異世界インベーダーゲーム

滝杉こげお

プロローグ

『マジカル☆コミミン マジックショー』

 赤、青、黄。会場内を駆け巡るビビットな光が激しく明滅を繰り返す。


 舞台上でスポットライトに照らされるのはピンクの髪が印象的な一人の少女であった。

 華麗に舞い踊る少女が手にするのは刃渡り五十㎝はあろうという長大な二本の直剣である。

 天井から降り注ぐポップなBGMを受けながら 一対の刃物を天へと掲げた可憐な少女は、ステージの奥へと向けゆっくりと歩き出した。


 舞台から一段降りたフロアには人々が詰めかけていた。

 彼らは言葉を発することなく少女の一挙手一投足を見守っている。

 少女の洗練された動きに観客の緊張が最も高まった瞬間、スポットライトが一点に集中する。

 まばゆい光に照らされるのはステージ奥に設置された大きな箱である。

 黒字に金の装飾が施されたなんとも高級そうな箱はライトの光を受け悠然とその場にそびえたつ。

 箱には数か所に留め金が付けられており、歩み寄った少女により留め金は一つ、また一つと外されていく。


 ステージ横の垂れ幕の陰から少女の一連の動きを見守るは、息をのむ。

 さあ、いよいよ大詰めだ。

 心の中で声を上げる。頑張れ、コミ!



「会場のお兄さん、お姉さん。今日は私のショーを最後まで見てくれてありがとね♪ 最後はコミミンのとっておき♪ 人体切断マジックだよ♪ これはまだ練習中で、成功するか分からない難しいマジックなんだ♪ だからみんなコミの事、応援しててよね♪」


 剣の柄をマイクに見立てた少女――コミは、観客席に向いている箱の蓋を全開にして中を確認するようジェスチャーで促す。

 少しの間を開け、観客へ目配せすると続いてその手に持った剣の柄を箱を取り囲むように設置された装置へと固定していく。

 一本、二本と次々に差し込まれた剣は全てが黒い箱へと鋭い剣先を向いている。

 合計十本。スポットライトの光に照らされ鈍く光る剣を全て設置し終えたコミは手を振ると、観客に背を向け箱の中へと入っていく。


「じゃあ、行くよー♪ みんな、カウントダウンお願いね♪」


 パタン、と。ひとりでに閉まる箱の扉。

 装置も、箱も全て一人でマジックのステージが行えるように設計されたものだ。

 コミの掛け声に合わせ会場中が一つになる。


「「「三! 二! 一!」」」


「GO♪」


 箱の中から声だけで答えるコミの掛け声に合わせ装置が作動する。

 すべての剣の切っ先が、コミの入った箱目掛け突き立てられる!


