アル中クエスト あるいはクリスマスの奇跡

紫仙

飲んではハイに、醒めては灰に……

 暗い迷路のように広い酒蔵で、炎が勢いを増す。

 目の前に化け物が一体――――

 炎を背にしているそれは巨大な人型に見えた。

 醜く怪異なことに、人の顔と思しき肉の造形が化け物の全身を覆っている。頭にも、胴体にも腕にも足にも、そして背中にも人の顔があることは仲間たちと闘ってみて当のバイロンも確認している。

 化け物が、殺意を楽しむように一歩二歩とにじり寄って来る。

 幾つもの顔が、炎の灼熱に照らし出されバイロンたちを睨んでいる。

 どの顔にも死斑が見える。既に物言わぬしかばねの顔が、死んだときの苦悶くもんが彫刻のように刻まれて永久凍土えいきゅうとうどのごとく保たれていた。

 地の底からの唸り声がしたかと思えば、化け物の胴が横一文字にぱっくりと割れ、その赤黒い口から石斧のようならんぐい歯と大蛇のような舌を覗かせる。

 醜悪で巨大な口は何人もの犠牲者を飲み込んできたことだろう。

 この状況がどんなものかは、泥酔しているロクデナシでも分かろうというものだった。

「どうするんだ、バイロンの大将。いっそ玉砕ぎょくさいかぁ?飲んではハイに、醒めては灰に、飲もうぜ、今宵こよい。聖夜を杯にして!ギャハハ!」

 盗賊エヴァンのヤケくその笑い上戸と、調子はずれな即興詩そっきょうしが、バイロンをムカつかせた。

「シラフになるのは嫌よ、でも死ぬのはもっと嫌ああぁぁ!」

 回復担当、僧侶セルマの発作的な泣き上戸じょうこからくる金切声かなきりごえ。これもバイロンの神経を逆なでした。

「まぁ、あれじゃよあれ。『酩酊めいていは一時的な自殺である』という格言があってだな。わしゃ、自殺志願者で何度でも自殺したいから今日も酔う!」

 それが人生最期の言葉にしたいのか、攻撃魔法担当のローランドの理屈っぽい長広舌がやはりバイロンのかんに触った。

 しかし、なによりもバイロン・バーンズにとって不快なのは自分だけが気持ちよく酒に酔えていないことだった。こんな危機的状況であっても――――

「クソっ、どうしてこうなった」

 忌々しく舌打ちをしてバイロンは、得物の両手剣を握りしめ化け物に切っ先を手向ける

 全員が全員、酒が入って時間が立っている。

 泣いたり、笑ったり、理屈っぽくなったり、と悲喜こもごもの仲間たちを一瞥いちべつして、バイロンは焦りと恐怖とある渇望にさいなまれていた。

 バイロンは顔をしかめながら歯を食いしばる。気分は最悪、その上眼前の化け物を倒す方法はないのだった。だが、アルコール漬けのバイロンの頭はでここに来て、何か重大な何かを見逃していると強い違和感をわずかに残された理性に訴えているのだった。

 そう、この化け物が襲ってくるまで何かが引っかかるのだ。

 それが何か分かれば、この絶体絶命の中で道は開ける気がする。


 バイロン達四名は、いわゆる遺跡の探索やら怪物退治などをする冒険者と呼ばれる人種である。それがなぜ酒蔵と言う名のダンジョンで、へべれけになった挙句、化け物に追い詰められているのか?

 事の発端は、半日前に至る――――

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