第七話 仲間づくり2

「俺様TUEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!」


 その男は宙を舞っていた。

 高い跳躍力と俊敏な身のこなし。唖然とする観衆の頭上をぴょんぴょんと飛び越えながら男はジャンプを繰り返す。男の動きは非常に洗練された無駄のない物に見えて、僕らはその動きに言葉も忘れ見いってしまう。


 この感覚を僕は知っている。コミのマジックを見た時の、全身が揺さぶられるようなあの感覚に近いのだ。それは男の洗練された動きが芸術の域に達していることを意味していた。


「あのー、ちょっといいですか?」


「なに? 俺様になんか用」


 恍惚とした表情を浮かべ立ち止まった男にエイムが声をかける。男は僕らが見守る中でしゃがみこむと、一気に跳躍する!


「ひゃはは!」


「うわっ」


 思わず尻餅をついてしまう。男がいきなり突っ込んできたのだ。エイムも体をのけぞらせており、僕らの反応を見て男は満足げな笑みを浮かべている。


「ひゃはは。驚いたよね? ね? 今俺様、二メートルは飛んでいたよ。すげえ、すげえ、すっげえ! もはや人間やめちゃってる域じゃない!?」


「……人の前にいきなり飛んでくるとか、危ないだろ」


「え? ああ。あんまりにも体が軽くて、気分が高揚しているんだ。ケガをさせるつもりはなかったんだけど、当然立てるよね?」


 男から差し出された手を取り、立ち上がる。改めてみる男の体は僕よりも小柄で身長も160㎝前後だろう。特に筋肉質にも見えないが、先ほどの跳躍。男のどこにそれだけの力があるのだろうか……やはり、“スキル”が関係しているのだろう。

 年齢も僕らより若く見える。見た目年齢でいえば十代だろう。中世的な容姿に、大きな眼というかわいらしい見た目に似合わず口元は醜悪に歪んでいる。僕は潜在的に男へ悪印象を抱く。一方エイムは僕とは対照的に男の動きを見て興奮しているようだ。上ずった声で男へと声をかけている。


「いやあ、先ほどの跳躍。すごかったですね! スキル”操身術”ですか。身体を思い通りに動かすことができるスキル。いいですね! 身体強化系は癖も少ないですし、単純に強い!」


「ひゃはは。俺様のスキルのすごさが分かるんだ。そうだよ。【脳】に【筋】を装填して得たスキルなんだ。すげえよね?」


 男の言葉に“脳筋”という言葉が浮かぶ。いや、もちろん口には出さないが。


「あっ。勝手にスキルを見てしまって申し訳ありません。僕は久利英夢と申します。今、パーティーの攻撃手を探していて、よかったら私たちのパーティーに入っていただけないですか?」


「パーティーね。うん、体を動かすのに夢中ですっかり忘れていたよ。俺様は今をトキメク高校生! 吉井ヨシイ真澄マスミさ。異世界救世に、チートスキル。いやあ男のロマンだよね! こんなワクワクするゲーム、俺様が最速で攻略しちゃうつもりだからさ。よろしく 」


「……神主佐一だ」


 僕は言葉少なに目の前の男――マスミへと返事をする。


「ちょっとサイチさん。なんですか今の自己紹介。せっかく仲間になってくれるというんですよ。失礼じゃないですか?」


「この戦いにはコミや、みんなの命がかかっているんだ。それをゲームと言ってしまうやつとは、仲良くやれそうにない」


「はあ? 何ニヒルを気取っちゃってるの? 捉え方なんて人それぞれだよね。ゲームでも何でも、要するにクリアしちゃえばめでたくハッピーエンドなんだ。別にあなたがこのゲームのことをどう思っていようと関係ないけど、俺様は俺様のルールでやらせてもらうから、邪魔だけはしないでもらえるかな?」


「あああああ。サイチさん、マスミさんも。喧嘩はダメですよ。今から敵地に乗り込むんですから仲良くやりましょうよ」


 エイムに諭され僕はうつむく。

 そう。今から僕らが向かうのは僕らを狙う異世界人や、凶悪な魔物がはびこる異世界なのだ。行われるのは命のやり取りであり、味方は当然として敵であっても命のある存在だ。いくら地球人同士協力する必要があるとはいえ、それをゲーム感覚で行おうとするマスミの発言はとても受け入れられるものではない。


「ここに集まったのは世界を救うという志を持った者だけだと思っていたけれど、マスミみたいなやつもいるんだな」


「ひゃはは。地球での倫理観なんて異世界に行っちまえば関係ないよね。サイチ、だっけ? そんなきれいごとばかり並べてるようじゃあ、この異世界で生き残っていけないよ?」