――ガシャン






 BGMは消え、会場中を緊張をはらんだ静寂が包む。

 一秒が何十秒にも引き伸ばされたような感覚の後、装置により箱から剣は引き抜かれ、そして。


「あは♪ マジカル☆コミミン、大成功!」


 箱の扉を開けて出てきたコミの笑顔に観客だけでなく僕もほっとする。

 今回のマジックは、うん。完璧だ。


「「「コミミーーーーン!」」」


「あはっ♪ 今日は楽しかったよ♪ みんな応援ありがとう♪ それじゃあ、また来週♪ バイバーイ♪」


 割れんばかりの拍手。

 防音のために分厚く作られた施設の壁を突き破らんがごとき歓声が上がる。

 頭の上で大きく手を振ってファンへ別れを告げたコミを出迎えるため、僕は用意していたレモンティとタオルを手に取った。





「ふひ~~、サイチ。今日はもう疲れたよ~」


「お疲れ、コミ。新作マジックの成功おめでとう」


 舞台袖。

 僕が椅子を勧めると、出番を終えたコミはステージ上とは違う柔らかい笑顔を浮かべながらグテンと背もたれに体を預ける。

 僕の名前を呼びながら伸ばされたコミの手に、冷えたレモンティを渡した。

 ステージの方では早くも次の演者が出てきたようで少し奥まったところにいる僕らの所まで熱気が伝わってくる。


「うん。頑張って練習したからね。成功してよかったよ~。でも、これからは毎週ステージがあるんだから、もっと練習して、もっともっとみんなを笑顔にするんだからね」


 額から汗を流しながら弾む息遣いで笑うコミに僕はタオルを当てる。


「ああ。コミのマジックは皆を笑顔にする。たくさんの人に見てもらうためにも、頑張らないとな」


「うん。今はまだ三十人席を埋めるのが精いっぱいだけど。いつかは私のお父さん、天才エンターテナーTOPPIトッピみたいに万の観衆を笑顔にして見せるよ」


 まじめな顔で大言を吐くコミ。

 僕もそれを受け神妙にうなずく、が。


「「アハハハハハハハ」」


 ダメだ。こらえきれない。

 突如笑い出した僕ら二人にステージでの出番を控える他の演者からの冷たい視線が飛ぶ。


「コ、コミ。ちょっと場所を移そうか。さすがにここで笑っていたら観客にまで聞こえてしまうよ」


「う、うん。そうだね」


 口元を抑えながら僕らは足早にその場を去るのだった。




 すっかり暗くなった空を僕らは見上げる。

 明日は月曜日。二人とも大学の講義がある日だ。

 そう思い帰り道の算段をしていると隣を行くコミから声がかかる。

 一緒にライブハウスを出たコミの方へ目を向けると彼女は、その入口に張られたポスターを指さしている。


「ハハハ。『マジカル☆コミミン マジックショー!』か。いよいよ本格的に拠点を持った活動ができるね~」


 ステージ衣装に身を包む自身のポスターを見つけ、コミは感慨深げになんども頷く。

 スポットライトに照らされたコミの輝くような笑顔。

 僕は眼がしらに熱い物を感じていた。

 コミと僕が出会ってからすでに五年の月日が経過していた。

 これまでは路上や会場を予約して講演を行ってきたのだが、地道な活動が実り、固定ファンができてきたコミにライブハウスから今回、専属の演者として定期公演の依頼が舞い込んだのだ。


「これからは週に一回、ここに立ってステージができるんだよ! もう空いている舞台を探したり、時間や場所のやりくりをしたりから解放されるんだよ!」


 はしゃぐコミは本当にうれしそうに笑う。

 僕は道行く人々から浴びせられる視線にたじろぎながらもコミの動作に見惚れ、つい視線が動かせなくなってしまう。

 僕は裏方としてコミの活動を二人三脚で支えてきた。今までのコミの苦労も、挫折も僕が一番知っている。

 だから、コミのこうした笑顔を見ると心から感じる物があるのだ。ライブハウスの外壁を照らすライトの光を受けながらコミはグーっと、体を伸びをする。



「サイチ! これからも私のことをずっと支えていてよね。私が頑張れるのはサイチがファンとして、私の活動を認めていてくれるからなんだよ」


「……ああ。僕はコミのファン一号だ。コミの夢は僕の夢なんだ。きっとコミのことを支えてみせるよ」


 コミの発したファンという言葉に僕は一瞬引っ掛かりを感じる。

 けれどもそれを表に出すことはなく、僕は精いっぱいの笑顔をコミに向けた。



 コミとの出会いは五年前のことだ。

 幼少期に両親を亡くした僕は、自分という存在を認めてくれる者がいなかったゆえに、自分のことに自信が持てない、気の弱い人間として育っていた。


 自分に自信が無い僕は周囲の目を気にし、誰にだって愛想笑い。

 嫌われまいと上辺だけ取り繕うから誰とも真に親しくは成れない。

 孤立する寂しさから人とのつながりを求めて周囲に迎合する。

 結局はいてもいなくても変わらないどうでもいい存在。

 それが僕の在り方であった。


『私の夢は、私のマジックを見た人みんなを笑顔にすることなんだ』


 すべてに疲れ、何事からも興味を失い、虚無感にさいなまれていた僕の前に現れた希望。

 楽しそうに自身の夢を語るコミは自らの将来に希望を持てないでいた僕にとってとてもまぶしいものだったのだ。

 彼女の恒星のごとく輝く笑顔と、次々に繰り出されるマジック。

 僕は彼女のその姿をずっと見ていたいと、近くで彼女の夢が実現するのを支えたいと思ったのだ。


 だから。僕はコミに思いを伝えた。

 僕はあなたのファンになったのだと。

 あなたの夢が実現するのを間近で見たいのだと。

 だから、自分にあなたの活動を支えさせてほしいのだ、と。


『あはは、じゃあサイチは私のファン一号だね♪ サイチが手伝ってくれるというのなら心強いよ。だって、私が笑顔にできた人が確実に一人はいるっていつでも確認することができるんだから』


