第44話 自然な分担、もしもの可能性 6/8

 荷台から荷物を降ろし、いつもの通用口を通って、今日は勝手口から家に入る。勝手口の有る側は一日を通してほぼ日陰になっており風通しもよく、深めののきがあるので芋や玉ねぎといった物を置いておくには丁度良い場所になっている。と、いうか今まで何の気無しに見ていたが「軒」があったのだ。異世界の家にも軒はあるらしい。

 この首都は向こうと空気も違うし騒がしさも違うが、どこかしら似ている部分もあって何の気無しに見ていると違和感が無い所も多いのだろう。朝、冷蔵庫に今更気づいたのが良い証拠だ。

 私がぼんやりしすぎている、と言われればそれまでではあるが。

「あ、玉ねぎを吊るさないと」

「こっちでも玉ねぎは吊るして保存するんだね」

「はい、こうすると長持ちしますので」

「私もやるよ。このネットに一個ずついれて吊るせば良いのかな?」

「ええ、それで大丈夫です。よくご存知で」

「向こうで少しやってたんだよ」

 二人して玉ねぎをネットに入れては吊るし、入れては吊るして作業は終わった。勿論、今日使う分は吊るしていない。私は向こうでやってしまい二度手間になった事が多々ある。因みにじゃがいもは紙袋に入れて保存だ。

「これで良さそうですね。さてお次は夕食の仕込みをしましょう」

「私に何か手伝える事はあるかな?」

「うーん、力仕事もないですし大丈夫だと思います」

「じゃあ、掃除でもしておくよ」

「お願いしますね」

 さて、そうなれば話は早い。先ずはキッチンへの戸を閉める、これはホコリがキッチンへ行かない様にする為だ。そして二階へ行き私の部屋と二階の廊下を掃除する。ミーナの部屋も掃除するか迷い、聞いてみたが自分でやるから大丈夫との事だったのでやめておいた。それくらいの気遣いは私でも出来る。

 次は階段と一階の廊下、玄関を掃除し、玄関からホコリを外へ掃き出してやる。逐一ちりとりを使うのもいいが手間なのだ。リビングはローチェストとラックの上と拭き、床を掃いて掃き出し窓からホコリを掃き出す。これで大枠の掃除は終わりだ。細かいところまで出来ない訳ではないがそもそもそんなに汚れていない為軽く掃除するだけでいいのである。

 最後は風呂と手洗いだ。先ずは風呂の浴槽を洗剤とブラシで擦り洗い、床を床用のブラシで洗う。手洗いは手洗い用のブラシでしっかりと擦り洗って終わりだ。ここも目立つ汚れはないので早く終わった。

 こんなものだろう。かなり適当だが本格的にやり始めてはキリがない。普段やるのはこれくらいでいいはずだ。手抜き過ぎなら全国の主婦、主夫の方々には申し訳ないが。とにかくひとしきり終わったので外に出て身体のホコリを払い落とし、文字の勉強道具を持ってキッチンで勉強することにした。


「掃除終わったよ」

「ありがとうございます。こちらはもう少しかかりますので」

「私はここで文字の勉強でもしようかな」

 そう言っていつも通りテーブルに向かい椅子に腰掛けて勉強の始まりだ。部屋でやっても良いが何分ここの方が落ち着くし集中もしやすい。不思議なものだ。

 相変わらず本に書き込んだり、紙に書いたりして覚えているが完全に記誦きしょうするまではいかない。それもそうだろう、小学校では平仮名片仮名を覚えるのにそれなりに時間はかかったし、漢字はそれこそ時間がかかった上思い出せない時もある、英語など更にそうだ。

 それを考えればこちらの文字を覚えるのに時間がかかっても不思議ではない。初めてアルファベットに触れた時と同じである。唯一違うとすれば向こうの平仮名片仮名、漢字アルファベットは学ぶ前に目に触れる機会が幾らでもあったが、この文字は完全に知らない状態から学んでいるということだ。

 だが少しずつ少しずつ読めるようになってきているのも事実で、看板などにある単語くらいなら何とかなるし短い文なら対応表があればそこそこ読める。まあボチボチとやっていくしかないだろう。天才でもない凡人な私にはそれが一番いい。急いだ所ですぐに覚えられる訳でもなく、そして急ぐ必要もまた無いのだから。

 でも綺麗にサッと書きたい単語が三つある。一つは自分の名前。残り二つは……

「ルカワさん、ちょっといいですか?」

 おっと、ミーナに呼ばれた。何事だろうか。とりあえずペンをおいてミーナの所に行こう。


「ハンバーグのサイズなんですがこのくらいで良いですか?」

「ちょっと大きめなんだね。このくらいで大丈夫かな」

「じゃあ、これでいきますね」

「よろしく頼むよ。それにしても霊気を手に纏わせているのは?」

「これですか? 霊気で手の熱を遮断して捏ねているんです。ボウルも冷却してるんですよ」

「本当だ、ボウルが冷えてる。あれ? 冷やす霊術があるのか? どの属性にも当てはまらない気がするんだが……もしかしてこれは自分で?」

「鋭いですね。これは私が作った霊気の操作です。一応、特殊霊術と分類は出来ますが」

「なるほどなぁ。この感じを見るに料理用の術かな?」

「その通りです。言い当てられてしまいますね……」

 聞くにこの術は真空水球と同じくミーナが編み出したもので恐らく世に二つはないらしい。また真空水球が既存の霊気の性質変化の組み合わせであるのに対し、これは性質変化を独自に開発したのだという。これには流石のミーナも骨が折れて発想自体は料理をし始めてすぐあったものの中々上手く行かず開発を何度も中断し、昨年ようやく完成したようだ。つまり十年近くかかった事になる。

「発想は出来ても霊術はそれをそのまま実現は出来ませんからね」

「うーん、難しいんだなあ。私には真似出来ないよ」

「この状態でなければルカワさんには容易だったかもしれませんよ」

「どういう事だ?」

「ルカワさんは霊術を使っていなかったから術としての性質変化に風の制約があるんです。でも単に霊気を使うだけならイメージで何でも出来るでしょう?」

「確かにそうだけども、それがどうして?」

「もし、霊術を使っていたら性質変化には何の制約もない、むしろ三属性の枠に縛られない、そういうものだった可能性はあります。本当に霊気に関してイメージだけで何でも出来たかもしれません」

「なるほど。つまりやりたい放題だった可能性も……」

「そういう事です」

 うーむ、やはり私の霊術はどこか不思議なのだろう。だが少なくとも制約がある事に関して不満はない。制約がなかったら多分暴発させているし危険だった筈だ。もっとも制約を受けていない状態はあり得た筈が無い。なぜなら私は元々こちらの住民ではないからだ。

 そんな事を話しているとミーナがハンバーグを捏ね終わり、成形して小さな真空水球に入れ、冷蔵庫にしまった。タネを寝かせる為だろう。少なくとも一時間はかかると見ていい。

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