竜使いの問題
レッジョ史
かつて、この大陸には高度な魔法文明が栄えていたと言う。
その頃のレッジョは、レクスと呼ばれていた。
古の文献などには数多くの建物や城塞が建造され、太古の人々の魔法によって生み出されたいくつもの魔法生命体が人間の奴隷として使役されていたという。その成れの果てが、今現在のレッジョのダンジョンとモンスターだとも言われる。
そのレクスの繁栄が何千年か続き、何らかの理由で魔法文明が崩壊。人々はレクスを去った。それから約二千年。再び世界は活力を取り戻し、人類はこの失われし時代の遺物たる古都へと戻ってきた。
冒険者による探検隊に随伴した歴史学者たちが遺跡の文字を解読し、この巨大な遺跡群が古のレクスであり、やがて何度かの探検を経て彼らがこの遺跡群に居住するようになり、新たに集落を形成。その時にこの古代都市の亡骸とその上にこれから築かれる都市を現代風のレッジョという名前に改名。通説ではここにおいて都市国家レッジョの始まりを見る。
これを持って人類の手によりレクスという文明の喪失を取り戻したとみるべきか、他の何かを取り戻しに人類が引き寄せられたのか。結論は出ていない。
他の地域からも冒険者を含め、商人、開拓者、難民などが集まり集落が大きくなるにつれ、幾つかの有力な冒険者グループのリーダー同士が中心となり合議により市政を運営することになった。その冒険者たちの
以後、レッジョは市参事会内部による独自の選挙制度に基づき市長を首長として選出する
我がレッジョの発祥を簡潔に説明すればこうなる。
ここで筆者は読者
我がレッジョの歴史を鑑みるに、「何故この街に人が集ったか?あるいは何故自分がこの街に惹きつけられたのか?」いささか散文的に過ぎるが、この問いこそが冒険者が世界で最も多く集い『ダンジョン都市』の別称で呼ばれる我がレッジョに住まう者の根源であるように思えてならない。
長くこの街に住まう者も新参者も元をただせば、外から来た異邦人なのである。
その多くは、ダンジョン攻略で
今や、レッジョは街もダンジョンも人で
時に、その「大いなる喪失」はこの街に住まう者の心そのものではないかと思う。きっと、どんな理由があって故郷を離れここまで来たのか人それぞれであろう。だが、今も昔もこの街を訪ねる者たちは「大いなる喪失」に身をうずめることで自らの失ったものを重ね慰め癒されたいとさえ願っている。とどこか実感するのは、長年愛すべきレッジョを見てきた筆者が老境に入りいよいよ精神も神経も衰弱しきったからであろうか?
ただ、いずれにせよこれだけは言える。冒険者にしろそうでないにしろ、ここの住人は過去を抜け出し新たな人生を切り開いてゆく。そしていずれは自分の中でその過去と折り合いを付けてゆく。そんな葛藤がレッジョ人たる自分にもある。
序文に代えて 年代記作家 チェーザレ・ジョルダーノ
「おや、『レッジョ史』ですか。これは懐かしい」
椅子に腰かけ、本を熟読するサシャにルロイが興味深げに声を掛ける。
今日もいつも通り朝からルロイの事務所で書類整理の後、サシャは昼休憩がてら本を読んでいた。ちなみに本は昨日、書籍行商人から古本だというので格安で買った代物である。
「ええ、少しでもこの街のこと勉強しようと思って。ロイはこれ読んだことがあるの?」
「まぁ、ひと昔にさらっと……」
どこか、恥ずかしそうにほろ苦く微笑みルロイは頷く。
「チェーザレ・ジョルダーノはひと昔前、人気の作家でしたからね。もう故人となって久しいんですけど」
「へぇ」
「彼も元は冒険者でレッジョに惚れ込み引退後は一住民になったくちでしてね。だから、深い洞察力でこの街と人々を表現した文章が読者の共感を呼びました。特に冒険者たちにね」
昔を懐かしむように、ルロイは楽し気に声をはずませる。
「そう言えば、ロイも元冒険者なんだよね?」
「ええまぁ……」
「ロイが冒険者になったきっかけとか、レッジョに初めて来たときのこととか。聞いてもいいかな?」
