レッジョの界隈
安価な盾に剣、そして杖。それらを引っさげた冒険者たちが、レッジョで最も広いメインストリートの一つピカーニ通りにひしめく。
その顔は悲喜こもごもで、ダンジョンで見つけたレアものを見つけはしゃいでいる者もいれば、中には負傷して仲間に肩を貸してもらいやっとのことで歩いている者もいる。時間的にも日は沈みつつありダンジョンから冒険者が引き揚げてくるころ合いだ。
「安いよ、美味いよ~。ついさっきダンジョンで取れたスライムの酒蒸しだよ」
「けが人は居らんかねぇ。冒険に魅入られた心の病以外なら対応しますぞぉ」
「そこのあんさん。仲間の骸があれば引き取りまっせ、棺桶も安くしとくで~」
その気配を感じ取ったのか人混みには冒険者に群がる商人どもがかなり混じっている。いや、娼婦に医者、葬儀屋。つまるところ、冒険者たちに寄って生計を立てる者たちも今が書き入れ時とばかりに騒いでいる。
明日の糧を得る者、今日で命を失う者。
アイテムを買う者、売る者。
生還できた喜びを体で表す者。
厳かな面持ちのまま戦友の
陽気な笑い顔から悲嘆にくれる暗い顔まで喜怒哀楽のすべてが一瞥しただけですべて目に入る。ルロイはアナから例の鑑定士の名前と店の場所を教わり、二人はそこへ向かう途上であった。
「あぶねぇな、前見て歩けや!」
「すっ、すみません……」
二人が中央広場まで通りを北上したところで、リザードマンの飛脚がアナの横をものすごいスピードで駆け抜ける。
「あれは冒険者専用の配達人ですね。ダンジョンで取れたアイテムを速達で近隣の町へ運んで代わりに売却してくれる。この街ならではの飛脚制度です」
中央広場は東西南北にレッジョを貫く二本の大通りが交差するレッジョの中心部にあたり、当然様々な種族の冒険者たちでごった返していた。
先ほどと同じような風体の行商人風の男を避けながらルロイがもたつくアナの手を引っ張りエスコートする。
「この街に来るのは初めてですか?」
「はっはい、ごめんなさい田舎者で。右も左もわかんなくて」
「と言うか、冒険者になったのもつい最近ってところですかね」
「やっぱり、すぐに分かっちゃいました?」
「色々と力が入りすぎている気がしましたから」
気さくそうにルロイが笑って見せると、アナは少し気まずそうに俯く。
「ローゼンスタインさんね……」
何か思い出したように、少しばかり難しくルロイは眉間にしわを寄せている。
「あの、何か?」
「
散歩のついでのようにルロイは通行人を避けながら語りだす。
「メルヴィル・ローゼンスタインという名前をご存じですか?」
「いいえ」
アナはフードの端を引っ張って目深に被り、口元をこわばらせてみせた。
「メルヴィル氏はここでは有名な魔法具職人でした。が、最近はめっきり話を聞きません。やかましい冒険者たちが嫌になったとも、持病が悪化して人知れず亡くなったともいわれています。アナさんがもし縁者の方なら……」
「別人です。父は私が幼いころに死にましたから」
「そうですか、失礼しました」
中央広場をさらに右折し、東西に延びるマッティ通りを東に進む。
なおも二人は冒険者たちをかき分けながら、アナはルロイにきっぱりした口調で断言する。しかし、アナは何か腑に落ちないものを感じたらしかった。
「そのメルヴィルさんってここじゃ、有名な方なんですよね?」
「人間嫌いに見える反面、心の優しい人であったと聞きます。氏の最高傑作である
ルロイの話に興味を引かれたのか、アナは頭をフードから出して聞き入っている。
「ま、本人が聞いたら頑として否定しそうな話ではありますがね。暇つぶしのついでに、なぜ、アナさんが冒険者になったのか聞いてもいいですか?」
一瞬アナはあっけに取られていたが、ためらいがちに口を開いた。
「外の世界に憧れていつか冒険者になりたかったんです。でも、それを随分父に咎められました。それで、勘当されちゃいました。今は、他の冒険者の方とパーティ組んでクエストの傍ら、ダンジョンで命を落とした冒険者の無縁の霊を弔ってます」
「それがあなたの生き様ですか」
「い、いちおう……これでも死霊使いですからぁ」
マッティ通りの喧噪の中、二人は鑑定士の店近くの裏路地へと入っていった。
「鑑定屋ぼろ儲け亭」
裏路地に入りほどなくして、この古めかしい真鍮製の看板が目に入った。
アナが言っていた鑑定屋の店先に急いで入るや否や、既に鑑定屋に鑑定士はなくもぬけの殻だった。ルロイが横長の簡素なカウンターまで歩み寄ると果たして高いのか安いのか珍妙な形の壺やら像やらであたりは雑然と散らかっていた。夜盗にでも荒らされたかのような店の様相を見る限り、やはり勘付かれたか?
