言の葉の祈り音

維 黎

 昔から雨は嫌いだった。


 湿った空気、曇天どんてんの空、濡れる感覚。


 飼っていた猫が死んだのも雨の日だった。


 第一志望の大学に落ちた日も雨。


 大好きな祖父が亡くなった日も。


「――雨なんて大ッキライ」


 知らず、つぶやいていた。

 人の波に流されるまま地下鉄の出口から外へ出た途端、風に乗った小雨こさめが頬に当たる。傘なんて持っていない。天気予報では『にわか雨が降るかもしれないので、折りたたみの傘があれば安心です』とは言っていたが。


 自分を追い越していく人の波。

 一瞥いちべつはしても誰も声をかける人はいない。『なんだ、こいつ?』とは思っても『どうかしましたか?』とは気遣えない人たち。理不尽な怒りが込み上げる。自分だって追い越していく立場だったら、スルーしていくに違いないとわかっていても。


 同じ日々の繰り返し。

 朝早くに起きて、洗顔にスキンケア。スマホをチェック、着替えてからメイクにヘヤセット。一人で朝食をさっと済ませて部屋を出る。

 着飾った衣服で出勤出来れば、多少気分をまぎらわすことにもなるが、実際はそうもいかない。OLともなればそれなりの身だしなみは要求される。

 新入社員の頃なら、リクルートスーツを使い回しても問題なかったが、多少なりともキャリアを積めば(歳を取るなんて言い方はナンセンスだ)ビジネススーツを着こなして見せなければならない。派手なのは論外。だけど地味過ぎるのもダメ。


「――はぁ」


 一つ、ため息が出る。

 空は天気予報がにわか雨と言っていた通り、灰色の空ではなく白みの強い雲がおおっている。そのうち止むかもしれないので、小走りに行けば問題ないかも、と思わなくもない。

 ただ、慌てふためくような感じが、何となく雨に"負けた"気がして、一歩踏み出すのが躊躇ためらわれる。

 時間ギリギリ、というわけでもないが十分に余裕があるともいえない。

 

 何かきっかけがあれば踏み出せるのに。

 ふと、誰かの肩がドン、と当たらないかな、なんて思う。普段なら怒るけど今だけは許してあげる――なんて、ちょっと何様気取りな思いも沸いてくる。だけど、そう都合よく事が起こるはずもないので、肩に下げたバッグをごそごそして音楽プレイヤーを出す。といってもイヤホン型のプレイヤーなので、見た目はイヤホンそのものだけど。

 スマホで音楽を聴いているときに電話が鳴るのが嫌だし、かといって小さいとはいえ端末を二つも持つのも億劫おっくうなので、イヤホン型にした。音質やらなんやらを気にしなければこれで十分。

 音楽でも聴いてテンションを上げていこう、という建前のちょっとした現実逃避。 


 前奏はオルゴールのような軽やかな音。

 続くピアノがより一層音の世界へと導き、そこにドラムも加わって聴く者のみみに心地良い律動リズムを刻む。

 さまざまな楽器の合奏が現実を乖離かいりさせて――


(――あれ? こんな曲入れてたっけ?)


 そして――             

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