薔薇石
恐縮しながらアナは、気絶した鑑定士が抱えていた麻袋の中身を遠慮がちにまさぐっている。麻袋から次々に出てくる宝石やら謎の骨とう品はどれも持ち運ぶのに便利な小ぶりのものだったが、素人目にも高価そうな品ばかりに見えた。逃亡後はこれらを元手にまたあこぎな商売をどこかの都市でする予定だったのだろう。
「あっ、ありました」
アナが声を弾ませてルロイに振り返る。
「本当にありがとうございます。無事
アナが
「よかった。さぁ、急いで教会で呪いを解いてもらいましょう」
すでに日は沈みかかっていた。日の
これはアナの力に共鳴しているのか――――
「本当にありがとう。そして……さようなら公証人さん」
「くっ―――――――」
一層まばゆい光がルロイの視界を遮る。
思わず
「まったくホイホイ騙されてくれて楽しい奴だったよ、お前は……」
ルロイがにわかに視力を取り戻すと、血のように赤く染まった瞳を見開き
「まさか、すでに悪霊に体を乗っ取られて……」
「完全に乗っ取るのに、
「今日中に
「その通り、すべては
嫌に足元が重いとルロイが下に目をやると、先ほど鑑定士を拘束した青い手が、影のようにルロイの足に絡まり、すでに足もろとも根を張ってしまっている。
「逃げられると思うなよ。お前の魂も今食らってやる!」
ルロイは革袋から紙を取り出そうと腰のベルトに手をやるが、すんでのところで悪霊が髪を鞭のようにしならせルロイの手首を鋭く叩いた。証書がルロイの手元から零れ落ちる。体制を崩した拍子にルロイは地面の青い手に引っ張られ地面に突っ伏してしまう。
「おっと、何をするつもりだ」
獲物をいたぶることを心底楽しむように、悪霊がルロイの右手の甲を靴で踏みにじる。おもむろにルロイが取り出そうとしていた紙片を拾って悪霊はなんであるかを確かめる。紙片は既に文字が書かれた証書だった。
腹から力を振り絞るようにルロイが言葉を紡いだ。
「真実を司りし神ウェルスの名のもとに問う。汝、アナスタシア・ローゼンスタインがレッジョに赴きし理由は、父メルヴィル・ローゼンスタインを弔うためか?」
証書に書かれていることを一字一句ルロイは読み上げた。
一瞬、悪霊はルロイが何を言っているのか理解しかねるかのように首を
「馬鹿め!石さえ手に入れば貴様のちんけな能力など恐ろしくなぞないわ」
なおもあざ笑う悪霊は墓場から邪気を吸い取り
「終わりだ、死……」
「はい、そうです」
一瞬、邪気が払われた。
ルロイの眼前の悪意に歪んだ表情が力なく抜け落ち、証文に微笑む笑顔に満ちたアナの人間としての顔がそこにあった。
瞬時にそれまでため込んでいた邪気が一気に放出される。
アナが手にした証書が白く光り輝いてゆく。
「お見事――――」
地べたに這いつくばりながら、ルロイが満面の笑みを浮かべていた。
「なんだと、バカな!力が萎んでゆく――――」
今までアナの自我を急いでねじ伏せ、狼狽えた表情の悪霊が顔を出した。
既に力の流出が止まらない。アナに巣くっていた悪霊が未練がましくプロバティオの力に抗おうと憤怒の形相でルロイを睨みつける。
「
ルロイを拘束していた青い手の亡霊たちは既になく、ルロイは立ち上がり汚れた上着を払った。ウェルス証書において、純白に証書が輝くことは問いかけに正直に答えた証だった。
「まさか、私をはめたのか!!」
「イチかバチかでしたけどね。アナさんは芯の強いお人だ。やはり簡単に乗っ取られる訳はなかったですね」
宿主であるアナを傷つけずに取り憑いた悪霊を確実に倒すには、悪霊の存在に気づいていることを悟られずに、その本性を完全に露出させることが必要だった。
「ホイホイ騙されたフリをするのも疲れましたよ。もう終わりましたけど」
「お、おのれぇ。この食わせ者め!」
「私が魔法公証人と呼ばれる所以ですかね」
力なくアナが崩れへたり込むと同時、霊園は元の静けさを取り戻した。
「ううん……」
寝ぼけ眼をこすりつつアナが意識を取り戻す。
「大丈夫ですか?」
晴れやかな笑顔でルロイはアナに手を差し伸べる。何があったか少々
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