焼けた孤児院
あれから一週間ほど後。
サンチェスがルロイの事務所を訪れたのは、ルロイが兄弟団再設立の申請の結果通知を参事会から受け取ってすぐのことだった。
「許認可の拒否処分!そんななぜ?必要な書類も、書式も不備はねぇはずじゃ……」
失望と怒りを滲ませながら、サンチェスは歯噛みしていた。
「孤児院の設立要件ですが、市の公共の福祉に適合しないとレッジョの参事会が判断したようでして……申し訳ありません」
サンチェスは怒りを通り越して、呆然と無言のまま机上に置かれた無機質な書面を眺めていた。
レッジョで新たに商売を始めるなり、団体の新設等を行うには参事会の許可がいる。その申請の許可に必要な要件や基準は都市法により定められているが、最終的に許可を下すかどうかは参事会の裁量に委ねられている。極言してしまえば、申請拒否の理由など、参事会からすればどうとでも取り繕える。だがしかし、これはあまりに一方的ではないか。ルロイは力を込めてサンチェスの手を握りしめる。
「サンチェスさん申請が通るよう、僕からも参事会に掛け合ってみます」
「あ、ありがとうごぜぇます」
「その前に、孤児院へ案内してくれますか」
レッジョの中央広場を貫く主要通りの一つ南街道を南に下った先に、『孤児院』はある。市庁舎へ向かう前に、どうしても寄って行きたい場所があった。
一見すると古い教会を改修した建物だが、近くによってみるとただでさえ古い木造の漆喰の禿げた
建物の一部分の倉庫の跡らしい石床と木製の焦げた柱がある場所に木箱や、宝箱らしき残骸の山が目に付いた。
「これは」
「へい、兄弟団の財産があった場所で」
「財産?」
「ダンジョンで見つかったアイテムをここへ集積してたんでさ。つまりは、喜捨ってやつです」
レッジョのダンジョンでは、ダンジョンで探索や狩りをするための利用料、いわゆるダンジョン税を冒険者が払う他、冒険者が持ち帰ったアイテムやモンスターの肉皮などを売却する際事細かに税がかけられている。加えて、多くアイテムを獲得すればその個数や分量だけ、税金が加算されるアイテム税が組み合わされている。
「冒険者からアイテムの喜捨。ですか……」
「可笑しいですかい?」
今となっては、それも奪い去られてしまったが、とサンチェスは自嘲気味に呟く。サンチェスはルロイに説明を続ける。
これは、表向きがめつい冒険者どもが一方的にアイテムやモンスターを狩り尽くすことのないよう、ダンジョン内の生態系を保つための税制度であるというのが、冒険者ギルドの公式見解である。が、当の冒険者たちからずればがめついのは冒険者ギルドの側であり、自分たちはギルドの意地汚い古狸どもに足元を見られ搾取されている。と酒場でよく管を巻いている冒険者をルロイはよく見かけるのだった。
現に、ダンジョンに入ってアイテムをたくさん持ち帰るも、それが仇となってアイテム税の比率がかさみ、利益がほとんど手元に残らないか、下手をすれば赤字になる冒険者は少なくないのだった。
もちろん、冒険者とてダンジョンで剣や魔法をぶっ放すばかりではない。先ほどのギルドが課すダンジョン税、アイテム税に加え一度のクエストにつき、予測される消費アイテムの消耗損失費、けがをした時の治療費等を算定して、できるだけ赤字にならないよう立ち回る者も居る。そういった連中が考えた苦肉の策が――――
「そうか!税金でもってかれるなら、いっそのことかさばって価値の低いものを……」
「子供たちはギルドに登録された冒険者ではありませんから、アイテムを店で換金しても税は取られません」
ルロイの弾んだ声に、弱弱しくもサンチェスは笑って見せる。
冒険者としてはかさばった価値の低いアイテムを処分して節税する。兄弟団の貧者はアイテムを売却してその日暮らしの糧を得る。
「それだけじゃ、さすがにこっちの立つ瀬もないんでね、兄弟団としちゃ引き取り手のない冒険者の死体を共同墓場まで持って行って、略式ですが兄弟団流の葬式を済まして弔うんでさ。聖オルファノは、貧しき旅人の守護聖人でもありますからね……」
遠い過去でも懐かしむように、サンチェスは空を眺めていた。
「ほぅ、なかなかの共生関係じゃないですか」
「ええ、でも……それがいけなかったんで……」
初めは価値の低いアイテムを大量に売ったりすることで、微々たる生活の糧にする程度であった。しかし、中にはダンジョンで大もうけした気前のいい冒険者が、高額なアイテムを持ちきれないので、くれやるとばかり置いてくこともしばしばあったりした。