 この日からコミの夢は、僕の夢にもなったんだ。

 あれから五年。経理や公演できる会場の予約等、裏方としてコミの活動を間近で見続けてきた僕の生活はとても充実したものとなった。

 コミとともに夢に向かって歩く日々は僕の心に確かな充足を与えていた。


 けれどもそんな日々を繰り返すうちに、僕は自身の中に眠るある一つの感情に気付く。

 コミへのあこがれ、思い。その中にはコミに対する恋愛感情も含まれていたのだということに。


 しかし、僕はその思いをコミに伝えることはできないでいた。

 万人に笑顔を届けるべく必死でマジックの練習をするコミ。

 僕が思いを伝えることで僕という存在がコミの邪魔になってしまうかもしれない。

 そう考えてしまうからだ。


 だから、コミの夢がかなったその時には僕はコミに告白しよう。

 そのためにも今はコミを全力で支えるんだ、と僕は決めたんだ。



 コミが最高のエンターテナーになり、世界を笑顔にする。

 まるで子供の作文に出てくるような文言であるが、僕たちはそれを決して夢物語では終わらせないつもりだ。

 そのために努力し、やっと定期的に公演ができる立場までこぎつけたのだ。

 目指すゴールに比べたら小さな一歩かもしれない。

 けれどもコミと一緒ならきっとたどり着ける。そんな確信があった。


 僕は今公演を終えたばかりの会場を振り返る。

 住宅地に建てられた小規模なライブハウスは屋根に設置されたライトに照らされ周囲から浮かんだように輝いている。


 ここで定期公演ができる。

 僕らの今まで積み重ねてきたものがようやく認められたのだ。


 僕らは最寄りのコインパーキングに停められた車のトランクにマジックの備品を押し込むと、車を出す。

 疲労の為か助手席に座るコミは眠ってしまう。

 寝息を立てるコミの寝顔を横目に確認しながら僕はハンドルを回した。





 世界を人類史上最大規模の震災が襲ったのは、コミの公演から三日後の事だった。

 揺れる大地。崩れ落ちる建物。空には大穴が空き、陸地の半分が海へと沈んだ。


 生き残った人類は高地に移り住み生を繋いだが人々を待っていたのは最悪の生活難と、そして……


『愛しき私の子たちよ、聞こえていますか』


 選ばれし人類に向け、女神を名乗る存在から神託がなされたのが震災から二日後の事である。

 選ばれたのは一万の人類。神から人類に告げられたのは衝撃の内容だった。

 曰く。


『愛すべき私の作った世界が今、外敵から狙われています。敵はこの世界の資源を狙う異世界人。今のままでは三年後にもう一度起こるであろう異世界人からの襲撃により愛しき私の子と、愛すべき私の作った世界は壊されてしまうでしょう』


『それを防ぐ方法が一つだけあります。愛しき私の子たちよ。世界のためにどうか立ち上がってください。力なき私に力を貸してください。私があなた方に戦う力を授けます』


 世界の命運を賭けた戦いはこうして唐突に始まりを告げる。

 明日にも女神に選ばれた人間はこの世界を守るため、異世界に送り込まれるのだという。

 そして、僕もその選ばれた人間のようで。

 けれども僕は……



「サイチさん、大丈夫ですか?」


 木の間にビニールシートを掛けただけの簡易テントの中で僕は俯いている。

 人々は海に飲まれた平野部から標高の高い山の中に避難していた。

 ビニールシートを持ち上げて誰かが中に入ってくる音。


「あ? ああ。エイムか。何の用だ?」


 テントの中に入ってきた男、友人の久利英夢エイムの声に僕は顔を上げることなく答える。

 元から両親のいない僕は交流のあったエイムの家族とともに行動を共にすることになったのだ。

 小太りな体型ながら整った顔立ちのエイムは幼少時代から家族ぐるみで付き合いのある友人だ。

 僕らが避難した先である山の中に作られたコミュニティには僕を含め二十人程度の人間が集まっている。


「何の用、じゃないですよ! サイチさん、君はこのまま死ぬつもりですか!? それでも君はコミさんの友人なのですか!? 私も女神に選ばれたんですよ。この世界を救うため、一緒に戦いましょう!」


「……世界を救う? ハハ、冗談はよしてくれよ。僕はコミすら助けられなかったんだ! ……そんな僕が世界を救うとか、そんな大それたことできるわけないだろ」


 近寄ってきたエイムを突き飛ばす。

 エイムが持ってきてくれたのだろう。

 お椀の中に入れられた汁物がテントの中に飛び散る。


「サイチさん! いつまでもそうしていたところで、コミさんは帰ってきませんよ!」


「うるさい。そんなことわかっているよ、でも、僕は、僕には。あああああああああああああああああああああああああ」


 どうして、どうしてこんなことに。

 掛けられる騒音に耳をふさぐ。

 女神の言葉も、友人の言葉も、今の僕にはわずらわしさしか感じられない。

 視界を覆うガラス片と飛び散る赤が何度も脳内に再生される。


 コミ。どうして僕なんかを生かしたんだ。

 生きるべき人間がいるとしたら僕なんかじゃない。コミの方だろ?



 逃避を繰り返した僕は、結局そのままその場から動くことはなく。

 何の準備も行わないまま、僕は女神から告げられたを迎えたのだった。

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