「ああ、もう。いい加減にしてくださいよ。しまいには私が怒りますよ?」


 わかったような口をきくマスミに僕は侮蔑を孕んだ視線を飛ばす。

 すでに女神の予告した時刻が迫ってきている。今から探したところで他に日本人が見つかるとも思えない状況だ。マスミがパーティーに加わるのは仕方ない。しかし、こいつのこの態度。何か問題を起こさなければいいのだが。


 マスミはエイムと腕輪を接触させ、正式にパーティーへと加わった。以降、僕とマスミは言葉を交わすことなく時間は過ぎる。




「ダメですね。やはり大半の人はすでにパーティーを組んでしまっています。他のパーティーと合併する手もありますが、残り時間を考えると無理でしょうね」


 エイムは情報収集に走ってくれたようだが、結果は空振り。しかし、他のパーティーやスキルに関しての情報は得たようだ。集合場所は事前に決めてある。僕らはニイト達と合流すべく歩きつつ、エイムの情報収集の結果を聞く。


「どうやら【脳】に【口】を装填することで言語スキルを習得できるようですね。言語スキル持ちの人が通訳となり使用言語関係なく相性のいいスキル同士でパーティーを組んでいるところが多いようです。あと、最初に与えられたメダルは私たちのスロットの因子と同じ内容、つまり【筋】【脳】【肌】【目】【耳】【口】【鼻】【骨】【爪】【毛】【臓】の十一種類だけみたいですね」


「うーん。そうすると、今まで有していた機能を他の部位で使えるようになるだけだよな。あまり有用なスキルは無いのか?」


「そうでもないみたいですよ。感覚器のメダルがあれば探知系のスキルが習得できますし、【骨】や【爪】であれば硬化、【筋】は戦闘系の、【脳】は知識系のスキルが習得できますね」


 なるほどな。要はメダルも使い方次第ということだ。


「そういえばメダルは他人に使うこともできたよな」


「はい。マオさんのメダルをニイトさんに使いましたもんね」


「一人に二つのスキルを付けて組み合わせれば強力なスキルにならないか?」


 例えば【毛】に【骨】を装填し硬化させた後【骨】に【筋】を装填して随意に動かせるようにすれば、数万本のワイヤーを操れるも同然だ。


「残念だけど、それは無理だね」


 僕の質問に答えたのは意外なことに僕らの後ろを歩くマスミであった。ニヤリと口元をゆがめるマスミはその手元で何かを転がしている。


「無理って、どういう意味だ?」


「スキルを組み合わせるという発想は俺様にもあったからね。一度試してみたんだよ。だけど、結果は惨敗。どうやらスロットに装填できるメダルの数は一枚だけみたいなんだよね。二枚目を別のスロットに装填しようとすると頭の中にエラーアナウンスが流れてくるのさ」


 そう言ってマスミは手に握っていたものを爪ではじく。宙に舞ったのはメダルであり、マスミの掌の中にまっすぐに戻っていく。


「そのメダル、どういうことだよ」


「ひゃはは。サイチ、なんだい? この手は」


 気付くと眼前にはマスミの顔があった。その胸倉をつかみ上げていた自身の手を見て、意識的に込める力を強めた。


「まさか、そのメダルは人から奪った物なのか」


「ええっと、これはただ参加者をボコって、ドロップしたメダルを拾っただけなんだけど」


「っ! それを奪ったって言うんだろうが!」


 マスミの言い草に僕の怒りは頂点に達する。何がドロップだ。僕らは経験値やアイテムを落とすモンスターか? 違うだろうが!


「うっ」


 僕が殴りつけた右手はマスミに軽々と受け止められ、反対に体を突き飛ばされる。

 

「サイチさん!」


「ねえ? 俺様に突っかかってくるとか馬鹿なの? あ~あ。気分悪くなっちゃった」


「マスミさん! どこ行くんですか」


「別に~。パーティーは組んだんだからどのみち飛ばされるときは同じ場所に行くんだよね? なら俺様はそこらで体を動かしてるよ」


 マスミは視線を一度だけこちらに向けるとそのまま歩き去って行ってしまう。ゆっくり立ち上がる。まだ自分の中には怒りが渦巻いていた。


「サイチさん、大丈夫ですか」


「くそ、なんなんだよあの態度は。あんな奴と本当にパーティーとしてやっていけるのか?」


 湧き上がるのは黒々とした不安だ。靄のかかったような心のまま、僕らは集合場所を目指した。



『愛しき私の子たちよ。遂に約束の時が訪れました』


 運命の時刻。僕らの頭へ声が響く。


『今からあなた方が向かうのは危険に満ちた場所です。スキルを手に入れたとはいえ今のあなた方の力では到底目的を果たすことは難しいでしょう。ですが、悲嘆しないでください。諦めないでください。旅立つあなた方に私から贈り物ギフトがあります。自身と同等か、それ以上の敵を倒すことで自身の力を高める位階上昇レベルアップの力。その力があればあなた方はどこまででも強く、完成された存在へと近づくことができるでしょう。位階上昇レベルアップは身体機能を高めるほか、持てるスキルの最大数を増やすこともできます。そして、スキルはメダルを集めることで強化させることが可能です』


