帰還

勝利だギューちゃん

第1話

ここがどこだかわからない。

前後左右の区別がつかない。

暗闇の中に、俺はいる。


かすかに音は聞こえる。

匂いも感じる。

手をつねると痛い。


どうやら、聴覚、嗅覚、触覚は残っているようだ。

後は、視覚と味覚だが・・・

確かめようがない・・・


「ここはどこなんだ?」

意識はあるようだ。


しばらくしたら、前方に光が見えてきた。

視覚も残っているらしい・・・


俺はその光に向かって歩き出した。

いや、泳ぎだしたというのが適切だろう。

俺はかなづちなのだが、なぜか自由自在に泳げた。


「俺は夢でも見ているのか?」


しばらくすると、光に到達した。

その光に手をやると、いきなり光の強さが増した。


そして・・・


気がついたら、俺は見たところもない場所に立っていた。

そこは、一面のお花畑だ。


いや、適切ではないだろう。

初めてのはずだ・・・でも、なぜか懐かしい・・・

ここはどこなんだ。


「三途の川よ」

どこから声がした。


ふりむくとそこには、見知った女の子がいた。

「まさか、ここで君とあうとはね」

女の子は笑顔で答えた。

でも、どこか寂しげだ。


「君は確か、茶川(さがわ)さん?」

「そうだよ。相田(そうだ)くん」

茶川さんは、確か・・・

そう、先日不慮の事故で他界した。


特別仲良しというわけではなかったが、会話はしたことがある。


「君がいると言う事は、俺は死んだの?」

「まだ生きてるよ」

「えっ、でも」

「ここは生死の境目、まだ君は死んでいない」

「なら、茶川さんも、まだ生きているの?」

お門違いとは思った。

でも、訊かずにはいられなかった。


「ううん、私はもう死んでるわ。頭に天使の輪があるでしょ?」

彼女の頭上を見ると、確かに天使の輪があった。


「なら茶川さんは、どうしてここにいるの?」

「もちろん、君を止めるためよ」

「俺を?」

茶川さんは、頷く。


「相田くん、君はまだ死んではいけない」

「なぜ?」

「君は私と違い、やり残した事があるでしょ?」

確かに、未練なく死んでいく人などいないだろう・

でも、俺だけ特別というわけにはいかない。


「なぜ、俺のためにここまで?特に親しくなかったのに」

その言葉に、茶川さんは悲しそうな表情をした。


「私は、君の事を大切なBFと思っていたんだけど、迷惑だったかな」

知らなかった。

鈍感なのか?俺は・・・


「でも、どうすれば戻れるの?」

「簡単よ。今から私がおまじないをする。そしたら君は生き返るわ」

「どうやって?」

「目を閉じて・・・」

言われるままに目を閉じる。

すると、温かい物が唇にふれた・・・


どうやら、味覚もあるようだ・・・


「元気でね。君はまだ、来ちゃだめよ」

その瞬間、まばゆい光につつまれ、俺の意識は高速で、落下した・・・


「・・・だ・・・」

「・・・・だ・・・くん」

複数の声に俺の意識は目覚めた。


「よかった、もう目を覚まさないかと思ったよ」

「心配したんだから」

辺りを見回すと、病室のようだ。


室内にいるのは・・・そう、クラスメイトたちだ。

全員が来ている。


クラスメイトのひとりがいう。

「俺はあの世にでも、行ってきたかと思ったよ」

「・・・行って来たさ・・・手前までな・・・」

「えっ」

俺は、三途の川での、茶川さんとの事を話した。


「そうなの・・・莉子(りこ)が・・・」

莉子というのは、茶川さんのファーストネームだ。


後で話をきいたら、俺は掃除中にいきなり意識を失ったらしい。

すぐに、クラスメイトたちが病院に運んでくれた。


そして、集中治療室に入り、手当を受けた。


「そうそう、こういう時になんだけど、報告があるの」

クラスメイトの女子がそういって、俺にひとつの雑誌を見せた。


「これは?」

おめでとう!相田くん。デビューだね。


その雑誌には、俺の書いた小説が入選した事を知らせる記事があった。

茶川さんの言っていたやり残した事とは、これだったのか・・・


「たしかにまだ、向こうへは行けないな」


それから、何年か経ち、俺は作家として活動している。

もちろん、茶川さんとの事は、話していない。

でも、どこかで見守っていてくれている気がする。


がんばろう。

いつか、向こうで再会する日まで・・・


「相田くん、いや誠二くん、がんばってね」

あの世から、茶川さんがつぶやいたのを、知る由もなかった。


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帰還 勝利だギューちゃん @tetsumusuhaarisu

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