冒険者ギルドに反感を抱く冒険者は少なからずいた。
翻って、金のない冒険者は兄弟団にダンジョンで受けた傷を治療してもらったり、あるいは仲間を弔ってもらった恩義がある。
その恩返しとして、冒険者がダンジョンで儲けたときにその分け前を冒険者ギルドではなく兄弟団に寄付することが多くなった。
やがて、孤児院にはそれなりにまとまった財産基盤が出来上がっていた。
そうなると今度は、孤児院に蓄えられた財産を狙う
中には冒険者に抵抗したために哀れにも殺された孤児も出るほどだった。
サンチェスら兄弟団の幹部は孤児たちを意地汚い冒険者から守るため、換金は大人たちの手で行うなどの対策を講じていたのであるが、それならばいっそのこと孤児院そのものを襲って金やアイテムを強奪して、邪魔な兄弟団幹部も殺してしまえ。という凶悪な発想にまで暴走してしまうことまでは、流石のサンチェスも思いもよらなかった。
「あっしの認識の甘さがこの事件を引き起こしたのです」
「そんな……」
略奪された焼き払われた倉庫の前で、サンチェスは歯噛みしながら深く目をつむって見せた。あれからまだ二週間、事件の傷跡は深く苦渋と後悔のみが刻まれた顔でサンチェスは子供らの冥福を祈っているのだった。『あなたのせいではない』と、ルロイはお悔やみを述べるべきかと思っていたが、目を見開いたサンチェスのなおも不屈の表情を見て余計な気休めはよすべきだと口をつぐむことにした。
「サンチェスさん……」
兄弟団について聞きたいことはあらかたサンチェスから聞き出せた気がしたが、ルロイはまだ事件の核心に近づけずにいた。更にサンチェスから何か聞き出せないか、ルロイは考えあぐねていたが、どうにも辛気臭くなって仕方がなかった。
「少し、長話が過ぎましたな。あっしはこれから金策を考えにゃなりませんので……」
「そうですか、しかし失礼ですが……あてはあるので?」
「へへ、こう見えてあっしにはレッジョ中の乞食仲間の兄弟もいるんでね。兄弟団の本館はやられちまいましたが難を逃れた兄弟たちがまだどうにか残っているんでさ……そいじゃあ……」
そう言ってサンチェスは、元の純朴そうな笑みを浮かべるとそのまま焼け跡に背を向け、レッジョの雑踏へと消えていった。
「お気を付けて」
ルロイが改めて孤児院の焼け跡を眺めまわしていると、剥き出しの地面に幾つか
近寄ってみると木の棒には小刀で小さく名前らしきものが彫ってあった。
兄弟団は死によって結ばれた組織である。
それでも、今ここにいるのは辛すぎる。サンチェスにここへの案内役を頼んだのは我ながら軽率で無神経だったかもしれない。
サンチェスが足早に去っていった理由はルロイにも分かりすぎるほどに痛ましかった。
「おお!久しぶりだニャ、ルロイ」
そんな時の、この聞きなれた素っ頓狂な馬鹿声が今はありがたかった。
「ディエゴじゃないですか」
見るとディエゴだけではない。人間に、エルフ、コボルト、ハーフエルフと種族は様々だがみなボロを着た子供が手に花束をいっぱいに抱えながらディエゴの後に続いて孤児院の敷地へ入ってきた。
ディエゴ以外の子供たちは、ルロイを見るなり警戒の念を強めたのかこわばった表情でディエゴの後ろへと隠れてしまった。
「これは一体、どうしたんですか?」
「いや、ここのガキどもに頼まれてまぁ……色々だニャ」
ディエゴは照れくさそうに指先の指で耳元の毛をむしっている。
「あなたももしや、ここの会員だとか」
「うんニャ、おいら群れるのは苦手でよ。たまに耳寄りな情報提供するかわりに食いモンとかを拝借して、まぁ気が向けば子守りも少々。浅く緩く持ちつ持たれつってやつだニャ」
「嘘だい、つまみ食いしたのサンチェスのおじちゃんに見つかって、捕まえられてお仕置きされてたじゃん」
ディエゴの傍らにいた小さな男の子が、ディエゴのぼろコートを引っ張り意地悪く笑う。
「わー、こんガキャ!黙ってろだニャ!」
ディエゴは、無様に慌てふためいてこれ以上醜態が広まらないように子供の口を押えている。
そんな調子のやり取りを見てそれまで、こわばった暗い顔をしていた幾人かの子供たちの表情にも明るい笑いが戻ってきたようだった。
ディエゴというのは不思議なコボルトで、うさん臭く意地汚いが何故か子供たちに好かれる謎の人徳を備えているようだった。少なくとも馬鹿ではできないことには違いない。
「それにしても、このすばしっこいディエゴを捕まえるなんてサンチェスさんもやりますねぇ……」
