敵意を向けてくる。



「なんだお前……私が何かしたのか──」



 疑念の言葉は、すぐに理解へと変わった。

 なぜならば、その狼型魔獣のすぐわきに、先ほど小石をぶつけた子犬がいたからだ。



(……なるほど。ただの犬じゃなかったのか)



 親に泣きつきたといったところだろうか。

 小石をぶつけたのが、どうやらイジメられたと誤認したらしい。

 狼型の魔獣は、犬と間違いやすいのが難点だと、何かの本で読んだことがあったような気がする。


 イジメたつもりなんかはまったくない。

 八つ当たりは認めるが。


 だがまあ、いずれにしても……



「ふざけるなよ、獣風情が……っ」



 私は、腰に差していた鞘から一振りの剣を抜き放った。

 その途端、切っ先に蒼い雷が迸る。

 剣が魔剣というわけではなく、私自身の能力である。

 魔力が減退したとはいっても、これについては魔力とは関係ないので、普通に使えたというわけだ。



「落ちぶれたとはいえ、元魔王を舐めるなよ!!」



 誰に言い聞かせるでもなく。

 私自身に叫ぶように私は言い放っており。



 まるでそれを合図にしたかのように、狼魔獣が私へと飛び掛かってくるのだった。




 ※ ※ ※


 ※ ※ ※



 項垂れた様に、そして屈辱に肩を震わせながらも、氷の美貌を誇る女──前魔王クレアナードが王の間を後にし、その場にいた一同も解散してからしばし後。



「くっくっく……」



 玉座に深々と座り込んだ男が、隠すことなく低く嗤う。



「こうまでうまくいくとはなァ」



 新魔王となった男──ブレアの脇にいる壮年の男もが、嗤いを隠そうとせず。



「すべて計画通りですな、新魔王陛下」

「ドバン。お前の計画に乗った甲斐があったぞ」



 魔王の間には彼らふたりしかいないので、彼らは何の遠慮もなく言葉を交わす。



「しかしながら、陛下。てっきり私は、弱体化した前魔王を、御自らが嬲り者にするものと思っておりましたぞ。陛下が前魔王を快く思っていないのは、もはや周知の事実でもありましたしな」

「だからだよ、ドバン」

「というと?」

「俺はあの女を嫌悪している。嫌悪しきっている。ゆえに、のだよ」

「……はあ、そうなのですか。ですが、前魔王のあの美貌には誰もが一目置いております。チャンスがあるならば、と思う男は多いと思いますがなぁ……」

「くくく……なんだお前。俺のおこぼれに預かろうって魂胆だったか」

「いえいえ、滅相もございませんが」



 慌てて否定するものの、男の口調にはありありと不満が見え隠れしている。

 ブレアはくだらんな、と鼻を鳴らした。



「俺は女ならば誰でもいいというわけじゃない。そこをはき違えるなよ」

「もちろんでございます。ですが……前魔王をこのままみすみす放逐でよろしいので?」

「馬鹿を言うな。どれだけ俺が辛酸を舐めさせられたと思っている? もちろん、すでに手は打っているさ。生きているのが嫌になるくらい、絶望してもらわないとな」

「おお、怖い怖い」



 おどけた様に男は言うが、反して目は一切笑っていない。



「それで陛下。あの女の妹を娶っている男は、如何いたしますか?」

「あの女がいなくなった以上、これ以上の戦力低下は避けたいところだ。よって、しばらくは様子見といこうじゃないか。五月蠅く騒ぐようなら──わかっているな?」

「妹君のラーミア殿も、大変見目麗しいと存じております」

「くくく……他人のことは言えんが、お前もなかなか好色じゃあないか」

「いえいえ。陛下には負けまする」




(前魔王と違って取り入りやすい奴だ……せいぜい甘い汁を吸わせてもらうぞ)



(俺を利用してるつもりなのだろうが……利用されているのはお前なんだよ)




 互いに思惑を隠しつつ。

 下卑た笑いが、魔王の間に響くのだった。



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