第5話


「好きです。私と付き合ってください」


 偶然、通った廊下の近くからそんな言葉が聞こえてきた。


「はぁ」


 ため息はついているが、それは告白をしている人に対してではなく、偶然通りかかってしまった自分に対してである。


 中学の時も何度かこういった話を聞くことはあったが、高校になるとそういった機会が多くなっていた。


 別に、そういった話をするな……とは言わない。


 場所とかタイミングを選んで欲しい……とは思うが、こればっかりはどうしようもない。


「本当に最近多いよねぇ。そういった話」

「恋愛話?」


「恋バナね。みなとも何かない?」

「ない。マネージャーの仕事に勉強でいっぱいいっぱいだから」


 私たちは、あっという間に三年生になっていた。


 マネージャーになった後、全国に出場したり、その試合の為に遠征したりその合間をぬって勉強に当てたり……と目まぐるしい日々を送っていた。


 もちろん、それは分かりきっていたことだから別に文句なんてない。


「まぁ、そうだよね……うん。愚問だったわ」

「ご理解いただけてなにより」


「でも、聞きたくなくても『偶然』ってあるよね」

「そこは仕方ないでしょ」


「分かっているんだけどね。あっ、そういえば、湊の幼馴染。かなりモテるらしいね」

「らしいね」


「なーに? 気にならないの?」

「別に? あいつ、好きな人いるらしいから」


 ついさっき聞いてしまった『告白』は、聞きたくなくても否応なしに耳に入ってきてしまったのだから、仕方がない。

「ふーん? 好きな人ねぇ」

「何?」


 彼女はチラッと私顔を見ると「いや? 別にぃ?」と含みのある言い方をして、そのまま視線を逸らした。


「それよりも、これからどうしようかな」

「今度は進路の話?」


 彼女から始めたはずだったのに、「この話はそれまで」と言っているかの様に話題をサラッと変えられた。


「だって私たちのクラスって、進学と就職半々じゃん。やっぱり迷うんだよぉー」

「あー、自分の進みたい方に行けばいいんじゃない?」


「適当すぎるよ!」

「……」


 私立の学校ではないから、経済的に厳しくても母はこの学校に進学する事に賛成してくれた。


「というか、湊。あなた、あの幼馴染と同じ様に進むの?」

「えっ? まっ、まさか。私と彼じゃ住んでいる『世界』が違うし」


「ふーん。そう言いながらも同じ学校来てんじゃん」

「そっ、それは……」


「頭では分かっているけどって感じなんだろうけど、これからもとはいかないと思うよ?」


 まさしく「ぐうの音も出ない」状態だ。


 頭では分かりきっている。いつでも離れる事が出来たはずなのに、私は気がつくと涼太の姿を探している


 本当に矛盾していると思う。


「……」

「私が言うのはお門違いかも知れないけど、頭で考えるんじゃなくて、たまには直感で動いてみたら? 確かに、湊は冷静さが売りのプレーヤーだったけどね?」


 何度か戦い、研究されているだけあって私のプレースタイルなんて分かりきっているのだろう。


「ごっ、ごめん。ちょっとトイレ」

「あっ、ちょっ……」


 そう言って私は思わず逃げてしまった――。


「……」


 分かりやすいほどの「敵前逃亡」だった。しかし、下手に何か言えば揚げ足を取られかねない。


「おっ、江崎えざき

「先生」


 トイレから出て来た私を偶然通りがかったバレー部の顧問が呼び止めた。


黒佐古くろさこ、見なかったか?」

「いえ、見ていませんけど、どうかしましたか?」


「いや、後で部活の時に言うが、実は黒佐古にユース代表の召集がかかってな」

「ユース代表って、日本代表ですか!?」


「あっ、ああ。出来るだけ早く伝えたかったんだが、見当たらないなら部活の時に言えばいいだけか。とりあえず本人見かけたら職員室に来るよう言ってくれ」

「あっ、はい」


 そう言って戻って行く先生後ろ姿を見送りながら「いつかはそうなるかな?」と軽く思っていた事が、現実味を帯始めている事に……なぜか、私は急激に不安になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る