今度はサシャが目を輝かせてルロイの顔を見上げる。こうなると毎回ルロイが困ったような顔になり言葉を濁すと分かっていてサシャは悪戯っぽく言葉を投げかける。
「ええ、いずれ。機会のある時にでも……」
「だって、ロイのような素人はいないもの」
「そのセリフ、マティスさんにも言われましたよ」
最近は、何度かこのやり取りでルロイをからかうのがサシャの日常になっている。
ルロイは「まったく」とため息交じりに執務机のカップに注がれた紅茶をあおった。
「種付けおじさん」の一件以来、サシャがルロイに過去のことを詳しく聞こうとすると、決まってルロイは少しバツの悪そうになり、そして子供でもあやすようにはぐらされてしまうことがサシャにとってもどかしく、ついつい意地悪くこんなことを言ってしまう。誰にだって触れられたくない過去はある。
やはり、自分が立ち入って良い領域ではないのだろうとサシャは思う。だが同時に、サシャにはルロイが自分に弱さを秘したままで、どこかそれが自分はいざというときに当てにはされない。という現実を強く感じてしまうのだった。もっとも、この距離感が良いのかもしれない。サシャ・ランベールは冒険者ではないし、冒険者だったこともない。サシャはルロイが仕事でダンジョンに潜るときも自分はルロイの元で共に戦うことはできない。それならそれで、他にできることを考えあぐねるもなかなか妙案が浮かばない。
「さて、それじゃお仕事再開と行きますかサシャ」
ルロイが紅茶を飲み干しカップを机に置いた瞬間である。
――――轟音とともに大地が揺れる。
「地震⁉」
「……にしてはすぐに収まりましたね」
なにか巨大な岩の塊でも天から地面に落下したかのような、ズシンとした大きな縦揺れが一度。
そして、空気が振動したかと思うや甲高いサシャにとって懐かしい鳴き声が耳に響く。
事務所の前がやけに騒がしい。すでに、野次馬となった通行人がルロイの事務所の前にできつつあった。もしやと思い、慌てて玄関口から飛び出たサシャの眼前に映ったのは案の定であった。
「フレッチ!?」
「キュイイイ!」
ようやく会えたとばかりに、青い飛竜は短く翼をばたつかせ、そっと鼻っ面をサシャになでつけ歓喜の声を上げている。
「これは、お久しぶりですね」
後から来たルロイが
サシャもフレッチャーとは幼いころからの家族であった。マティスの死と共にもう二度と会うこともないと諦めていた。それが思いもよらず叶った喜びに、サシャもまた涙を流しフレッチャーの子犬のような頭を抱え、少女と飛竜は再会を深く噛み締め合う。
「おい、こりゃワイバーンってやつだよな?」
「ああ確か前にもあの青い飛竜ここに来たような」
「どおでもええが、どいてはくれんかの……」
が、周囲を見れば、道を急ぐ商人たちが迷惑そうな視線をサシャとフレッチャーに向けている。どうやら、再会の喜びを味わうのは後になってからだ。
「ええと、とりあえずここにいるとみんなの迷惑だから……ね?」
無邪気な青き飛竜は周囲の目線など知った風ではなく、何か言いたそうに円らな瞳をぱちくりと瞬かせ、おもむろに口を開く。フレッチャーの牙の間に挟まっていたものが地面に落ちる。一瞬牙が抜け落ちたのかとサシャは思ったが、その牙はところどころ小さな穴が穿たれ細かい加工が施されていた。
「これは……もしかして、笛?」
おもむろに落ちた牙に顔を近づけ、ルロイは間の抜けた声を発する。
そう、サシャはこれをよく見知っている。
竜笛というものだ。
「キュイィ」
フレッチャーは嬉しそうに頷くと、サシャは昔の記憶が蘇った。
そう、まだ幼かったころを思い出す。マティスがまだサシャにとって良き父親であったころの記憶。
「えっと、フレッチ……つまり、これを作り直せってこと?」
かつて蒼天マティスの友であり続けた空色の飛竜は満面の笑みで短く頷いた。
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