不意にカウンターに横倒しになった妙な木彫りの人形が目に入る。ルロイはそれを拾い上げて確認する。片腕でもつには少々重く素人目にも高価そうなものには見えない。運びやすく換金しやすいものだけを選別して逃亡したとみるべきか?
「流石に、相手ものろまじゃないみたいですね」
「ど、どうしましょう。痛っ――――」
「大丈夫ですか!」
呪いの進行が早まったらしい、アナの顔の青白さが、黒みがかった紫のような痣が首元から顔へと侵食してきている。時間がないのは明らかだった。
「おお、そこにいるのはルロイじゃニャあか?」
焦りとが募る中、カウンター奥の暗がりから、やけに陽気な声がした。警戒して暗がりに目をやると、よれた外套をだらしなく着込んだ犬頭の亜人が、毛むくじゃらの体を揺り動かしながらこちらに歩み寄ってきた。
「なっ、何ですかぁ~この亜人」
アナがロッドを構えて軽く
「そんな怖い顔しなさんニャって。それより、なんか食いモンくれニャ」
怪しげな犬頭は、傷ついた様子もなくふてぶてしくニヤニヤと笑いながらルロイとアナを交互に見渡し、意地汚く鼻先をひくつかせている。
「ああ、彼は一応危ない人じゃありません。種族はコボルト、一応この界隈の情報屋で通っています。名前は――――」
「ディエゴだニャ」
ルロイが言うより先に、コボルトはディエゴと名乗った。
「仕事柄、色々情報を仕入れなければなりませんので、よく取引させてもらってますよ。おかげで僕も色々助かってます」
「んだ。人も亜人も見てくれで判断してもらっちゃ困るニャ」
「ニャア……ですかぁ」
ルロイの言葉にディエゴは腕組みして重々しく頷いて見せる。頭は犬のくせに語尾にニャをつけるディエゴがどこまで信用してよいものか、アナは相変わらず訝りながら二、三歩後ずさる。
「まぁ、怪しくはありますが気のいい奴ですよ」
ルロイはアナを宥めるようにディエゴを擁護しつつ、ディエゴに事情を手短に話す。
会話の中でディエゴがここにいる理由も判明し、純粋に金になりそうな情報を求める情報屋の嗅覚と、残飯でも残っていれば頂こうという、なんとも意地汚い魂胆からだった。
何はともあれ、ルロイがアナとここまで来た経緯を話し終わるやディエゴはしてやったりと白い犬歯を出してニヤリと笑って見せる。
「つまり、ここの店主を踏ん捕まえたいってことだニャ?それなら先回りして墓場で待ち伏せすりゃいいだニャ。あそこは良からぬ事してレッジョから逃げ出す奴が必ず通るルートだからニャ~」
「でも、す、すでに逃げられちゃった後なんですけどぉ。今からで間に合うんですかぁ?」
「死霊使いのねぇちゃん。分かってないだニャ。おいらを侮ってもらっちゃ困るんだニャ」
ディエゴは、人差し指をチッチと左右に振ると今度は、これまで
「あ、あの~」
アナが、ディエゴに問いかけようとするや、ルロイがため息を吐いてそれを遮る。
「まったく、こないだ
ルロイは腰にひっさげた革袋から固く干からびた黄白色の物体を取り出す。それを受け取ったディエゴの目は、もう輝かんばかりだった。
「これは!」
「オークの
「おおっ!これは実にいい仕事された豚骨だニャ」
舌なめずりして、我慢できんとばかりに骨にがぶりつくディエゴはひとしきり骨と戯れた後、ルロイの肩を引っつかみ嬉しそうに耳打ちした。
「代わりに良いこと教えてやるだニャ」
ディエゴの誘いに吸い寄せられるようにルロイはカウンターの奥へと消えていった。その暗がりで何やら二人は話し込んでいるようだった。しばらく待ってもディエゴとルロイのやり取りが見えないアナは、不安げにカウンターに身を乗り出した。
「あ、あの~」
「待たせましたね。やはりディエゴに相談して正解でした」
「おっし、ねぇちゃんもこっち来いニャ」
ルロイとディエゴの二人が戻ってくると、今度はアナを引き連れ店の裏側に位置する裏路地の寂れた行き止まりへとやってきた。
ディエゴは行き止まりの大きな石畳を引きはがすと、カビ臭いにおいとともに石畳の下に薄暗い空間が露わになった。
「今は使われなくなった地下蔵だニャ。換気口の光を頼りに進んで真っ直ぐいって行き止まりで天井をどければ、レッジョ霊園のすぐ近くニャ」
「言ったとおりでしょ」
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