 レベルアップ。マスミではないがゲームを意識させられる単語に僕はいら立ちを覚える。


『時には絶望し、悲嘆し、逃避したくなることもあるでしょう。けれどもけっして希望は捨てないでください。未来を諦めないでください。世界の命運はすでにあなたたちの手に託されたのです。力なき私にできるのはあなたたちの手助けだけです。どうか異世界人類からの侵攻を防ぎ、愛すべき私たちの世界を取り戻してください』


 朗々と頭の中に響く声は心を奮い立たせる。僕らに逃げ道は無い。明日を生きたければ前に進むしかないのだ。決意を胸に込めると、天井を仰ぐ。


『愛すべき私の子が逆境に飲み込まれることなく、仲間とともに使命を果たすことを祈っております』


 女神の優しい声に包まれて僕の意識は暗闇の中へと落ちていった。




 顔に当たる光を感じ、僕は目を覚ます。

 見上げる空はけれども鬱蒼と生い茂る木々に阻まれその全容を見ることはかなわない……木に、空? 僕はどうしてこんなところに寝転がっているんだ? 起き抜けの、ぼーっとした意識が徐々に覚醒していく。


「サイチさん。目を覚ましたんですね」


「エイム……ということはここは、異世界なのか?」


 目の前に飛び込んできた堀の深い顔は未だなじみのない新しいエイムの顔だった。そうだ。僕はコミを、世界を救うために異世界へと来たのだった。完全に覚醒した意識で僕は周りを見回す。


 木々が密に折り重なり、空から降り注ぐ日差しのほとんどを遮る密林。下草は少なく、地表はむき出しの土がちらほら見えるほどだ。道らしき道は見当たらない。ただただ続く森は周囲の薄暗さも相まって不気味に感じられた。


「ここが、異世界か」


「想像していたよりもなんだか薄気味悪い場所ですよね」


「あっ! サイチさん。目を覚ましたんだ」


 駆け寄ってくる足音。見れば木々の間から姿を現したマオが、そしてその後ろからニイトが僕たちの下へと駆け寄ってきた。


「少しこの辺りを見てきたんだよ。でも、動物一匹見当たらなかったよ」


「俺の探知スキルでも同じだな。このあたりに生き物はいねえようだ。とりあえず外敵の心配はなさそうだが……いや、上になんかいるぞ!」


「あっ、ばれちった。とうっ!」


 舞う砂ぼこり。のけぞる僕らの前に木の上から飛び降りてきたのは、嫌味な笑顔を浮かべるマスミであった。


「ひゃはは! その様子だと『探知』も万能ではないね。音を殺して待ち伏せしている敵には無力ってわけだ」


「なっ! おまえ、誰だよ?」


「俺様は吉井真澄。あなた達のパーティーメンバーだよ」


 初対面の三人。マスミはニイト、マオにあいさつする。


「サイチさん達が勧誘した人だよね。私は浅木真央。マオって呼んでね」


「俺は内田新都。名前はニイトだが、こう見えて警察官だ」


「マオに、ニイトね。よろしく」


 互いに握手を交わす三人。


「マオとニイトは付き合ってるの?」


「ううん。ニイトとはクラスメイトだっただけだよ」


「ふーん。ならマオさん、俺様とハーレムしない?」


 マスミの言葉に場は凍り付く。一瞬の静寂の後に襲ってくるのは混乱である。


「うん? えっ、えっ、えっ? いきなり何言ってるの」


「ひゃはは。反応もかわいいね! 異世界と言ったらチート、ハーレム、俺TUEEE! まあ、今のは冗談だけど、前向きに検討してほしいな」


「おい、マスミ。いきなり何ふざけた態度をとってくれてるんだよ」


「へ~。ニイトは怒っちゃった? ただの冗談だよ。それに二人は付き合ってないんだから別に誰が告白しようと自由でしょ」


「マスミ、いい加減にしろ!」


 思わず声を荒げてしまう。僕の、ニイトの険しい視線がマスミに向かう。


「ひゃはは。ほんと、みんな冗談通じないなあ。さあ、こんなとこに突っ立ってないで、さっそくレベリングと行こうよ! ガンガンいこうぜ!」


「サイチさん、ニイトさん。落ち着いて。多分彼も悪気があったわけじゃないんでしょう。きっと、異世界に来てテンションが上がっているだけですよ。それよりもまずは周囲状況を調べましょう。何をするにも安全を確保してからですよ」


 エイムのとりなしを受け、僕は何とか頭に上った血を下す。

 マスミという不安要素を抱えながらこの異世界で生き残ることはできるのだろうか。何か問題にならなければいいんだけど。


 僕は落ち込んでいく心を感じながらため息をつく。僕らの異世界での戦いはこうして幕を開けた。

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