「うん、凄かったの!後ろから気付かれないように近づいて、一気にこの毛むくじゃらのオジちゃん羽交い絞めにしちゃったの」
「ははは、そいつは凄い!」
今度はハーフエルフの幼女がはしゃぎながらディエゴを指さしてディエゴの醜態とサンチェスの武勇伝を嬉々として喋っていた。ルロイも思わず
「おいらはまだオジさんって歳じゃねぇニャ。あーもー、分かったから……もう、おみゃあらあっちで遊んでろニャ」
諦観したディエゴはため息を漏らし子供らをしっしと邪険に追い払うと、子供らも孤児院内の広場へ笑いながら向かっていった。
ルロイも思わず子供たちに微笑んで手を振る。ディエゴはそんな胡散臭いほどに爽やかなつくり笑顔のルロイを見て訝しげに肩をすくめている。
「まったく、おみゃあがこんなところに来るなんてニャ」
「サンチェスさんの兄弟団設立の件で、少しね」
「どーせそれだけじゃ、にゃーだろ……」
ディエゴは自らの毛を掻きむしりながら、気だるげに答える。
「マーノネッロに襲撃されたんですよね?ここ……」
「ルロイ、おみゃあ……」
今は少しでも情報が欲しい。不躾ながらもルロイはディエゴに事のあらましをできるだけ詳しく話した。ディエゴは珍しく苦虫を噛み潰したように落ちつきがなかった。
「とまぁ、こんな感じなんですが……どうかしましたか?」
「まぁ、大方そんなとこだろうと思ってたニャ」
「もちろん、報酬は弾みますよ」
ルロイは、ケープの中からディエゴの大好物の蜜漬けにしたオークの
「ルロイ、今度は探偵気取りかニャ?お節介ならほどほどにするニャ。世の中……知らない方がいいこともあるニャ」
ディエゴは、意外そうに黙り込んでしまっているルロイにそそくさと背を向けそのまま孤児院跡地を立ち去ろうと
「納得がいかないんですよ!サンチェスさんの許認可申請が拒否されたこともそうですが、何から何までおかしい!」
普段のディエゴらしからぬ冷然とした態度に、今度はルロイが苛立ちを爆発させた。
「これまで単独犯だったマーノが複数がかりでなくてはできない強盗殺人に手を染めたことも、館に火を放ったのも不自然です。兄弟団の財産が目当てならさっさと引き上げればいいはずですよね?わざわざ残忍さを誇示するために思えてならない。それに、ここがなくなれば子供たちはどうなるんですか!」
ディエゴは、ルロイに背を向けたまま普段は猫背気味の上半身をまっすぐ張りつめて無言で立ち尽くしていた。
「――――実は、あの襲撃の夜……おいらも丁度ここに居たんだニャ」
ディエゴは振り返ることもなく、ポツリと重々しく呟いた。
「それは、失礼しました」
「いいんだニャ、おかげで何人か……そう、あいつらだけでも救えたからニャ」
うっかりディエゴの傷口を
皮で作ったボールが、子供の歓声が弾けるたびに澄んだ青空に舞う。
焼き討ちされ半ば焦土となった広場で、今はたとえ
二週間前、惨劇が起こったこの場所であってもこの場所以外に子供たちには帰る場所がない。
だからこそ、必死に共に笑いそして共に死を弔う。
兄弟団は死によって結ばれるのだから――――
「ここを襲った犯人たちだがニャ……五、六人という他はおいらもわからなかったニャ。おいら、裏口からここの厨房に入って、それから火の手が上がったことに気が付いたんニャ。火の手の中でやつらみな黒い覆面をして……マーノが居たかどうかも分からねぇ。おいら餓鬼どもを裏口から逃がすので手一杯だったからニャ。あの時も何か食いモンをくすねようとたまたま立ち寄っただけなんだがニャ。まったく鼻が利きすぎるのも人生考えようニャ……おいらが話せるのはここまでだニャ」
「あなたの他に生き残った目撃者は?」
ディエゴは首を振ると、頭をぺこりと下げて己の不明を詫びる。
「ルロイ……役に立てなくてスマンだニャ」
「そんな、あなたが謝る必要などありませんよ」
「おみゃあ、これからどうするニャ?」
「サンチェスさんから頼まれましたからね、申請が拒否されてそのまま引き下がるわけには行きません。自信はありませんが、どうにか参事会の行政部門を説得してみようかと思います」
ディエゴはまだ何か言いたげでもあったが、軽く咳払いしてルロイの肩に手を置いて囁いた。
「分かったニャ。お節介ついでに教えとくがニャ、今回の申請に強く反対してた参事会のお偉方がいるニャ。治安維持局のガリアーノ局長だニャ」
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